マチベンの1円訴訟

2007年7月1日

マチベンがタイトルになっているNHKのドラマを見た。私もマチベンだと思っているので,なんとなく興味があったからである。

ドラマは60歳になって弁護士になったトリオの話である。私の研修所時代の同じクラスにも60歳を超えた人がいた。自衛隊の師団長まで歴任された方が修習生だったのである。他のクラスにいた自衛官で司法試験で若くして合格した同期の人がわざわざこの人に敬礼をして挨拶にきていた。移動はいつもヘリコプターであったと言っていたのでやはりえらいかただったのだろう。私と席が隣でとても温厚そうな方であった。同じクラスには農業をしながら苦学して合格し,裁判官になった人もいた。以前の司法試験制度はこうしたバラエティに富んだ人が今より合格しやすい環境にあったと思う。

このドラマでお金が目的でないことをはっきりさせるために1円の請求訴訟にして欲しいという話がでてくる。民事裁判では損害賠償請求をする場合,謝罪を求めることを内容とする請求はできない。基本的に金銭の賠償を請求することによって事実をはっきりさせるのである。1円の請求をし,それが認められるということはこちらの請求の原因となった事実を認めれるということであり,相手方に事実を認めさせることがそれによってでき,後は直接の謝罪を法廷外で求めることになるのである。だから金銭目的でないという意思を被告に明確に伝える趣旨で1円訴訟としたのである。

私も,かつてこの1円訴訟の検討に加わったことがある。森永ヒ素ミルク中毒事件のときである。被害者の家族の会の方々の意見は,「先生方は森永の法的責任を明確にしてくれるだだけでいい,法的責任が明確になれば責任の取り方は世論の力を得て自分たちで交渉して一生を償ってもらえる内容の保障を勝ち取る」というものであった。だから1円の請求をして,請求する原因事実を認めさせて欲しい」とのことであった。しかし,これはあまりにも危険なやり方であった。1円をあっさりと相手方が認めてしまえば,法的にはもうそれ以上請求できなくなるからだ。弁護団でも激論を闘わせ,結局通常通りの損害賠償請求訴訟をおこした。そうしたなか,昭和48年12月23日この被害者の家族の会,厚生大臣,森永とで覚え書きを交わし「森永は被害者救済のための恒久対策事業にかかる一切の費用を負担する」など5項目を確認したのである。そして昭和49年6月大阪地方裁判所での口頭弁論期日において,弁護団長であった中坊公平弁護士がその日の法廷での一切のやりとりを記録するように落ち着いたそしてやや甲高い声で申し出て,この覚え書きの5項目の内容を被告側に確認して,被告側はそれぞれ間違いないことを了承した。そうした上で,原告側は訴えをその場で取り下げた。裁判所の法廷で法的責任と無制限の恒久対策の実施を約束させた画期的な法廷の場面であった。私はこのとき,昭和49年4月に弁護士登録したばかりの弁護団のなかで一番若い弁護士としてこの法廷のやりとりを聴いていた。

ドラマをみて,とんでもない古い話を思いだした。

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