刑法学の中山研一京都大学名誉教授の訃報が今朝の新聞に掲載されていた。とてもなつかしく先生のことを思い出した。
明治40年に制定された刑法の全面改正に関して、1974年に法制審議会で刑法改正草案が発表された。日弁連は刑罰の拡大、重罰化、保安処分の新設を内容とするこの草案に対して全面的に反対する立場であった。審議会では日弁連と意見を同じくする委員は1名(佐伯千尋先生)であり、孤軍奮闘であった。刑法学会の中枢にいた学者も審議会委員であったりして、口をつぐんだままであった。そんななかで、中山教授は刑法改正に反対の立場で意見を明確にし、日弁連とともにその運動に加わっていただいていた。私は日弁連の刑法改正阻止実行員会の委員、副委員長として刑法改正阻止運動に関わっていた。その関係で先生と当時、よくお話をする機会があったのである。
この刑法改正草案は、最近まで六法にも掲載されていた。刑法改正問題は1995年にわかりやすい現代用語化、違憲が指摘されていた尊属殺の規定の削除などの改正で決着を得た。法制審議会を通った案件が法律にならないでぽしゃったのはおそらくこの案件ぐらいしかないであろう。私の関わった日弁連の活動のなかでも一番印象深く感動的なものであった。日弁連の意見集約の醍醐味と強さを知ることができた活動であった。中山教授の訃報に接し、いまや遠い昔の刑法改正問題の記憶がふと頭をかすめたのである。