格差社会と言われているが病気は誰にでもやってくる。その意味では病気には誰でもがなるものであって,平等であると感覚的に考えていた。弁護士になってまもなく,宇野線脱線事故の刑事弁護のお手伝いしたことがある。その時に岡山大学衛生学教室の青山先生のお話のなかで「病気も平等にはやってこない。これにも格差がある」と社会学的,疫学的見地から話をされたことがとても印象的で,病気にかかる背景をきちんとみなければならないことを知らされた。当時は社会の見方を教えられたかなり衝撃的な話であった。
きょうは,破産宣告の申し立て案件で法テラスに援助の申し込み手続きにでかけた。7年ぐらい前に申込者の妻の破産宣告事件を担当していた関係で,今度は夫からの破産宣告申し立ての依頼であった。妻が破産宣告の申し立てをしたときも夫は難病と闘いながらの自営業を営んでいた。家計を妻が懸命に支えながらの生活であった。当時から夫婦二人とも身体にはかなり無理を重ねながらの生活であった。夫の難病は大きく回復することはなく,徐々にその症状は身体に無理が利かなくさせてきていた。ところが妻は,健康を害し,入院治療をしなければならなくなり,さらに視力が悪化してきていた。妻の破産宣告,そして夫の破産宣告,夫の病,妻の入院など懸命に生きようとしても次々と苦しみは追っかけてきてくるみたいである。病気になるだけの社会的背景がある。病気にかかるか否かも格差社会を現している。