津山へ

2007年6月1日

午前中,岡山地裁で境界争いを背景にもつ損害賠償請求事件に関する弁論準備手続きがあった。被告事件なのだが,原告の主張,法的構成がかなり乱暴であり,なかなか争点整理ができず,訴え提起からかなりの期間を要している。私よりは20年ぐらい若い弁護士であるが,このような法的構成,論述を日頃から繰り返していると相当雑な事件処理になっているのではと少し心配した。

午後からは津山地裁で破産審尋手続きがあった。津山まで北に60キロ,時間にして車で90分のところである。津山に行くにはいろいろとなじみある場所を通っていく。辛香峠を抜けると私の育った野々口である。小さいころ通っていた幼稚園,教会の新しい建物が左手に見える。右手側は両親のうちがある。小学校に歩いて通っていた国道をとおり,中学校のあったところを過ぎていく。このあたりは中学時代を共に過ごしたことのある友人の家も多い。そして建部にはいると事件で処理したことのある会社があったりする。このあたりはちょうど津山と岡山の中間どころであり,おいしいと評判のうどん店で食事をとる。ちょうど社長さんが店に出ていた。親しくしている方である。従業員の方のなかにもかつての依頼者の方がいる。そしてさらに北上すると最近まで山林の境界争いの事件をしていたところを通る。実はその訴訟で図面を見ていたら菅直人さん所有の山林が近くにあった。菅さん一族のお墓はここにある。さらに北上すれば法然ゆかりの誕生寺もある。津山線とときおり並行したり交差したりしながら進んでいく。こんな景色と思いを巡らしながらの90分である。津山での事件は牧場で働く若者が農業の父の機械化を進めるための農業機械購入の保証人となり,その支払いが苦しくなって自らに大きくのしかかってきたという事案であった。これが今の農業の現実である。審尋を終えて破産宣告がなされた。今度は免責審尋である。8月に指定された。

明日はまた津山である。夫をガンで亡くし,新たに働くようになった妻が自転車で出勤していたところ車にはねられ植物状態となってしまい,子どもと妻の妹である後見人が損害賠償請求事件を起こしている事案である。これも交渉をはじめてから1年ぐらい経過することになる。これも痛ましい事件である。子どもにとってみれば父を亡くし,その約1ヶ月後には母親まで死以上の苦しみを味わう結果になってしまったのである。いい方向に進めば,帰りはいい気分で岡山までドライブができる。

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