弁護士も騙されて

2007年8月13日

この時期になるといつも思い出す事件がある。

昭和56年頃のことであった。突然,60歳を過ぎたころの老女(当時はこの年齢の人はこのように思っていた)が慌てるようにして事務所に入ってきた。サラ金にそこまで追われてきました。「少しのお金を借りているのですが,家業の事業のことで支払い資金がはいるまで2週間ほどあります。なんとか交渉をお願いできないでしょうか」とのことであった。当時は乱暴な取り立てが日常茶飯事であり,追われていることも本当であろうと思った。そこで,当方の費用もまったくいただくことなく,その業者と交渉を始めた。交渉にはいってみるとどうやら他にも多数の業者から借りていて次々と嘘を繰り返して,新たな業者からの借り入れをし,この業者からもいろいろと嘘を並べ立て金銭を借りていたようであった。しかし,交渉をした金融業者の名字は「M」であった。そのMとは別件でもかなり厳しく交渉し,私の事務所にも長時間居座ったことのある男であった。そんなこともあり,当方の責められるべき点もあったが,とにかく暴力的な取り立てを止めさせ,こちらからの支払いの約束をとりつけた。

ところが,その依頼者はそれ以来,当方に連絡をしてこなく,当方の費用も支払わないし,もちろん示談金の支払いもない。Mはここぞとばかりに私を責めてくる。依頼者の夫は教育者であり,その息子は有名な大学に進学を果たしているとの評判の進学塾を経営していた。依頼者の別の顔は,彼らは知らなかったようであった。当初に相談を受けた事件はこの家族の協力でなんとか解決し,ほっとしていたところ,クレジットの名義貸しの詐欺で逮捕された。刑事事件として対応することになり,あわただしく被害者との交渉をして示談をとりつけ,不起訴処分となった。しかし,その後も単発的に知人との金銭の貸し借りについての相談に,事務所にときおり顔をみせていた。家族の人たちにとってはやるせない出来事であったと思う。しかし,再び詐欺事件を起こし,今度は起訴されてまた弁護人を担当した。なんとか執行猶予付きの判決をえたが,人望のある教育者であった夫は,本当に辛い思いをして法廷にたったと思う。

昭和59年ごろであったか,父の還暦のお祝いの行事に瀬戸内海の見渡せるホテルに家族らが集まった。ところがその宿泊したホテルに依頼者は仲居として働いていたのである。執行猶予期間中はこのホテルで働く覚悟であること,元気でやっていること,2度と失敗はしない覚悟であることなど話をしてきた。なんとなく落ち着いた穏やかな表情にほっとした。ここにいる限りは問題をおこすことはないだろうと思っていたからである。しかし,その後もときおり危なっかしい相談を持ち込むことがあり,なんとか事件にならないですますことができていたが,家族の心配は尽きなかったと思われる。そして,7,8年前に亡くなられた。

亡くなられたころから,毎年今頃になると息子さんから岡山でもっともうまいと言われる品種の白桃が届けられてくる。「あっ,どうも」と言うだけでなんの会話も交わすことなく事務所に置いていくのである。この桃が届けられるたびに,あのころ私も騙された苦い経験を思い出す。

昨日,この思い出を思い出したのはもう一つ契機があった。昨日は夜にアルコールがはいることが予定されていたのでバスに乗ってでかけた。バスは冷房がよく効いていて気持ちがいい。乗っている時間は10分もないのだが,何気なく運転手さんの名札をみていたら,先の金融業者と同じMであった。別人であるが,白桃とこの「M」によって思い出したのである。

実はこのMさんにも不思議なつながりがある。今は金融業は止めていると思うが,日曜日などで近くのショッピングセンターでときおりあうことがあり,あちらから挨拶をしてきていた。厳しく交渉していた相手方であったが故になんだかこちらも親しい人のように感じてしまう。そしてその後,負債整理の相談に来る人のなかから,そのMに紹介されて相談にきたと言う人が何人かいたから不思議である。とんだ人に信頼されたものである。つい最近は,Mは友人の医療事故について相談に乗って欲しいと友人の父親といっしょに相談にきた。

バスの運転手さんの「M」を確認しながら,10分足らずの間に,昔の事件のことが頭をよぎっていた。降車ボタンを押すのを忘れそうになりながら,,,,。

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