日記」カテゴリーアーカイブ

苦い薬

母の友人が始めた手作り雑貨のセレクトショップ、今シーズンの目玉商品はカットワークの春ショール。もう残り一点になってしまった。他のデザインのショールも淡い色彩で美しい。白を基調にした店舗で、地下にあるのだけれどちゃんと明かり取りの工夫がなされていて、自然光が入ってくる。帰り際、歳時記やら携帯電話やら持ってはしごを上ろうとするが、バランスを崩してはしごが外れかけてしまう。ほかのお客さんに支えてもらってことなきを得る。
 

 
一時的に現世に戻った即身仏の介護をするという仕事で、わたしの担当はおとなしい上人様なので特に手間がかかることもなく、万が一に備えて添い寝するだけなのだが、なぜかその日は胸に手を伸ばしてくるし、妙にくっつきたがるし、赤ちゃんのようになってしまっていて、かと思えば腰のあたりに何やらかたいようなやわらかいようなものが押しつけられており、即身成仏してもなお乗り越えられないものがあるということか。燃やしていいかしら。
 

大半の窓は宇宙に接続している

 
黒人青年と白人少年(彼はアナキン・スカイウォーカーによく似ている)が、「同性愛者はすべからくカミングアウトするべきだ」と主張している。はしごをつかってわたしの部屋の高さまで来てさらに叫んでいる。わたしは窓を開けようとする、少年が窓枠に手をかけているので、バランスを崩して落ちやしないかと一瞬ためらうが、こんな非常識なことをする輩こどもだからといって容赦する必要はないと考え、勢いよく窓を開けた。
「おい、おまえら! ひとのセクシャリティなんてどうだっていいだろ! カミングアウトしようとすまいとそれは個人の自由だ! おまえらに強制されるようなことではない!」
黒人青年はわたしに怒鳴り返す。
「貴様はレズビアンか?」
「レズビアンの友人がいるストレートだ!」
突然、母が客を連れてくる。
大学生ぐらいに見える日本人の女の子。着物を抱えている。
「見てこれ。ほんとうは誰にも言っちゃいけないんだけど、この着物アレンさんが買ってくれたの」
「おれんさん?」と、うちの母。
「ウッディ・アレン。映画撮ってるひと」
アメリカで買ったというその着物は見返り美人のような柄がぽつぽつとついた風変わりなものだった。彼女はそれに、十二単の襟の合わさった状態を模した色とりどりの布を、アカデミックドレスのフードのようにかけて着こなしている。
「似合うね。写真撮るよ。アメリカに戻ったら畳の部屋はなかなかないでしょう」
わたしは彼女の白蛇腹ポラロイドカメラで、ふすまの前に座っている彼女を撮る。
「レズビアンのともだちって?」
「いま東京にいるから、長いこと会ってないんだ」
ポラロイドから印画紙が出てこなくて、ポラロイドに似た別の種類のカメラだったのかと思う。
いつの間にか着物の彼女にキスされていて、それは濃厚で、いつまでも終わらない。

料峭は料亭のことかと思ってました

 
外国人観光客はつくり滝をのぼるものと考えて負傷したり足に豆をこさえたりしてしまうそうだ。目の前にいるのは日本の修学旅行生たちだが全員女子で全員つくり滝にのぼっている。祖父をつれて病室に戻ろうとする。いつもよりことばが通じる。エレベーターのドアが開いたら箱がなくて地面がせり上がる仕組み。男性医師と祖父とわたしの三人で乗って、祖父は二階だと言ったので、二階を押す。

隕石からとりだされた糖分でしのいでいる

 庭の水道工事をDIYする。地面にははがきほどの大きさの四角い穴が二つあり、それぞれに蛇口を取り付けるのだ。穴には鉄製の蓋があり、それを開けると風船のように大きくふくらんだクリーム色のゴムパッキンが水の気配をさせてふるえている。そのクリーム色のふるふるをホームセンターで買ってきた蛇口でおさえこみ、固定する。作業中にゴムパッキンを傷つけてしまったのか、たしかに少し雑に扱ったのでいやな予感はしたのだが、小さな噴水のように間歇的に水が吹き上げている。大きくふくらんだクリーム色の風船状のゴムパッキンを取り付けたのは母で、それ自体が間違っていた可能性がある。

 
虹 – 橋 – 川 – 彼岸 – お供え – 菓子 – 蟻 – 行列 – ラーメン – 暖簾 – 縄 – 自縄自縛 – ドグマ – アラン・リックマンのおしり
 
 恋人の家は川の近くで、堤防があり、土手の草が枯れているからまだそんなに春ではない。
 
 そんなにたいせつな恋人でもない。

DOTS

[1]
 
