被害者参加の裁判員裁判

2009年9月6日

性的被害をこうむった刑事事件の裁判員裁判で判決のことが報道されていた。検察官の求刑が懲役15年に対して弁護人の意見は懲役5年の意見であったところ,懲役15年の判決であった。この事件の特色は,被害者がビデオリンクという形で証言にたったことである。今回のこの判決の量刑をどう評価すべきだろうか。一般的に言えば,今までの裁判の例によればかなり重い結果となっていると思われる。

重罰となっている原因には,ひとつには性的犯罪に関して,国民の処罰感情が重罰化傾向にあると思われる。その事情が事実なら,まさにその国民の意思を反映した判決であってこれこそ裁判員制度に求められていたものと言って良い。しかし,今回の懲役15年の判決には,それだけない被害者の証言によって,被害がより生々しく残虐さが印象づけられたことも影響しているのではないだろうか。わたしは,こうした意味で被害者が法廷で証言することは刑事裁判をゆがめる原因となると思っている。刑事裁判は,被告人を重い罪で罰することを目的としているわけでもなければ,被害者の仕返しの舞台でもないはずである。被害者であれば,だれでもその人の罪を簡単にゆるせることはできないのは当然である。そのことが盛り込まれて刑期が定められている。被害者と和解ができていたり,被害者に赦せる気持ちがあるならばそのときだけ特別に被害者の意見を言う場面があっていい。被害者は,基本的には赦したくないし,重い処罰を求めたいはずである。それをわざわざ,法廷で述べさせる意味はないように思われる。被害者の証言によって残虐性が印象づけられてそれが重罰化となったならそれは問題であると思われる。それは裁判員制度の欠陥ではなく,被害者参加制度の問題である。

刑事裁判の本質はどこにあるのか,いまいちどしっかりと考えてみることがひつようなのではないか。

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