伝統野菜

温泉にはすべりだいをすべって入る。
タオル専用レーンと水着専用レーンが分かれており、水着の上にタオルを巻いたわたしはどちらでも利用できるが、行き着く先の温泉はひとつ。
傾斜をすべって勢いよく湯に浸かり、スイムキャップをかぶっていなかったことに気づく。
 
洗濯してしまったので服がない。
チアのユニフォームを着る。
ユニフォームは赤系だが、ソックスは黄色系しかない。
しかしこれはこれで悪くない。
 
刈田に見覚えのあるこどもが遊んでいる。
小学校低学年の男の子。
先日わたしは彼の兄が顔白菜を植えるのを見た。
やがて彼は幼い頃の兄の顔にそっくりの、自分の顔にそっくりの、ふくふくとした顔白菜を収穫することになるだろう。

『さよならバグ・チルドレン』のヒドさについて

こんばんは。ヒド歌評論家の石原ユキオです。作中主体(男性)が女性に対してヒドい言動をおこなう短歌のことを「ヒド歌」と呼び、蒐集・鑑賞することを無上の喜びとしております。

さて。山田航第一歌集『さよならバグ・チルドレン』の中にヒド歌はあるでしょうか。

やや距離をおいて笑へば「君」といふ二人称から青葉のかをり
てのひらをくすぐりながらぼくたちは渚辺といふ世界を歩む
翼なきふたりそれでも一対の薄き翼でありたし永遠(とは)に

青春ですね。「きみ」「ぼく」「ぼくたち」「ふたり」といった言葉で描かれる恋は、すこしぎこちないけれど、とてもやさしい雰囲気。残念ながらヒドくない。作中のふたりの幸せを願わずにはいられません。しかしここで引き下がってはヒド歌評論家としてのわたしの名が廃ります。どこかにヒドさを見つけなければ!

フランスパン輪切りしながらわかつてる君が誰よりがんばつてること

やっと見つけました。この歌はヒドいと言えるのではないでしょうか。「NIJNTJE(ナインチェ)」と題された八首の連作のうちのひとつです。

ナインチェ・プラウス 横顔は無く本当にかなしいときは後ろを向くの
ミッフィーが無敵を誇るにらめつこ大会けふも君の部屋にて

ナインチェ・プラウス(=ミッフィー)の大好きな彼女。感情を表に出すことの少ない人物であるように思えます。「にらめつこ大会」は楽しい遊びではなく、彼女と彼がどう言葉にしていいかわからない気持ちを抱えて黙り込んでいる状況でしょう。

すこし風に乱れた髪とリクルートスーツの君が抱く白うさぎ

彼女は就職活動中。「白うさぎ」と言われて思い浮かぶのは、ぬいぐるみではなく生きているうさぎ。疲れ果てて帰ってきた彼女はスーツに毛がつくのもおかまいなしに、癒しを求めるようにペットのうさぎを抱き上げる。そんな光景のすぐ後に置かれたのが、「フランスパン輪切りしながらわかつてる君が誰よりがんばつてること」です。
部屋の隅の小さなキッチンで二人ぶんのパンを切りながら、彼女が誰よりがんばってると信じる彼。けなげではあるけれど、彼女と対話することで生じる軋轢を避けているようにも見えます。この「誰より」というのがヒドい。「誰より」だなんて実際にはあり得ないし、なんの根拠もない。真に彼女の気持ちを慮っているなら出てくるはずのない言葉です。就職活動はストレスの溜まるもの。ミッフィーの口が開いたときに飛び出す言葉は、彼に対する罵詈雑言かもしれません。一見やさしい彼のようですが、自分が傷ついてまで彼女を癒す気はないのでしょう。よけいなお世話を承知で言いますが、きみたち、もっと話し合ったほうがいい。

