俊読2017報告

2017年4月30日、谷川俊太郎トリビュートLIVE 俊読2017に出演しました。
原宿クロコダイルに駆けつけてくださった友人たち、先輩方、本当にありがとうございました。
東京のライブハウス(そう、この響き!東京の!ライブハウス!)で、緊張のあまり本番前の打ち合わせで笑いの発作に襲われたりしながらも(当然、司会進行の桑原滝弥さんに突っ込まれた)なんとか無事にパフォーマンスすることができたのは、知ってる人いっぱいいるしこの会場実質全然アウェーじゃなーいー! という心の支えがあってこそでした。
そして、すばらしい職人技を見せてくださった共演者のみなさん、主催者の桑原さん、スタッフさん、ご本尊(!?)谷川俊太郎さん、ありがとうございました。


 

 

今回取り上げた作品について。
『おばあちゃん』谷川俊太郎・文/三輪滋・絵
わたしが手に持っていたのは2016年にいそっぷ舎から出版された復刻改訂版の絵本で、オリジナルは1982年にばるん舎から出たものです。
(ちなみに1982年といえば、わたしの祖母が「おばあちゃん」になった記念すべき年。)
認知症で寝たきりのおばあちゃんのことを孫の視点から語った本文にシュールで不穏な絵がついています。
なぜこの作品を選んだかというと、祖母が昨年の春に他界し、認知症や介護についてすこし冷静に考えられそう、という気がしたからです。

そのあとに朗読した自作の詩「祖母のパイナップルジュース」は、2007年ごろ「詩のボクシング」で発表した「祖母ジュース」が元になっています。

長年わずらった糖尿病の悪化により
祖母の尿はパイナップルジュースになりました

憑依系俳人としてはここまで自分自身の体験を元にしたものを発表するのはけっこうレアかもしれない。
谷川俊太郎さんにも笑っていただいて、お客さんに休憩中や終演後に声をかけていただいて(ご自身も朗読される方がたくさんいらっしゃってた様子。あと、「わたしも腐女子です!」と明るく宣言して庫内灯のフライヤーを取りに来てくれた方!)10年分くらいのちやほやをもらって岡山に帰りました。

緊張で記憶が飛び飛びなので出演者限定の記録映像が届いたら他の方のパフォーマンスをちゃんと見たいです。

 

↑内容はビターきわまりない。お父さんとお母さんの年齢差が気になる。同じコンビの『せんそうごっこ』もおすすめ。

↑主催者桑原滝弥さんが詩を書いた夫婦がテーマの写真集。贈り物によろしいのではないかと。

往来させるもの−五十嵐秀彦第一句集『無量』を読む

「直喩」は意味において、「対句」は文章構造において、ともに言葉の類似を示唆するものであると考えられているが、五十嵐秀彦の創作では、類似のあり方が一筋縄ではいかない。
本論ではそのふたつの修辞法を掘り下げ、独特の魅力に迫っていきたい。

一、直喩

五十嵐秀彦第一句集『無量』には比況の助動詞「ごとし」を用いた直喩が十回登場する。直喩は通常、類似点を指摘することで対象をイメージしやすくするために用いられる。しかし、この句集では一見類似点のないような意外な言葉が「ごとし」で結ばれて直喩として差し出される。

遊星のごとき君らの薄暑かな

「遊星のごとき君ら」とは、公転・自転する複数の遊星(惑星)のように楽しく遊び回る少女たちだろうか。なぜ少女かというと、西東三鬼の「おそるべき君等の乳房夏来る」を連想するからだ。三鬼の句のイメージも重なって、外で遊び回っている少女たちは薄着で元気いっぱい、それを見ている作中主体は初夏の暑さに早くも疲れてしまっているように感じる。
二〇一三年の初夏はきゃりーぱみゅぱみゅの服装を真似た若者がピンクやブルーの髪をして街を闊歩していた。「遊星のごとき」という表現からは、全く違う価値観の若者を目にしたときの、違う惑星に来てしまったような違和感を読みとることもできる。

月照らす机上流砂のごとき文字

砂漠に描かれた不明瞭な文字。風が吹けば消えてしまいそうだ。「月」と「流砂」から連想するのは童謡「月の砂漠」のような世界。そのイメージを受けて「流砂のごとき文字」を想像すると、右から左へさらさらと書かれたアラビア文字が思い浮かぶ。月光の差す机上で自分の書いた文字が(それはなぜか見知らぬ異国の言葉で)書いた側から風紋のように形を変えていく。
あるいは、手書きの文字ではなく一瞬で形を変えるコンピュータのテキストデータかもしれない。月光とディスプレイの青白い光は似ている。また、初代キンドルなど実際に砂(砂鉄)を用いて文字を表示するタイプの電子書籍リーダーを詩的に表現しているのだと考えても面白い。

