企業の危機管理

2008年6月1日

昨日,住宅地の土壌汚染による損害賠償請求事件に関して,裁判官に今後の手続き進行の参考にしていただくために,現地で事実上の検証手続きがあった。

庭先を10センチ程度掘ると黒い油分を含んだ土がでてきて,異様な臭いを漂わせる。その臭いは,住宅地周辺に広がり,地域全体を覆っているようであった。こうした,表面的にはみることのできない汚染の実態は,調査資料の数値をみるだけでは実感がないが,2メートル近く掘ってもその汚染の状況は悪化するばかりのひどさであった。こうした土地の上に住宅が建築されて,そこで,日々の生活をしている。

販売業者は,このような汚染が存在していても,直ちに健康に影響を及ぼすことはなく,なんらの責任はないと言い切って裁判で徹底的に争ってきている。法的に決着がつくのはまだ相当の時間を要すだろう。しかし,このような汚染の住宅地をまともな住宅地として販売してはならないのは当然である。法的な整備が十分ではなく,その法の編み目を広げて争うとしても,企業の社会的責任は最低限あり,さらに優良企業として消費者の支持を得て成長する企業とはなりえない。こんなに汚染していても,住宅ではそこで毎日生活しているのである。

国立大学が独立行政法人として,経営をしていかなければならないことになっている。岡山大学は,企業との連携の実績があり,経営状況はかなり良い成績のようである。この土序汚染もこの汚染企業の委託を受けて調査して,汚染の存在は認めつつも,住民に被害はないかのような報告書をだしている。この企業は,この被害者の参加していない調査の結果を,第三者機関の調査で信頼できるとこの法廷に提出している。企業と大学の関係がこのようなものであっていいとは思えない。経営が優先してくる研究が,住民の被害を放置し,人権を侵害することに手を貸す結果となっているのである。大学がこのような委託を受けてする調査によって,「経営」されているとしたら,大学の理念にも,もとらないか。

誤りは,早く認めた方がいい。黒い土と異様な臭いの責任をきちんととることが,企業のイメージをあげていく。住民の生活を無視していく企業は,決して発展しない。この問題に対する徹底的に住民と闘おうとする姿勢は,最初の一歩のボタンの掛け違いを生んだのではないかと思う。船場吉兆は,廃業に追い込まれて初めてそのことに気づいている。

さて,昨日の続き。中国に自衛隊機をこのどさくさに派遣しようとしていた。なんとデリカシーのない考えかと思えた。人の弱みにつけ込み,相手方が自らの主張が言いにくい状況の時に,一挙にタブーを乗り越えようとしたのだ。こうした,弱い立場の人の立場を理解する感覚のない,なくなってしまった人たちが今の政治の実権をもっているのだ。ドレスデンの爆撃の被害者と加害者の和解は,聖母教会の気の遠くなるような再建への協力ととドームのうえにたつ塔の寄贈というなかで,両国の市民レベルで実現したこととは大きな違いがある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Links

Calendar

  • 2021年12月
    « 5月    
     12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031