君といふ小箱の内に満ちてゐる真水に嘘は溶けてゆくんだ

この歌もなかなかヒドい。「君」のついた嘘でしょうか。それとも「僕」のついた嘘でしょうか。どちらにしても、「君」のなかにある純粋なものが嘘によって汚されていくイメージ。嘘そのものにヒドさは感じません。ヒドいのは「真水」という決めつけです。水質検査でもしたのか。わたしの内に満ちている水なんか、仮に真水だったとしても、ミカヅキモとゾウリムシとアオミドロがびっしり詰まっててドロッドロです。少々の嘘くらい餌にしてしまいます。結局この作中主体は「君」をきれいなものとしてちょっと離れたところに置いておきたいのではないでしょうか。そんな関係で本当にいいのですか。ともに泥水を飲み合ってこその恋愛でありませんか。やっぱりきみたち、もっと話し合ったほうがいい。

噴水に腰かけ授乳してゐたる女はみづのつばさをまとふ

噴水からの連想がはたらいて哺乳瓶ではなく胸をはだけて授乳しているように読めます。場所は公園でしょう。重い乳児を抱えて座るには噴水の縁は不安定すぎるのでは。誰もベンチを譲らなかったのでしょうか。現実の道具立てを用いながら現実にはなかなか存在しない美しすぎる世界が描かれているような気がします。天使のように、あるいは聖母のように、過剰に美化された母性。女性をこんなふうに見ている男は子育てに参加しなさそうです。現実に目を向けるために、翼の正体を顕微鏡で観察してみるといい。きっとミカヅキモとゾウリムシとアオミドロがびっしり詰まってて……くどいですか。すみません。

こうして見ていくと、山田航短歌に登場する男のヒドさは、一見やさしそうに見えて対象との衝突が起きないように身をかわしている点と言えるでしょう。女性は美しい別の生き物、みたいな感覚。キュンとするようなきれいな世界が描かれていますが、恋人にはしたくないタイプの作中主体です。わたしにとっては。

あ、例外が一つありました。

揺すつたくらゐぢや起きないきみに捧げよう目覚めのための濃き一滴を

強制モーニングフェラからの口内発射。こういう遠慮のない男、嫌いじゃない。

初出『かばん』第29巻第9号(2012年12月1日発行)

◆

山田航氏のブログはこちら→トナカイ語研究日誌

狙撃

狙撃

狙撃

浴槽に手足かさなる霜夜かな
狐火に微笑み方を教へらる
しぐるるや棺の中にある隙間
やむを得ず被写体となる蒲団かな
トランシーバーまづ咳を伝へけり
「五秒後に鼬が現れるぞ、撃て」
死相とは眠さうな顔かへり花
爆風にレザーコートは翻らず
大いなる砕氷船の図面かな
消音器あるいは水鳥のあくび

週刊俳句(2012.11.18)

とりはむ石材

とりはむ石材というのは地蔵をご神体として崇めるカルト教団である。地蔵は奪ってきたものでなければならず、窃盗ではなく強盗が望ましい。とりはむの暗躍により銀行の貸金庫に預けられている地蔵はあらかた奪われてしまった。教祖は世界各地を転々と逃げ回っており、説法の映像がUSTREAMで配信される。世界中に信者を増やすとりはむ石材であるが、教典をもたないために教義は非常にあいまいであり、最近では地蔵という概念が理解できず顔つきのディルドなどを地蔵と見なして強盗する信者も現れた。
 
とりはまー とりはみぬす ぬー
 
(われらに地蔵のご加護がありますように。)

高級な自転車

森さんの家の一階は車庫になっていてコンクリート打ちっぱなしである。安藤忠雄的なものが好きな森さんのことだから、その上の居住空間もコンクリート打ちっぱなしなのであろう。スーツをきちんと着た若い男性が出て来て兄はそろそろ帰るはずですと言う。森さんはわたしより十ほど上、森さんと弟さんはずいぶん年齢が離れているのだ。丁寧に言葉を選びながら弟さんと話していると、森さんが高級な自転車に乗って帰宅。あんなに攻撃的だったひとが、皮肉ひとつ言わず、ひたすらおだやかににこやかに応対してくれる。年月はひとを変える。ふと足元を見ると、森さんの弟は鉢植えの隅で両手をひろげる小人の置物になっているから、ひとが変わるのに年月は関係ないのかもしれない。

