金大中氏の死

2009年8月19日

金大中氏が日本から拉致されたのはまだ弁護士になっていないときであった。このニュースは,衝撃的な出来事として記憶に残っている。金大中氏とはわずかながら関わりをもったことがある。

投獄されている間,金大中氏の復権を願う在日の韓国民主化グループの人から事件の依頼を受けたことがあったからだ。彼らが日本での経済活動として営んでいたある事業が,都市再開発地域内に店舗を有していて,その評価額が著しく低いとして,既に工事のはじまった都市再開発工事のストップを求める仮処分手続きをしたのである。仮処分申請をすると事実上その工事はストップした。裁判外で交渉を続け,当時の市長の任期数日前に和解が成立したのであった。実質的に約1億円の上乗せの評価額となった。事件としては大成功であった。しかし,報酬は破格の低額であった。それは,その人たちが営んでいる営業利益が,金大中氏の救済活動資金に充てられてきていた実態があったからだ。当時の金大中さんを支援する資金に使われるなら,報酬も遠慮しておこうと,こちら側も納得したのである。そんなこともあり,それからの金大中氏の動向にはいつも関心を持って注視してきた。今回の訃報を聞いて,やはり時代の変化と時の流れの重さを感じることになった。

今日の午後,霞ヶ関のある役所にでかけた。その後官僚たちに申し出をし,意見交換を行った。決して言質を取らせまいとする官僚答弁は,役所の意気込みを全く感じることはできなかった。話したあと,このことは記者会見などで公にしないで欲しいと言ってきた。当然である。今日のような内容を公にする意味は全くない。消費者庁が9月から動き出す。このお役所が真剣に行動を起こさなければ,結果としてとんでもない恥をかくことになるということがわかっての対応だろうか。のれんに腕押しといった雰囲気で協議は終わった。官僚のこうした生き方は,政権交代となっても変わらないだろうか。

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