1億を超える不動産売買の決済であった。事件当事者でもあった決済銀行に関係者が集まり,決済の手続きがなされた。仮処分担保取り消しの同意,担保権の抹消,仮処分の取り下げ,所有権移転登記,代金の決済などが淡々となされた。その手続きの始まる前,銀行の融資担当役員からあいさつがあった。当方の依頼者に対して問題解決のために苦労されたことをねぎらう言葉であり,決断に感謝するという趣旨のことであった。
事件は,当方の親族が経営する会社の銀行からの借り入れのために合計10億近い保証をしていたが,その会社が倒産して,保証債務の履行請求がきたことに始まった。資産の多くは,農地であった。農業の継承のために次世代に農地の所有権を移していたことが詐害行為であるとして,訴訟がはじまった。1審では詐害行為が認められた。しかし,これだけでは何の解決にもならない。たとえ,この訴訟で勝訴になったとしても,保証債務はそのまま残ってしまうからである。原審では保証債務の存在も争ってきた。そして,さらに控訴して争った。
控訴審の審理にはそんなに時間を要さない。本件の場合は,単に法的評価の判断を受けるだけである。訴訟としては何の期待もえられない。ところが,控訴審では弁護士任官の裁判官が粘り強く和解の手続きを進めてくれた。私の方が途中で何度も和解をあきらめかけたこともあった。和解手続きが1年を越すぐらいの長期にわたってなされた。その結果,当方に今後の生活上どうしても残したい不動産を当方に留保し,その残りを当方の評価では高額であると考えていた価格で第三者が購入し,それを保証債務の弁済に充当し,残額を放棄すると言う内容であった。劣後担保権者の同意もとりつけていただいた。次世代に負債を残すことなく問題を解決することができた。その担当裁判官は,依頼者をみて,私の父をみる思いがすると言ったり,和解解決に向けて大胆な対応をしてきた金融機関に対してもその決断と誠実さを評価し,個人的にその銀行に預金口座を開いたようであった。そうして出来た和解が10ヶ月ほど前のことであった。
その和解にもとづいて,依頼者の不動産の売買契約をし,決済にまで至ることができた。長い期間を要した。途中でほんとうに和解を諦めかけたが,裁判官があんなに熱心に取り組んで頂いているのに私が諦めるのはおかしいと,今日の日を迎えられるように粘ることができた。和解から今日までの間にもいろいろと問題点があったのだ。すべての手続きを終えて,車で駅まで送って頂いている間に,依頼者は,裁判官に感謝の気持ちを伝えたいといいだした。実は私もそう感じていた。今日の結末は是非ともその裁判官に知らせておきたいと思った。