いんへるの

 
元彼ビルディングの三階にあるD氏のオフィスで仕事の打合せをしていたところ、五階の学習塾のN氏から電話があり、地下のギャラリーに誰か来ていたと言われる。四階の自動販売機で二人分の紅茶を買うと中から「お買い上げありがとうございます」と声がして、これはおそらくO氏、元彼の身の振り方にはいろいろあるものだ。階段ですれ違うU氏は二階をダンススタジオにしているひとだが新年度からの移転をほのめかすような腰のくねらせ方でじっと目を見ながら遠ざかってゆき、一階はとばして、地下のギャラリーの鍵を開けるやいなや、鍵穴から細く登場したS氏はきみに捨てられました、だからというわけではないが痩せました、いまこそオブジェになりましょう、などと殊勝なことを。いいのだよ気をつかわなくても、ここは元彼が好き勝手に暮らす場所なのだ、もうすぐ二階が空くようだからそこを好きに使ってくれていい、二階が空くまでは誰か別のひとの元彼でもやっていればよいのではないだろうか。ポケットの中で二本の紅茶が二丁の拳銃に変わっている。

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