ハイチの被害

2010年2月7日

国際的な医療援助活動をしている団体のボランティアをされている方から見えてくるハイチの状況について話を聞いた。良く聞いたのでなく,その人の最近のご様子を話されているなかで触れられたことであったので,詳しいものではなかったが,想像を絶する事態が現地であるようである。まずは,危険でまともに現地にはいれないし,バスで出かけても,そのバスが大勢の人に取り囲まれ,身動きできなくなってしまうそうだ。治安が悪いということもあるのだろうが,人々は地震から安心して住める場所,食料が手に入る場所,水が飲めるところに移動をしたいのだ。それぞれが,命をかけた行動をしているのだからそうした危険な状況が生まれるのもやむを得ないと言うべきであろうか。

怪我をした人々に迅速な治療ができていない。もともと,生命を守るインフラに乏しい国で,その上その少ない能力が壊滅的な被害を受けている。医療援助にでかけても既に治療は手遅れとなっているケースが多いそうだ。そのために傷を負った手足を切断しなければならないケースがかなりあるとのことである。そうすると,今後,相当量の義足,義手などの装具の援助も必要になってくる。まさに戦場の被害者と同じようである。おそらく,精神的な打撃も大きく,その社会のもつダメージは,外部の積極的な援助があったとしても10年や20年は回復されることがないだろう。そんな状況にある地球の裏側の現地と夜昼逆転して連絡を取りながら,民間の手で現地への援助の企画をたて,少しづつでも援助活動が続いている。とにかく,人でがないそうである。

しかし,この話のなかで伺えたことは,現地では援助活動をしているNGO団体団体同士で,いろいろと争いもあるようである。それぞれの団体が先を争って「良い場所」を確保し,その活動の栄誉をえようとしているとか,何らかの利権を目指して活動に参加するとかのことのようである。ボランティアといってもなかなか純粋に援助活動をするという体制にはなっていないようである。また,各国政府がいくら援助するなどとこれまた額の多寡を競って発表しているようであるが,過去の例ではそれが本当にその金額のとおりに実行されているかどうかは検証がないようである。つまり,いいかっこうだけはするが,内実が伴っていないことがある。国際的な立場にどのように有利に働くかなどとの打算に基づいて国は行動する。

国が無くなるほどに被害を受けている。突然に,親族を失い,住むところも食料もない子どもたちも多くいる。世界が純粋に援助をするという行動にもっと大きな力を発揮できないかと思う。日本からも自衛隊が派遣されるようであるが,こうした純粋性を大いに発揮して働いてもらいたいと思っている。

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