若水の謀議のごとく流れおり

ただの水に、それも本来おめでたいはずのものに「謀議のごとく」と言ってしまうのは大げさすぎるように感じる。何がこの作中主体を神経過敏にさせているのだろう。仮に作中主体を正月行事のとりしきりを任された年男だと考えてみよう。元旦の厳粛さと華やぎに包まれた古い家で、しきたりに従って正月の行事をこなしながらふと感じた不安感。家長としての責任を立派に務めようとするあまり、些細なことにまで過剰に反応してしまう生真面目な男の姿が思い浮かぶ。

二、対句

対句は、類似の構造をもつふたつの言葉を重ねて用いる修辞法である。対句もまたこの句集に頻出する特徴的な表現であると言える。俳句は十七音の非常に小さな形式の詩であるため、通常は言葉の重複を避けがちである。五十嵐秀彦が対句という重複を含む表現を好んで採用しているという点には強い意図が感じられる。

天道虫あこがれやすく死にやすく

あこがれることと死ぬことは一見遠いように思える。しかしこの句ではあこがれやすさと死にやすさが同時に成立すると言う。天道虫は、ここでは若さや幼さの暗喩だろう。たとえば青春期、強すぎる憧憬のために自ら死を選んでしまうというようなことだろうか。「愛(エロス)」と「死(タナトス)」と書けば単純すぎるが、愛を「あこがれ」にシフトすることによって常套句を回避している。

外套をまとひちひさき闇まとふ

外套をまとうということは小さな闇をまとうというということなのだ、と言っている。ここでは対句はイコールの関係で、ひとつの行動がもつ二種類の意味を書くために用いられている。外套を着て歩いている人々は、それぞれ外套の中に小さな闇をまとっている。それはひとが抱えている苦しみや悪意など暗い感情の比喩でもあるだろう。

夜に還る隧道を抜け冬を抜け

いただきし鱈さばくともあばくとも

靴底の雪剝がし黙剝がしけり

といった句も、ひとつの行動がもつ二種類の意味を書いていると言える。

秒針の速度牡丹雪の速度

この句は対句表現だけで一句が成立している。「秒速5センチメートル」というアニメーション映画がある(新海誠監督/二〇〇七年)。「秒速5センチメートル」は桜の花びらの落ちる速度を表しているそうだ。牡丹雪の速度は秒速何センチメートルだろう。秒針が動く速度と牡丹雪が舞い降りる速度を思い描いているうちに、速度よりもそれらが絶え間なく続いていくことを意識させられる。
似た構造をもつものとして、

赤とんぼ無数失踪者無数

という句がある。「赤とんぼ」は可視的な存在。「失踪者」は不可視の存在。ふたつを並べることによって失踪者が変化したものが赤とんぼなのではないか、とも思えてくる。
これらの句では、「秒針」と「牡丹雪」の取り合わせ、「赤とんぼ」と「失踪者」の取り合わせを対句として行っていることになる。

蝶有罪あるいは不在雨あがる

「有罪」の対義語は「無罪」だが、対として選ばれたのは「無罪」に近い音をもつ「不在」だ。「無罪」の気配をただよわせつつ「不在」と言ってしまうところに自嘲のような諦めのような感情が感じられる。無罪放免となったのではなく、有罪でありながらもうそこには存在しない蝶。事件は解決したもののルパン三世を取り逃がしてしまった銭形警部のようである。

三、直喩と対句のもたらすもの

五十嵐秀彦はあとがきにおいて「私の俳句はそんな具合に(古代と現代、あの世とこの世の)両界を往来しているように思う」(括弧内筆者)と記す。
この「往来」は俳句の意味内容によるものを指しているが、「直喩」や「対句」は構造の上で読者の意識の「往来」を促している。
意外な言葉を「ごとし」で結んだ「直喩」によって、読者は喩えるものと喩えられたものの間の類似点相違点を探しながらふたつの言葉の間を往来する。
対句もまた、対になったふたつのものの間で読者の意識を往来させる。そもそも対句は言葉の変奏による繰り返しであり、往来する構造そのものと言える。
ふたつのものの間を幾度となく往来するうちに、様々な解釈の可能性を得て、イメージは重層性を帯びていく。句会などで「景がひとつにしぼれない」ことがその句の欠点として指摘されることがあるが、この句集に関しては、むしろそれこそが魅力である。
本句集の表紙には、雪原の向こうへと続いていく足跡が色鉛筆の素朴なタッチで描かれている。その足跡はまるで「この無量の可能性を秘めたイメージの大地を、どうぞ、楽しく彷徨ってください」と読者に誘いかけているかのようだ。

『逸』第33号(2014年3月31日発行)掲載

【報告】「ことばや俳句と遊ぶ会」を開催しました

2017年4月9日(日)、BL俳句誌「庫内灯」スタッフによる「ことばや俳句と遊ぶ会」を開催しました。
会場は岡山県立図書館。当初の予想を上回る9名の方が参加してくれました!
いちばん遠くから来てくれた方は新潟から。ありがとうございます!!!

