秋田

2006年10月27日

朝1番で東京にたち、羽田で乗り換え秋田にきた。rn秋田で第62回全国先物取引被害研究会に出席するためである。午前中にあったブラッシュアップセミナーにも一部参加できたのだから飛行機の恩恵を十分に受けたことになる。rn秋田での会は、2度目であり、前回は、昭和60年5月で12回大会であった。記憶には無いが前日から岡山をでてもしかすると東京でもう1泊していたかもしれない。rnrn昭和60年5月といえば、豊田商事が破綻する直前であった。真剣に豊田商事の被害をくいとめるためにはいつまでも被害回復のための交渉ではなく、営業ができなくさせるために破産の申し立てをすべきではないかということを真剣に討論した会であった。そして、この会の1週間ほど後に緊急な幹事会が東京で開催され、破産宣告申し立てに向けて豊田商事の財産調査を分担して着手することになった。弧の会の召集は、大阪の三木さんが電報で呼びかけた。少なくとも私はその電報ででかけることになった。そしてさらにそれから数日後、豊田商事の永田社長が右翼の手によって殺害され、有無を言わさず破産への手続きとなった。しかし、この手続きは極秘裏に進められた。7月1日に破産宣告決定がなされたが、財産保全手続きも同時になされ、その保全決定を全国各地に飛行機、新幹線などで送り、それに基づいて一斉に差し押さえ手続きを全国で実施した。私も大阪から新幹線で運ばれてくる決定書を岡山駅で受け取り直ちに執行手続きをした。こうした記憶のあるメンバーはもはや化石のようになってしまっていて、その時の責任者の大深弁護士は「始祖鳥」と今日は紹介されていた。岡山は第11回大会がその年の2月に開催されていて、豊田商事の示談金支払いの遅延があるなどのことが報告され、このときから具体的に示談交渉ではなく、根本的な解決の方向を見据えるべきではないかとの議論がなされていた。rnrn今日の会には12回の秋田大会の時の数倍の出席者がいた。400ページにもなる資料集、2冊の本の出版、早稲田大学教授の講演と議論の進化があった。明日も議論が続くが、秋田の秋を満喫することなく、岡山に帰ることになりそうである。

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