投稿者「yukioi」のアーカイブ

睡眠部

白い部屋に学校の机と椅子があって、机を挟んで、向かい合って座っている。ふたりとも眠っていて、なかば覚醒したわたしは目をあけることなく「いまならこっそりと手をつなげる」と思うのだけれど、次の瞬間にはすでに手をつないだまま眠っていたことに気づいて、再び眠りに落ちる。
 
床に丸く乾いた猫の血を、蟻がすこしずつ齧り取ってゆく。
 

ちょっとした荒廃

 
数字やアルファベットやリボン型や筒型の、様々なパスタが積まれている。製品として出荷できなかったものが捨てられているのだ。ちゃんと袋に入っているし、賞味期限が過ぎているわけでもないし、なぜ捨てられているのかわからない。友人に誘われて、そのパスタを拾いにゆく。パスタの他には煙草が、こちらもきちんと包装された状態で捨てられており、男たちが拾いに来て、喫煙所のようになっている。葉巻を吸っている四十がらみの、サラリーマン風の白いシャツの男に話しかける。葉巻は珍しいですね。いや、ちかごろは結構あるんだ。葉巻の先を切って、火をつけてみせてくれる。吸うかい。吸います。さしだされた葉巻をくちびるに受けて、しかし、煙を吸い込むことはできないのだった。

がらにもなく日焼けしている五月

もうすこしで買えたはずのカンパーニュがいつまでも恨めしく、元恋人の新居では歓迎されないかわりに邪険に扱われることもなく、サンダルのワゴンセールをながめて、サーフボードの立てかけられた古着屋でガネーシャのにおいを肺の底まで吸い込み、朽ち果てながら改築中の我が家、とりかえしのつかないこと、極小と極大の対比、あらゆるものが隅々まで官能性で充たされている。
 
 
男を借りると腕がかゆくなる。

非実在中高年

白髪も増えてるしおでこは広くなってるし、成田先生、ちょっと見ないうちに随分老け込んだ。
偶然お会いした女性俳人のTSさんに成田先生を紹介する。
TSさんはアンソロジーではポートレートのかわりに花の写真を載せていたが、おとなしそうなショートヘアの美少女であった。
成田先生の勤務先を「愛媛大学」と言い間違えてしまう。
愛媛大学はSAさんの御父上の勤務先である。

あなたわたしをじたばたしてくださいましたね

 
ほんの少ししか悪気はなかったのに、上着を脱いだことであなたを欲情させてしまった。いまはもう決まった相手のいるあなたを。申し訳ないが、これは夢だ。はやく覚めてください。近頃のわたしの夢は生々しい身体感覚をともなうのに、あなたの唇はまったく何の感触もない。お互いにこんなことは望んでいないからでしょう。やめよう。はやく覚めてください。

快適さについて

女性アイドルグループの一員として合宿に参加している。外国のリゾート地、海辺、ホテルは東京のサクラフルールにすこし似ていて、いかにも女の子の好みそうな雰囲気。ファンの方へのプレゼント用に十二星座にちなんだクッションを作るため、手芸店に買い物に行こうとリーダーが言う。階段を下りながらどんなクッションにするか相談している。ピンクのベロア地に、星座の記号を刺繍し、まわりにはフリルをつけるのがいい。コンサートは明日だ。十二個も作れるかしら。十二星座モチーフはやめて七曜にしませんかと進言する。目を離した隙にリーダーは現地の男性をナンパしていちゃついた上に殴られている。どうしようもない。
 
実際に服を脱いで入浴するアーケードゲームを試すが、泥水なので不快。
 
屋根をわずかに見せてダムの底に沈みゆく村、急斜面に建てられた別荘、ゾンビが徘徊する建物に住むパンク少女にはじめての恋人ができて、彼と彼女はスカルとチェッカー柄とヘアワックスだらけの部屋で息をひそめる。

ホールケーキにナイフを入れてこの場所にコインパーキングを作ります

 
旅の終わりに友人二名(男女)が川に入って、川底に沈んでしまった。浅いのに。わたしも川に入ってみるが動かない二人は確実に死んでおり触りたくない。「無駄だよ、死んでるよ」と他の友人が言っている。わかっている。しかしあなたと違ってわたしは世間のひとたちから薄情者だと思われたくないのだ。引き上げる努力をしめさなければ。それにしても触りたくない。肩のあたりに手をかけてみたが、顔なんてもう、ふたりとものっぺらぼうになってしまって、パーツの全部取れたぬいぐるみみたいにぬべっとしている。
 
クピドのごとき巻き毛の美少年にフランス語で愛をささやかれたのでおごそかにキスをした。十二時キックオフです。

Cube

 
仰向けになって、天井を見ている。天井には白い結晶のような繊維のようなものが規則正しく並んでいて、わたしの顔の上にもそれと同じ性質のものが降ってくる。たとえるならば作りかけの綿飴のごくごく細い糸のような、たんぽぽの綿毛が粘性を帯びて大きくひきのばされたような、そういったものだ。ふわふわのぱりぱりである。ふわふわのぱりぱりにおおわれていくのは心地よい。寝かされているこの床もふわふわのぱりぱりの積み重なったものである。Paris…Paris…と耳元で声が。麹なのだと教えてくれる。麹がこんなにきもちよいものだとは知りませんでした。なるほど塩麹が流行るはずです。ぱりす、ぱりす。