ちょっと哀しい話

2006年6月15日

今日は大阪家庭裁判所に遺産分割の調停のためでかけた。新幹線にのり、新大阪に行き、地下鉄を乗り換えしていくのである。その地下鉄にのり、すばやく乗降できる位置であるドアの隅に場所を確保する。ところが、小学生の高学年と思われる少年が2メートルぐらい離れていた座席を立ち、「お座りください」と席を譲るのである。まだまだ席を譲る立場と思っているが、突然に席を譲られる声がかかりとまどってしまった。「ありがとう。でも結構です」と言ったものの哀しい思いが残った。rnrn調停では、亡くなった夫の妻と一人の子どもの代理人となっている。他に2人の子どもにはそれぞれ別の弁護士がついている。弁護士は、岡山、徳島、東京からでてきている。一人の子どもから母親に多額の特別受益があるとの主張がなされた。母親なら父親から財産の半分以上の贈与がなされているのなら特別受益を主張するのも理解できるが、数億あるという遺産のほんの一部を年金として渡していた程度であれば特別受益などという必要はないではないかと意見を述べた。先妻の子、後妻の子との見方の違いだろうか。ちょっと哀しい思いがした。rnrnこうした、相続の事件は、遺産が残っていなければ問題は起こらない。いや多額の遺産があるからこそ問題となる。お金が問題を起こしているのである。どのようなものにも置き換えることのできるお金は、人の欲望を限りなく膨らませることができる。それゆえ、お金に関しては利息制限法などのような規制が普遍的にある。グレーゾーンの廃止に関して、生活を破壊されている被害者の実態を知りながら、業者の利益を考えるべきであるという学者の意見もだされている。哀しい話である。日銀総裁が村上ファンドで利益を上げていたとか、金の魔力にとりつかれていたとすれば哀しい問題である。金はその人のコントロールでき、その人の技量の範囲内にあることが必要だ。しかし、その限度を知ることができない魔力が金である。取り扱い注意であるが哀しいことだ。

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