谷口智彦著「上海新風~路地裏からみた経済成長」(中央公論新社)が妻のところに送られてきた。著者が妻の弟であること、この本の中にいまは亡き父親のことが書かれていたことからである。著者は、日経ビジネスの編集委員時代にプリンストン大学に客員研究員として留学したり、上海やアメリカのシンクタンクで研究生活を送っていた経験がら、現在では請われて外務省副報道官として仕事をしている。岳父は、戦前に上海の東亜同文書院を卒業し、軍隊では憲兵の通訳をしていたようであるが、戦後京都大学であらためて学び、裁判所の書記官として仕事をしながら勉強を続け、司法試験に合格して肝臓ガンで亡くなるまで裁判官をしていた。rnrnこの本のなかにかつて青春時代を上海で過ごした父親の目線で、父が何を考え、何をみたのだろうかと父親が当時は貴重であったノートにインクで書き残した日記を参照しながら上海の街を観察し、今の自分の感じることのなかに父親のDNAを感じとっているかのような著者の記述がみられた。生前、必ずしも充分に意志疎通ができていなかったとみえた義弟と父親の関係と感じていたが、こうしたかたちで父親と対面していることにこみあげるものを感じた。同文書院のことは何よりも忘れがたい思い出として語っていた父の思い出に妻も涙しながらこのページを読んでいた。rnrn岳父の同文書院で学ぶことになったことなどの簡単な生い立ちはこの本にも触れられている。裁判官となってからは病気のため退職するまでの後半は、主に刑事裁判を担当していた。99,9パーセントの有罪率のなかで、「刑事裁判官の本分は無辜の発見にある」といい、無罪判決の数の多さを自慢していた。そして、放火殺人事件などのいくつかの重大事件についての無罪判決もあるが、どれも検察官側からの控訴が無く確定したことも誇りにしていた。有名な広島高裁での加藤老再審無罪事件を右陪席として関与して判決書を書き、岳父は気付いていなかったと思うがその弁護団の末尾に弁護人として私の名があったことは私にとって記念すべきことであった(ほんの一部手伝いしただけの名前だけの弁護人であったが)。もう少し生きていたら、義弟ともいろんなことが話し合える関係であったと思える。そして孫が法曹への道を歩んでいることを心から喜んでくれたことと思う。rnrnともあれ、この本はもともとこのような私的な感傷ににひたるような内容ではない。豊富な知識と経験そして聡明な観察眼で生き生きといまの上海を描いていて、上海にいってみたいと思わせるオススメの本である。決して身びいきではなく。
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谷口智彦著「上海新風」
2006年9月15日
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