カテゴリー別アーカイブ: 日記

坂出・高松

青春18きっぷの旅。
坂出で讃岐醤油画資料館と、四谷シモン人形館・淡翁荘を見た後、高松の半空へ。
第二回半空文学賞に応募してみました。
応募原稿(A4ペラ1枚)には名前は書いておりません。
もし半空に行くことがあったら、どれがわたしの作か推理してみてね。

ところで醤油画資料館、受付の方が懇切丁寧に「これは小沢剛先生という現代美術の作家さんが実在の作品をモデルにして製作した架空の美術史でして……」と説明してくれたのは、やはり何も知らずに見に来て怒っちゃうひともいるからなんでしょうな……。

2017初夢コレクション

千利休と秀吉とその家臣の若者が黄金の茶室の中でコカインをたのしんでいる。
「HIPHOPシーンを徳川の思うようにさせてはならぬ」


朗読バトルに出場するための衣装を探す。パンツが見える丈のミニスカートがよい。


牛窓チェーンソー


太いゲル状の構造物が円筒形にそそり立っている。
筋骨隆隆たる男がつるはしを持って工事を行っているがゲルをかき混ぜるだけで実際どれほど工事になっているのかわからない。つややかで美しい上腕二頭筋。


一緒に帰ろうと後輩を誘うが断られ、またねーと手を振って先に生物教室を出る。
バレー部が練習場所にしている第一体育館はバックヤードが複雑な滑り台になっており選手の体力作りに役立っているようだ。通り慣れないそこを通って昇降口へ向かう。スカートがスポンジのカスだらけだ。


校庭でトム・ヒドルストンが決闘をしている。女生徒たちがその様子を教室の窓から見守っている。


蔭山周監督と混浴


宿直室に年配の男性と若い女性がいて、男性のほうがタールのように黒い液体をコップに注ぐ。
アメリカではみんな普通に飲みますよと言うその口ぶりで軽々しく手を出してはならないものだとわかる。
丁寧に断るものの、土産として持たされたクッキーの中にもそれが混ぜられており結局口に入ってしまう。


ミラーボール乱れ廻るや年新た

打越マトリクス

バレンタインデー前後にTwitter上で佐藤文香考案「打越マトリクス」が(ごくごく局地的に)流行したのでこちらにも記録しておきます。

打越マトリクスまとめ https://togetter.com/li/1081579
打越マトリクス交換 https://togetter.com/li/1081596実駒さんによるまとめ)


以下は打越マトリクスの詳しいやり方が載っている『俳句を遊べ!』ほか佐藤さんの著書(の一部)。
(ここからお買い上げいただくと石原の私腹がすこしだけ肥えます。飴ちゃん1個分ぐらい。)



メルカトル図法とメンブレン式

 

金氏徹平のメルカトル・メンブレン

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
会期:2016年7月17日(日)-11月6日(日) *会期中無休

金氏徹平のメルカトル・メンブレン
金氏徹平のメルカトル・メンブレン
金氏徹平のメルカトル・メンブレン
金氏徹平のメルカトル・メンブレン

鼎談 金氏徹平×長嶋有×福永信「超訳!金氏徹平アワー」に行ってきました。
展覧会タイトルは金氏さんの依頼を受けて長嶋有さんが考えたもの。
現行のタイトルに決まるまでの紆余曲折をメールやSMSの画面を見せながら解説してくれるの面白かった。
長嶋有さんは結構強気に交渉するタイプなんだ! という驚き。

わかる・わからないのはなし

手打うどんつづみ「天ぷらぶっかけ」
 
かなり頻繁に美術館に通って現代アートを見慣れていると思しきひとが「現代アートはパッと見よくわからないことが多い」とSNSに書いていた。「けど、今回はアーティストトークが聞けたのでいろいろ納得した」という内容に続くのだが、そうなのですか。ほんとうにそうなのですか。と、問いつめたい。
 
専門的な美術教育を受けたことのないわたしの場合、「楽しい」「きれい」「面白い」「地味」「派手」「おいしそう」みたいなことが「パッと見」の印象だ。「わかる」とか「わからない」はほとんど意識に上らない。他人から「なぜこの画家はこんな描き方をしたと思いますか?」などと聞かれてはじめて「わかりません」が来るだろう。「わかる」「わからない」に関して鈍すぎるのかもしれない。ひとりっこのマイペースさがここにも出てしまっているのであろうか。そういえば幼いころ、遊びのルールがわかったのかわからないのかわからないまま加わって空気を悪くしていたことがあった。わかるわからないを気にすることも大事だったのだ。ごめんよ、もうきっと会うことのないおさななじみたち。
 
しかし「現代アートはパッと見よくわからないことが多い」と書いた方も、実は「現代アートは難しい」「現代アートはわかりにくい」という常套句のほうに引っ張られて本当は感じていないことを書いてしまったのではないかなぁ、という気もするのですよ。楽しく美術館通いしてるんだったらご本人の意識としては「わかる」「わからない」は二の次じゃないのかな。だからきっと「作品を鑑賞する際の糸口をアーティストに示してもらうと自分だけでは気づき得なかった部分で理解が深まる」というような感覚の方がより実態に近いのではないかと勝手に思ってしまうのです。
 
写真は猪熊弦一郎現代美術館の近くの手打うどん。

質問が難しい

 

インタビューが苦手だ。
聞かれるほうじゃなくて、聞くほう。
guca時代、わたしが聞き手となってある作家さんに取材する企画が持ち上がったのだが、どうしてもできないと言って断ったことがある。
 
