製造物責任法

2009年7月8日

今日の「消費者法」のテーマは製造物責任法であった。このテーマを話す時は多くの思い出とともに消費者問題に関わった出来事が思い浮かべられる。講義の時にそのことにも自然とふれることとなった。

製造物責任法ができたのは1995年のことである。アメリカではケネディ大統領が1962年に大統領教書で消費者の権利宣言をしたころからのことであった。ラルフネーダーが「どんなスピードでも車は危険」と車の製造物責任を追究し,シートベルトの設置を義務づけさせた。日本はそれから遅れること30年後の製造物責任法である。ケネディ大統領が1963年11月に暗殺された。この日は日米間で初めて衛星放送がなされた日であり,その記念すべき日の最初のニュースがケネディ大統領の暗殺であった。1989年11月にはラルフネーダー氏を呼んでの消費者の権利確立を求めるシンポジュームを開催した。このときに製造物責任法の制定,消費者庁設置などを決議した。ネーダーさんから「Work for consumer justice」とサインをもらった。そして1993年か4年にネーダーさんの事務所を訪問した。記念すべきネーダーさんのサインは,その訪米の時にサインを容れていた鞄をホテルで盗られてなくしてしまった,,,,というような思い出である。

現在,携帯電話が爆発した事案を抱えていて,携帯電話会社,携帯電話製造会社を相手に交渉している。ちょうど良い教材であり,焼けこげた携帯電話の現物を持参して,製造物責任を問うことの法的困難さを学生に実感してもらった。この法律も世界水準としてはまだ不備がある。より消費者が救済されやすい法律に改正されるべきである。

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