接見室の透明なアクリル板の向こうに現れたのは35才くらいの礼儀正しい青年であった。半袖Tシャツから伸びた両腕には一面の入れ墨であった。その妻から依頼を受けて接見にきたのであった。銃刀法関係の事件で昨日までは否認していたようであるが、今日からの調べでは認めているとのことである。二人目の子どもができたときにやくざ組織から足を洗ったとのことであった。妻の話でもきっぱりと組織から離れていたので今回のことが信じられないという話であったが、前の組織の関係で断りきれない接触が一度あったようだ。rnrn子どもができたことがきっかけとなって暴力団と手を切った。しかし、両腕には鮮やかに彫り物がある。手を切ったといっても外見は誰が見ても暴力団との関係の存在が明確である。子どもとの接触にもそれを隠し通せることはことはできない。おそらく就職も困難であろう。彼も就職できないまま子どもの面倒を見て、妻が夜昼働いて生活を維持している。この入れ墨が社会への平穏な復帰を困難としている。いつまでも癒されない心の傷は隠すことはできるが、暴力団との関わりを持った証の入れ墨は簡単には隠すことはできない。今日の接見においても一番に子どもことを心配し、今の状況を恥じて逃げることができない責任をとらざるをえないと覚悟はしていた。しかし、隠すことができないこの入れ墨をこれから背負って子どもたちのために生きていく困難はこれからも続くであろう。接見を終えて妻にその状況を報告すると目に涙を浮かべていた。とりあえず、目の前の大きな障害を最小限にくいとめるべく動くのがこれからの私の役割である。rnrn実は、同じような境遇の人を知っている。両腕の入れ墨を隠すべく、暑い夏も長そでのシャツを着ている。懸命に社会の一員として働いて生活しようとしているが、かつての仲間たちが彼を再び組織に戻そうと狙っていたり、就職はなかなか困難で、平穏な生活はなかなか実現しない。感情の起伏の激しかった彼は、いまでは穏やかな表情で子どもを抱いている。これからもこの社会で生きていくのはそうたやすいものではないが、入れ墨の受難をうち砕いてこれからも頑張って欲しいと願っている。
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- カルト被害を考える会 に 田所眞紀 より
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入れ墨
2006年10月17日
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