なぜできないかというと、聞きたいことがないからです。
 
「訴えたいことがないんです」とは鳥肌実のネタだが、どんなに好きな作家さんであっても、とくに聞きたいことはない。
作品を楽しむ。気に入った部分を何度も読み返したりサイドストーリーを妄想したり、それはそれはおおいに楽しむ。雑誌に作家さんのインタビュー記事があれば、それも楽しく読む。しかし、自分から何か聞きたいことを思いつくかというと、まったく思いつかない。
 
個人的に聞きたいことがなくても、読者が知りたいであろうことを推測し読者をレペゼンして質問することは、理論上は可能である。ギャラの発生する仕事ならそうするだろう。でもそうやって乗り気になれないインタビュー記事をまとめたとして、面白い記事になるとは思えない。商業誌ならその種の面白くなさが許されるとしても、同人誌は前のめりな情熱がすべてだ。お金にもならないことをものすごい熱量をかけてやっているからこそ、ああどうかこいつらが赤字になりませんようにとお金を出してもらえるのである。
 
考えてみればインタビューだけではなく、初対面の相手と会話すること自体が苦手だ。天気の話くらいならできるが、そこから先に行くのが難しい。誰かと誰かが会話しているところを隣であいづちを打ちながら聞いているのならやぶさかでないのだが。
 
わたしの脳の中で「質問する」という機能を司るはずの部分が何か全然別の機能を担っているのではないか。たとえば他人よりすこし秀でている機能、早食いとか、似顔絵を描くとか、虫を素手でつかむとか。
 
こんど同人誌でインタビュアーをやらないかと持ちかけられたら、わたしが家の近所で集めた虫を持ち込んでどれなら素手で触れるかみんなで試す企画を提案しようと思う。
 
 

はからずもデトックス

 

上司のちょっとした一言に憤りを覚え怒りにまかせてミックスナッツを一抱えイッキ食いした夜中に嘔吐を繰り返し発熱し、そのまま数日間寝込んだ。おそらく感染性胃腸炎である。上司の言い方は悪かったが上司のせいばかりではないと思う。もともと体調がよくなかったからいつもならスルーできる言葉に苛立ったのだ。

ものが食べられないと何もできない、まともに歩けない、考えられない、本が読めない、あんなに入り浸っていたツイッターに何も書き込む気にならない。階段は座ったままお尻歩きで三段ごとに休み、ジョージ・A・ロメロの熱心な演技指導を受けたゾンビのような緩慢な動きでゲロ袋を蓋付きゴミ箱に捨て、冷蔵庫から経口補水液を取り出して水で薄めながら飲んだ。

ずっと座っているのはつらいが寝転ぶと背中が痛い。全身が痛い。正岡子規の苦しさがちょっとだけ理解できた気がする。台所から経口補水液を持ってくるだけでこんなに疲れるんだからへちまの水を取る気力なんてないだろうそうだろう。

で、そんな数日を経て徐々に体力は回復したのだが、胃腸炎の前と後ではっきりと変化したことがある。

回復後、おなかの調子が妙にいいのである。

たとえて言うなら以前は駅員が一枚一枚切符に鋏を入れる古式ゆかしい改札口。ラッシュ時は混乱を極めしばしば暴動が起きていた。現在は自動改札が導入されマナーのいい乗客たちが自動改札にICカードをかざしてスルッと通過していく。おわかりいただけるでしょうかこの感じ。サニーナおしりふきに頼らなくても平気になりました。

ちなみに高熱が出たせいか上司に何を言われたのかはすっかり忘れてしまいました。

 

往復

 

つばめたちが巣立ったあとの玄関にデッキブラシを往復させる

ホステスがいつも吐いてる電柱の根元に生えたひょろひょろの草

デス吟行が俳句の本で紹介されたぞ!

 

「マッドマックス怒りのデス吟行」が『都市』2015年10月号の「新・俳句月評」というコーナーで取り上げられました!

結社誌『都市』/撮影地:農村

書いてくれたのは栗山心さん。
栗山さんは、映画や舞台を観てその感想代わりに俳句を作ってみる、ということを以前からなさっていたそうです。

すごく共感したのは次のところ。

不思議なことに、歳時記を読んでいて、この映画のことを詠んだに違いない、と思えるほどピッタリとはまる句に出会うのも楽しく、勉強になる経験であった。

わーかーるー!
ありますよね。「この俳句はこのシーンのためにあるに違いない!!」っていうの。(わたしの場合はこれ

そして三句を挙げていらっしゃるのですが、そのうち一句が……

熱砂駆け行くは恋する者ならん  三好 曲

ニュクサブル……!! うおおお!!!!(号泣)
あと2句はぜひ、『都市』10月号(600円)をお取り寄せして読んでみてください!

また、デス吟行参加者の作品から、
固有名詞ありの句の例としてるいべえさんの、

固有名詞はないが映画を観た人には誰のことを詠んだかわかるタイプの例として松本てふこさんの、


が引用されています。

縦書きで活字になった句を読むと、ブラウザで読むのとはまたちょっと雰囲気が違いますね。
るいべえさんの句は、長音の縦棒が茎のように屹立していて、苗を一本ずつ指差していっている印象が強くなる。
てふこさんの句は、句のエレガントさが際立つように感じました。

栗山さんはこの夏、デス・ロードを一ヶ月に三往復したそうです。

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