赤い水玉の、草間彌生から借りてきたような赤い水玉のショッピングモールの、赤い水玉のトレンチコートを横目に、駐車場の手前、エントランスの赤い水玉のタイルの上で柔軟体操をしていると、赤い水玉のM子さんが赤い水玉の枝毛を気にしながら赤い水玉のピンヒールで歩いてくる足音が赤い水玉。赤い水玉のわたしの日傘をひろげて干していたら、赤い水玉の風が吹いて、青い車のたくさん走る道まで飛ばしてしまう、赤い水玉の車が停まっている上を。道へ出て車にひかれたら赤い水玉でなくなってしまうので、わたしのだいじな日傘をわたしは追いかける、赤い水玉のM子さんに笑われながら。M子さんは水玉赤子さんの頭文字なんでしょう、そうでしょう。

[1] http://www.d-mc.ne.jp/blog/575/?attachment_id=908

予期しない理由で終了しました

 
幅の広いリボンで縛られていた手首は球体関節人形のそれと似ている。
中は空洞ではない、やわらかい、冷たくない、ざんねんなことに、回復してしまう、にんげんふうのものに戻ってしまう。
道具は重要ではない。
前の痛みが消えるより早くつぎの痛みがくること。
それを続けることで、ある瞬間から、痛覚の外側に存在し、床で呻く物体を冷静に観察することができる。
首を絞められて咳き込む。
粘膜にベルトが当たって叫ぶ。
のどの奥に肉を詰められて涙ぐむ。
与えられた刺激に一定の反応を返す、
「インタラクティブなガジェットなんです」
意識の上ではにっこりと微笑んでわたしの管理下に置かれていないオブジェを紹介することができる。
声帯は犬のようにクゥという音を出しているので、発話することはできないけれど。

3月5日

 
シュガーハイという状態のような気がして、ウイスキーを薄くして飲んだ。
 
夢のなかで、珍しくちゃんと買い物ができた。
 
(いつもはたいていお金が足りなかったり、品物が消えたりするのだ)
 
わたしの夢の土地にはラブホテルとショッピングモールと古着屋が多くて、交通手段は電車と船。
 
自動車はほとんど走っていない。自転車は一台も見たことがない。
 
怖い夢を性的な夢に変えるわざを覚えたので、覚醒するのがまたすこし苦手になった。

伊予柑を湯船で剥いて、凹型の真っ赤な椅子に種を並べる。

 入浴剤のファンタっぽいにおいと柑橘類の酸っぱいにおいが混ざってもミックスジュースのにおいにはならない。という発見を伝えたいが、風呂場から脱衣所を通ってベッドまではわりと遠い。
 浴室の壁面のテレビをつけるといきなりアダルトチャンネルでハーフかクオーターの女優が似合わないセーラー服で股間をいじられていて、しばらく見て、乳首があらわになったところで切った。
 かたいバスタオルでいい加減に身体を拭いてベッドへ戻ると、デート相手は女子高生のようなスピードで携帯電話に何かを打っている。何気なく覗いてしまってそれが別の女に宛てているものだと気づく。語尾が、「ですにゃ(・ω・)」だったから。
 料理を食べ終わった後にカロリーの高さと添加物についての説明を受けてしまったような気分、いや、それに加えて厨房をゴキブリが這い回っていたことと調理人の頭から金田一耕助並みのフケが飛散していることと彼がトイレに行っても手を洗わなかったということを知らされた感じ。予想の範囲ではあるが、敢えて知らされたくはないことだ。
 デート相手は悪びれもせず、王様のように笑って腕を差し出した。
 手枕にはやわらかすぎる腕だ。

ラベンハムの子

さいきん、わたしにはこどもがいて、四つか五つぐらいの男の子なんだけど、名前がまだないので考えている。
そんな高価なもの誰が買い与えたんだろう――ラベンハムらしき緑色のキルティングジャケットを着ている。
彼の悩みは、わたしがときどき焼く「スコーン」と、「スコーン食べたい」と言った彼にわたしの母(つまり彼にとっての祖母)が与えた「すこーんぶ!」(都こんぶ)との関連がよくわからないことである。
よくわからないことはおとうさんに聞いたら解決してもらえると信じているが、おとうさんには滅多に会えない。
おとうさんには帰るべきおうちがあるので。
今度はおうちのないおとうさんを探すね、と言うのだが、彼はそのおとうさんがいいらしい。
わたしの知る限りでは、おうちのあるひとと彼は血がつながっている。
彼にとって重要なのは、おとうさんはウルトラマンと仮面ライダーのすべての歴史を知り尽くしているということである。
おとうさんの高い高いは滞空時間は短いかわりに、わたしよりかなり高いということである。
おとうさんはほかのおとなと会話するときと同じ口調で彼に話しかけるということである。
おうちのあるひとと彼がふたりでいるときに「お孫さんですか」と聞いてきたよそのおばさんに彼は「長男です」とこたえたが「ちょうなのー。おまごちゃんなのねー」と誤解される、そして憤慨する、泣く。
ラベンハムの袖口は涙と鼻水でずるっずるのちかぴっかぴだが、わたしはそれをクリーニングに出してやることはできない。