Cube

 
仰向けになって、天井を見ている。天井には白い結晶のような繊維のようなものが規則正しく並んでいて、わたしの顔の上にもそれと同じ性質のものが降ってくる。たとえるならば作りかけの綿飴のごくごく細い糸のような、たんぽぽの綿毛が粘性を帯びて大きくひきのばされたような、そういったものだ。ふわふわのぱりぱりである。ふわふわのぱりぱりにおおわれていくのは心地よい。寝かされているこの床もふわふわのぱりぱりの積み重なったものである。Paris…Paris…と耳元で声が。麹なのだと教えてくれる。麹がこんなにきもちよいものだとは知りませんでした。なるほど塩麹が流行るはずです。ぱりす、ぱりす。

裳裾

 
美輪明宏から「黒蜥蜴」に出演してくれと言われる。
「稽古はいつからですか」と訊いたら、「2026年までよ」と。
つまり、いまの瞬間から千秋楽までが長い長い稽古なのだ。
収入が安定するなぁ、と思ってぼんやりと嬉しい。

いんへるの

 
元彼ビルディングの三階にあるD氏のオフィスで仕事の打合せをしていたところ、五階の学習塾のN氏から電話があり、地下のギャラリーに誰か来ていたと言われる。四階の自動販売機で二人分の紅茶を買うと中から「お買い上げありがとうございます」と声がして、これはおそらくO氏、元彼の身の振り方にはいろいろあるものだ。階段ですれ違うU氏は二階をダンススタジオにしているひとだが新年度からの移転をほのめかすような腰のくねらせ方でじっと目を見ながら遠ざかってゆき、一階はとばして、地下のギャラリーの鍵を開けるやいなや、鍵穴から細く登場したS氏はきみに捨てられました、だからというわけではないが痩せました、いまこそオブジェになりましょう、などと殊勝なことを。いいのだよ気をつかわなくても、ここは元彼が好き勝手に暮らす場所なのだ、もうすぐ二階が空くようだからそこを好きに使ってくれていい、二階が空くまでは誰か別のひとの元彼でもやっていればよいのではないだろうか。ポケットの中で二本の紅茶が二丁の拳銃に変わっている。

ほっぺたに正しく転写するためにノートは鏡文字でとること

 
<左へ曲がりますご注意くださいピピピピ><左へ曲がりますご注意くださいピピピピ><左へ曲がりますご注意くださいピピピピ><左へ曲がりますご注意くださいピピピピ>と、聞こえているからトラックだろう。しかし姿は見えないのだ。郵便受けに入っているのではないかと思う。どの郵便受けだろう。うちには郵便受けが三つある。
 
「酒臭い男に対する殺意」という意味の一単語がどうしても思い出せなくて辞書を繰っている。

気泡

 
まばたきをするたびに右目にだけモナリザの残像みたいなものがうつる。
と、ぬるい青島ビールを飲みながら告白した男は私服警官で、開襟シャツの胸元からガムテープがちらりと見える。素肌に発信器を貼っているのだ。
「いつからわずらっておられるのですか」
「わずらわしく思ってなどいません」
病気をわずらうという表現がうまく伝わらなかったようだ。
「いつから、見えるのですか、その残像は」
「さあ。信仰にかかわることだからね」
ああ。ひょっとしたら。モナリザと聖母マリアを混同しているのではないか。それは単なる混同でもあり、美術史的なひとつの見解でもある。
プラスチック製の白いテーブルと椅子。あしもとを通り過ぎてゆくたくさんの茶色いにわとり。何羽かは息絶え、ほかのにわとりに踏まれている。
「ひとくちください」
わたしがビールをねだると、彼は発信器をはぎとってガムテープごとわたしの口に詰めた。
ねばついて、甘ったるくて、すぐにやわらかく溶ける。

Vシネマの髪型をした支配人

 
古い田舎のビジネスホテル。ロビーに小学生の男の子と女の子が入ってくる。男の子は女の子に相談したいことがあるらしい。田舎ゆえ、ほかに行き場がないのであろう。宿の主人が困っているので「たとえば彼らがここの飲み物をふたりでひとつでも注文するならそこのソファにいさせてあげればよいのではないか」と提案する。「そうですね。百円のジュースでも注文してくれれば」しかし、いちばん安いので三百円のコーラなのだった。
 
フラメンコのかかっている酒場で「フラメンコとタンゴってどう違うの」と、おなじみの質問をされ、雰囲気ものまねでフラメンコを踊ってみる。曲をリベルタンゴにしてもらって、ジョージ・クルーニーをパートナーにタンゴを踊ってみせる。クルーニー氏はリードがなかなか上手い。酒場の従業員の娘を抱いて、車まで送る。とてもくろめがちなので、おもわずくろめに触ってしまうが、痛がるわけでもない。片言でママに男がいることを言う。

プディング、レーズン入りの。

パーティがあるというので、着飾った同僚たちが慌ただしく歩き回っている。アクセサリーがないからここにあるのを借りよう、と言う後輩に、わたしのを貸すから、と諭す。ずいぶん幼い女の子もドレスを着ている。素材は絹のような光沢のあるものが多い。アクセサリーはすべて真珠か、模造真珠か、それに似た白いビーズだ。アルゼンチンから来たという日系人の青年と話す。ビュッフェの料理を取ってふたりで席につく。テーブルの蝋燭を消すのは部屋に行こうという意味なのだそうだ。蝋燭は勝手に消えてしまう。不思議と煙が上がらない。煙が上がらない、ということのほうが気になっている。
 

 
登校の列に女子はわたしひとり。それゆえに小さい赤ちゃんの面倒をみるように言われる。親指ほどのサイズ。過失により田んぼの脇の用水に落としてしまうが、草の中にひっかかっているのを副班長の男子が拾い上げる。すでに人間の赤ん坊の姿ではなく白い熊か鼠のキーホルダーになっている。他にそれらしいものが落ちていないので、これになったとしか考えられないと言う。かたい。
 
ハンググライダーで飛行する。上昇気流に乗ることで飛距離を伸ばすこともできる。着地した飛行場はある種の研修施設で、そこには小学校時代にお世話になった先生方が働いていて、昔から優秀だった、さらに立派になったとほめてくれる。

Aくんの名前が寺山くんになっていた。

border

 
「旗を見せろ」って態度が厭。とても厭。
黒ひげ危機一髪の着ぐるみを着て、樽で過ごす。
 
ともだちとふたり、浅い川を走って逃げる。
追いかけてくるのは知っている男だ。
堤防まできて、ともだちは助からず、わたしは逃げ切った。