韜晦ともちがうし

ラブホテル。部屋という概念はあるのだけれど、ドアはないのが普通だし、壁は一面だけだったり、かわりに低いカーテンで区切られていたり。特殊な性癖のひとのためのものなのだろうか。そうではあるまい。同時に入ってきたカップルと「困りますよねえ」などと言いながら足元にへちゃっと置かれているパーティションを立て直そうとするが、上手くできない。安全性ということを考えても、このつくりは改善すべきなのでは。
 
パラレルワールドを行き来する生活をしていると、こちらの世界では親密にする必要のなかったひとと打ち解けてしまったりする。もっと無関心でいたい。

批評会メモ

2012年12月16日(日)永井祐さんの第一歌集『日本の中でたのしく暮らす』批評会に出席しました。
ちゃんとしたレポートを書くひとはたくさんいそうなので、役に立たないことを中心にメモしておきます。
 
第一部
・斉藤斎藤さん、頭の形がきれい。
・永井祐現象。青い電車で何回もはねとばされた件。
・今井恵子さんは意外と背が高い。
・「一字空」は「いちじあき」って読んでも「いちじあけ」って読んでもいいらしい。
・大辻隆弘さんは普通っぽいYシャツ姿で油断させておいていつの間にかビビッドなグリーンのネルシャツにお色直し。
・大辻さんの「時間定点」という見方でいろんなひとの短歌を分析したら面白そう。
・大辻さん的には「一番好きな人」はオンリーワンなのがデフォ。
・澤村斉美さんは関西出身ではないが心の中でツッコミを入れるときは「なにしてんねん」。
・澤村さん「口語が定型にはまると、標語みたいになってちょっと気持ち悪い」
・瀬戸夏子さん。すごく緊張していると見せかけておいて、一言で全部もっていく芸風ずるい。
・その一言「永井祐は枡野浩一のかくし子、穂村弘が養子にもらって、似てないからいじめられてる」
・会場大爆笑。
 
第二部
・西之原一貴さん、土岐友浩さん、五島諭さんが並んだ姿、この空気感なんか知ってる気がすると思ったけど、「3月のライオン」かもしれない。三人とも将棋とか囲碁とか得意そう。
・と、思ってたら囲碁の話が出てきた。
・五島さん的にはお花見って寒い時期だからそんなに楽しくないらしい。
・「AV男優と女優の結婚」について、土岐さんは「おどろき」という言葉を使っていたけど、わたしは別に全然驚くようなことじゃなくて、「切なさ」とかだと思ってた。
・五島さんの「結婚は心と心の交歓」という発言、個人的好感度メーターが最高値を記録。
・ここらへんで短歌の批評を通してそのひと自身の価値観があらわれるのが面白いなぁとしみじみした。
・短歌男子のみなさん、特別な美白ケアの方法があるのなら教えてほしい。

女優業

女優業

女優業

監督の椅子に水着を置くべからず
ウォークインクローゼットの裸かな
霧ですね映倫に愛されている
油物よけて夜食のすくなさよ
北窓を塞ぎこれより下僕なり
霜柱ほどのちからで拒まれる
美顔器で作る最強の雪玉
青痣に塗るドーランやあたたかし
ダリア植う恨みのようにたいせつに
春の野に立つひとみんなエキストラ

詩客(2012.11.2)

はばたこうとするから軽い羽毛布団

ベッドがいくつかあって、そのすべてに男がいて、わたしの眠る場所はそのどれかしかないので、なんとなく俳人G氏の布団に入り、キスなどもする。とくにどうこう思っていないひととするキスというのは気持ち悪くも気持ち良くもない。唇が触れている、唾液がちょっと入ってくる、呼吸しにくい、うっとうしい、めんどくさい、わたしは眠い、放っておいてほしい。古い型のノートパソコンが映画を再生している。透明な塩化ビニールを着た女がネオン管のけばけばしく光る路地を逃げ回ってやがて死ぬ。ここは北海道で、北海道から帰るにはショッピングモールから出ているバスに乗ればいいと教えられる。過去から現在にいたるまで世界中の数々の枕辺から洩れた重要機密を、そのために動いた歴史を思うならば、ショッピングモールから出ているバスは信じていい。にんげんの身体はあたたかい。あるいはつめたくても一向にかまわない。