(内容)
打越マトリクス(季語から連想し、取り合わせにちょうどよい距離間の言葉を探すメソッド)
・音韻に凝った俳句かっこいいよね!の話。
・ちょめ俳しせ俳クイズ(著名俳人の作品と市井の俳人の作品を振り分けるチーム対抗戦)
・俳句カードゲーム(佐藤文香・石原ユキオセレクトの俳句カードにBL俳句の札を追加)
・袋回し(回ってきたお題でスピーディーに作句)

会場のようす

打越マトリクス

司会進行は「庫内灯」初代編集長佐々木紺
石原は「ちょめ俳しせ俳クイズ」のみ担当し、あとはたのしく遊んでおりました。

イベント終了後はEXCAFEさんに移動し、二次会を行いました。
「紙を回しながら食べやすい料理」という無茶なリクエストに応えてもらったー!

写真はdyngnさんの撮ってくださった袋回し中のわたくしです。

dyingさんの写真のサイトはこちら↓
ほやのえ

このイベントは佐藤文香『俳句を遊べ!』を大いに参考にしました。ぜひ読んでみてねー。

手紙魔まみ、ゆゆのおるすばん

手紙魔まみ、ゆゆのおるすばん

皆既日蝕。兎の尻を抱きしめる
はるいちばん薬袋に貼る切手
ゆゆです。姉は出掛けています。春の星
あたたかし盗聴器のようなタンポン
銀河系共通言語シャ・ボンダ・マ
ゆゆの苺、つぶさないでって云ったはず
ゆゆの髪、洗わないでって云ったはず
宇宙船。ほら。虹色が非常口。
重力の弱い地球へ桜しべ
黴び方がとても上手ね、まみの爪
風は死んだの。虫歯、こじらせて
水中花とミジンコたちの愛でした
油蝉があれば海まで行けたのに
妹型昼寝装置としてゆゆは
マリリンのM まみのM MM忌
つけまつげにささる来世の流れ星
甘噛みの、まみの歯形の、腐る桃
糸電話料金未納通知かな
マンホールの蓋がつめたい朝ですね
ばつ、くちづけ、ウサギのくち ×××

小料理いしはら

小料理いしはら

取り皿のいちばんうへに豆の花
月朧ジップロックを揉みに揉む
すりこぎのひこばゆるまでひとを恋ふ
前掛けがハンカチがはりなのは内緒
春の果て白身魚を白くせり
きもぐれんすつらぐれんすと泣きにけり
巻き簾干しませ虹のあるうちに
舌を透くべつかふ飴や桜桃忌
「別れたら蠅取リボン換へにきて」
だし巻きに巻かれる前や大夕立
歌ふのは嫌ひおくらの揚げ浸し
刃を入れてくらげに水とそれ以外
「ささがきにされたいやうな汗疹です」
「後朝の毒消売はゐないのよ」
月涼し菜箸の先ささくれて
仏蘭西へ泳いでゆける割烹着


「フィクションのなかの食」アンケート企画より

みのはちのすせんまいぎあら春愁  榮猿丸『点滅』

ミノ・ハチノス・センマイ・ギアラはホルモンの部位名。牛の第1胃から第4胃までを列挙している。ひらがなの丸い形状は臓物の丸みそのものだ。薄桃色と灰色の生肉に囲まれた憂鬱。「よっしゃ焼肉食うぞ!」という高揚感はすこしも感じられない。

すいくわバー西瓜無果汁種はチョコ
鶏唐揚に敷いてパスタや夏の暮

榮猿丸は、日常生活で見過ごしがちな風景を巧みにすくいあげる。彼の食の句はなぜかいつも美味しくなさそうな気配を漂わせていて、面白い。


初出『別腹』第七号(平成二十六年五月五日発行)

坂出・高松

青春18きっぷの旅。
坂出で讃岐醤油画資料館と、四谷シモン人形館・淡翁荘を見た後、高松の半空へ。
第二回半空文学賞に応募してみました。
応募原稿(A4ペラ1枚)には名前は書いておりません。
もし半空に行くことがあったら、どれがわたしの作か推理してみてね。

ところで醤油画資料館、受付の方が懇切丁寧に「これは小沢剛先生という現代美術の作家さんが実在の作品をモデルにして製作した架空の美術史でして……」と説明してくれたのは、やはり何も知らずに見に来て怒っちゃうひともいるからなんでしょうな……。

