「被告人を懲役2年6ヶ月に処す。この刑の確定の日から4年間刑の執行を猶予する」と裁判官のゆっくりとした口調で判決が言い渡された。その瞬間,被告人は大きく息を吐いた。逮捕から6ヶ月あまり,身柄を拘束されたまま裁判を受けていた。裁判の始まるついさっきまで,手には手錠がかけられていた。もう,その手錠はかけられることはない。裁判官の判決理由を落ち着いて聞いているようであったが,言い渡しが終わると満面の笑顔を浮かべていた。弁護人に,そして法廷に傍聴にきていた夫に駆け寄り言葉を交わしていた。
事案の内容から今日の執行猶予判決はほぼ確定的に予想できていた。警察や拘置所の関係者も執行猶予となるのが前提での準備がなされていた。しかし,弁護人としてもそのような場合でも,判決を聞き終えるまでは緊張する。弁護人にしてそうだから,被告人にしてみればもっと緊張してこの瞬間を迎えたに違いない。
事件になる前からよく存じ上げている方だった。被告人のそれまでの活動の経過を知っていたから,事件の背景も良く理解できていた。執行猶予判決となった理由の一つに今まで被告人が社会に貢献してきていた事実も指摘されていた。弁護においても検察官からはでてこなかったこのことを裁判で明らかにしておきたかったので,このことを指摘していたことは弁護人としては弁護方針に間違いはなかったと思わされた。結論がかなり確実に予測できる事案であったとしても,いつまでたってもこの瞬間は,緊張することには変わりがない。