バロック・コンサート

2006年9月14日

朝から激しい雨であった。午後からは県を相手の国賠訴訟をしている事件に関し、現地での事実上の検証手続きが予定されていた。裁判所は、その雨の状況を伺いながらもよほどのことが無い限り中止にはしたくないようで、午後には雨があがることを期待して現地にでかけることになった。現場に車両を置くなどして当時のパトカーの位置を再現することが予定されていた。小降りながら現地ではまだ雨は降っていた。しかし、丁度事件現場付近は道路工事中であり、片側相互通行となっていてとても車両を置くことや、その周辺を利用しながらの検証は諦めざるをえなかった。裁判所から車で約1時間の場所であったが、尋問に備えて現場をみてもらっただけの効果はあっただろうか。rnrnさて、夜はバロック・コンサートにでかけた。「バッハの学校」連続コンサートの一環である。クラヴィコード、チェンバロの演奏とカウンターテナー・セシル・ガロワ氏の独唱であった。会場は前と同じオリエント美術館である。紀元前5000年ころの彩色土器や神殿のモザイク模様の床の遺跡などが展示されている石造りの建物の中での演奏である。楽器はピアノの原型であるといわれているクラヴィコードで音がとても小さく会場の皆さんの耳にきちんととどいただろうかと心配したぐらいだ。演奏に使われたのは、1700年代に制作された楽器のコピーである。このコンサートのポスターは凝っていて「流れよわが涙」の字体はグーテンベルクが印刷した聖書の字体から引いたものとの説明であった。それが契機となり、宗教戦争、宗教改革へと動きが始まる。それまで聖書はギリシャ語だけで残されていて、これを他の言語に翻訳することはそれだけで異端として排斥されていた時代である。この印刷技術によってドイツ語、英語などの言語が標準化されて言語として文化圏に定着するようになった。そのころの音楽を中心に今日のコンサートが持たれた。クラヴィコードの調べは、中世の雰囲気をそのまま伝え、バッハや当時の作曲家が語り伝えようとしたその心を感じさせられるものであった。今日のコンサートの時間は短く、音は密やかであり、演奏とカウンターテナー一人だけというのは現代に生きる者としては少々物足りなさを感じた(3000円は高いなどと極めて現世的に考えてしまった)。

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