15年経過して,,,,

2010年3月19日

地下鉄サリン事件がおきて,あさってで15年目を迎える。私もそのとき霞ヶ関にいた。そのあさっては,霊感商法被害対策弁連の弁護団会議があり,明日から出かける予定にしている。この弁護団の活動はさらに古く,1989年5月からであり,既に20年を経過した。死者までだしたこの事件は,それまで問題とされながら,オウム真理教に対してなんらの対策をとってこなかった捜査機関,監督官庁の無策に原因があったと言って良い。

今朝は,鳥取地方裁判所米子支部に出向いていた。統一協会と国である文科省宗務課を相手の国賠訴訟のためである。統一協会を脱会した元信者が被害の回復を求めて統一協会を相手に訴訟を提起し,国に対しては悲惨な被害を出し続けて多くの刑事,民事事件でその責任が明らかにされている統一協会に対する監督官庁としての役割が果たせていないことの責任を問う裁判である。オウム真理教の轍を踏まないよう国は適切に対応すべきであることを問う裁判である。奇しくも地下鉄サリン事件から15年,あの事件から国は何も学ばなかったのだろうかと,あの事件との対比をしっかりとし,二度と同じような被害を発生させてはならない。今の裁判は,その人の被害は国がきちんと対応していなから,未だにカルトよる被害を被ったことを明らかにするものである。

この件の他に昨夜は,15年ぶりのことがあった。15年前に担当して解決したある労働争議事件でリーダーであった人が,米子で居酒屋をしている。その話は,彼から前に聞いていた。米子に宿泊したので,その店に寄ってみようと思ったが,店の名前はわからない。パソコンのなかに開店のとき店の写真をデーターで送ってもらっていて,それは残っていた。しかし,写真には店の名前はでていない。そのファイル名が店の名前と考えて,インターネットで検索し,その店ではないかと推測した。口コミ情報ではステキな夫婦の経営者とのコメントがあり,これは間違いないと確信した。そして,突然にその店を訪ねてみた。そこで,15年ぶりに彼に出会ったのである。この事件は,休日の午前1時に地労委の控え室で闘った組合のメンバーと記念撮影した思い出深い事件であった。15年経過して,素敵な夫婦で,あのときのままに仕事をしている様子をみて,なつかしくもあのときのことを甦らせてもらった。この時は,15年の時は止まっていたかのように感じた。

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