2017初夢コレクション

千利休と秀吉とその家臣の若者が黄金の茶室の中でコカインをたのしんでいる。
「HIPHOPシーンを徳川の思うようにさせてはならぬ」


朗読バトルに出場するための衣装を探す。パンツが見える丈のミニスカートがよい。


牛窓チェーンソー


太いゲル状の構造物が円筒形にそそり立っている。
筋骨隆隆たる男がつるはしを持って工事を行っているがゲルをかき混ぜるだけで実際どれほど工事になっているのかわからない。つややかで美しい上腕二頭筋。


一緒に帰ろうと後輩を誘うが断られ、またねーと手を振って先に生物教室を出る。
バレー部が練習場所にしている第一体育館はバックヤードが複雑な滑り台になっており選手の体力作りに役立っているようだ。通り慣れないそこを通って昇降口へ向かう。スカートがスポンジのカスだらけだ。


校庭でトム・ヒドルストンが決闘をしている。女生徒たちがその様子を教室の窓から見守っている。


蔭山周監督と混浴


宿直室に年配の男性と若い女性がいて、男性のほうがタールのように黒い液体をコップに注ぐ。
アメリカではみんな普通に飲みますよと言うその口ぶりで軽々しく手を出してはならないものだとわかる。
丁寧に断るものの、土産として持たされたクッキーの中にもそれが混ぜられており結局口に入ってしまう。


ミラーボール乱れ廻るや年新た

打越マトリクス

バレンタインデー前後にTwitter上で佐藤文香考案「打越マトリクス」が(ごくごく局地的に)流行したのでこちらにも記録しておきます。

打越マトリクスまとめ https://togetter.com/li/1081579
打越マトリクス交換 https://togetter.com/li/1081596実駒さんによるまとめ)


以下は打越マトリクスの詳しいやり方が載っている『俳句を遊べ!』ほか佐藤さんの著書(の一部)。
(ここからお買い上げいただくと石原の私腹がすこしだけ肥えます。飴ちゃん1個分ぐらい。)



4/30(日)俊読2017に出演します!

谷川俊太郎さんの作品を詩人・アーティストがカヴァーするイベント「俊読」、
なんと2回目の出演が叶うことになりました。
東京近郊の方もそうでない方も多少を無理をしてでも是非お越しください!

(プロフィール写真は葉ね文庫葉ねのかべ」のときのだよ)

谷川俊太郎トリビュートLIVE
「俊読 2017」

2017年4月30日(日)
開場 18:00 開演 19:30 (終演 22:30)

◇出演
谷川俊太郎
文月悠光
猫道(猫道一家)
石原ユキオ
カワグチタケシ
西田夏奈子
吉田和史
もり
桑原滝弥

◇料金
予約 3500円 当日 4000円 (税込。飲食代別途必要)
※当日は満席が予想されます 。早めのご予約・ご来場をお勧めします。

◇会場
クロコダイル (東京都渋谷区神宮前6-18-8 ニュー関口B1F)
TEL:03-3499-5205
http://www.crocodile-live.jp/

◇ご予約・お問い合わせ
詩人類
TEL:090-8545-2708
takiyakuwahara@yahoo.co.jp
http://shijinrui.blogspot.jp/

俊読2017フライヤー表 俊読2017フライヤー裏

おそいおそいおそい詩

 

2016年7月29日-30日に開催されたTOKYO ART FLOW
おそいおそいおそい詩」という作品(連詩)に参加させていただきました。

夜景プロジェクト−マゼンタナイト−「おそいおそいおそい詩」
アーティストの髙橋匡太が商業施設、街路灯など街を巻き込みながら夜の風景をテーマカラーのマゼンダ色で染めていくプロジェクト。
詩人の集まり「oblaat(オブラート)」とのコラボレーション。一文字ずつの連詩で書き上げた詩を繋いでいく作品です。
髙橋匡太+oblaat(山田 亮太、河野 聡子、石原 ユキオ、髙塚 謙太郎、中家 菜津子)

1文字を30分立体駐車場の壁面に投影し、三夜かけて18文字の詩を発表。
詩を作る段階からして1日1文字ずつ交代で書くという超スローペースでした。

わたしが書いた数文字中の1文字、目。

壁に投影される詩を全文読むのはかなり難しかったと思います。(通い詰めて全部読んだひとがいたらすごい。)
ほとんどのひとが、途中から途中までしか見られない。
前はどんな字が出たんだろう、次はどんな字が来るんだろう、と推理してくれたひとの中に、無数に詩が存在しているということがこの作品の面白いところであるし、途中から途中までしか体験できないって人生そのもののようだね、と思ったりして、夏の夕方にしみじみとした気分になったのでした。

(会場に行ったひとのツイートを見ながら。)
(岡山の自宅で。)