大学の役割

2008年10月26日

昨日は、夕方から受任事件のアドバイスと支援のお願いに大阪市立大学にでむいた。土壌汚染に関連する受任事件に関して、専門的分野の研究者からのアドバイスを是非得たいと思ったからである。講義の終わった午後5時以降に時間をとってもらっていた。大学の研究は、人類が平和に幸せな生活を実現するための研究が行われるところであり、その成果を社会に還元していくところでもある。それ故、憲法において思想・良心の自由が絶対的に保障され、それを支える学問の自由があり、大学の自治が制度的に保障されてきていた。国立大学は独立行政法人化し、その運営には経営的感覚を必要としてきた。岡山大学は、その意味では企業との連携に成功していると指摘されている。しかし、それでいいのだろうかと疑問に思う。今回担当している事件は、岡山大学と包括提携協定を結んでいる企業が被告である。その事件に関して、その企業を擁護する意見書・調査を実施して、裁判に証拠として提出している。一定の土壌汚染があることを確認しながら、被害はないという内容である。こうした、役割を大学が果たすことによって、大学の存在理由があるのだろうか。この意見書に対抗するために、土壌汚染問題に環境政策論の立場から精力的に取り組んできている大阪市立大学の先生にアドバイスをいただくための訪問であった。一方的に先生に宿題を残す形となったが、本当に快く対応していただいた。

薄暗くなったキャンパスを目的の研究室に向かって歩いていたところ、自転車に乗って覚えのあるにこやかな表情でゆっくりと通り過ぎていく人にであった。かつて、岡山大学で刑事法を教えられていた先生である。つい、この前の富山での人権大会でであった通信社の支局長さんとの会話のなかでも話題となったばかりの先生であったので、すぐにとても懐かしく当時を思い出すことができた。実は、この先生とはその後も裁判ウオッチングの会などでおつきあいが続いていた。法科大学院の設立とともに岡山大学から大阪市立大学に移られたのである(引き抜かれた?)。富山で話題にあがった先生で大阪市立大学で現在刑事法を教えていらっしゃる先生がもう一人いる。この方も岡山大学から大阪市立大学に移っていかれた人である。既に20年も前のことであったにも関わらず、その支局長さんはお二人の名前をあげて当時の話をしていた。大学がきちんとその役割をはたす環境に恵まれ、そうした状況のなかで、ジャーナリスト、学者、弁護士等の交流があったころの思い出である。

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