駅前留学生活

ひと月ほど前から、常に英語がきこえてくる職場で働いている。
面接では「日常会話程度ならなんとかなります」と言ったし必ずしも嘘ではないが正直失敗した感が強い。

ある日の朝礼で新しい外国人スタッフが紹介され(英語で)、よーし、それではみんな自己紹介をしよう、と上司が言った(英語で)。
順番が回ってきたのでゆりやんレトリィバァをイメージしつつイントロディースマイセルフしたが、通じているかはいまひとつわからなかった。いや、こういうのは通じているかどうかではない。挨拶をすることに意味があるのだ。それでその場が和やかになるのだ。どうせ相手も全員の名前をすぐには覚えられない。単なる儀式だ。

基本的に雰囲気の良い職場なのだが、雰囲気が良いだけに「日常会話」が本当にある。
まわりのひとが雑談するペースについていけない。
もともと他人の言葉をさえぎってまで話す性格ではないので会話に加わるタイミングがない。
上司の冗談には、わかる範囲で笑う。
(わたしの理解が間違っていなければ「羊羹をよう噛んで食べる」という駄洒落を英語で説明していたようだった。)

今日は、夏からこちらに赴任してくる予定の外国人上司にメールを書いた。
初めての英文メールである。
本文を英語の得意な(年下の)先輩に添削してもらい、件名もいい感じにつけて送信した。

あとで送信済みボックスを見たら “About the meeeting” と書いてあった。

(脳内で再生されるGReeeeN。)

日本にいるのに、日本に帰りたい。

発表☆第1回ビバ!ユキオ俳句賞(4/7)

珍部門受賞作の発表です。
「なぜこんなことを俳句でやろうと思ったの……?」
と考え込まずにはいられない不思議な味わいの俳句を集めました。勇気とサービス精神に珍の称号を捧げます。
(これまで発表した部門:VR部門どうぶつ部門ホラー部門・小太郎部門

「なぜこんなことを俳句でやろうと思ったの……?」と思っている羊

【珍部門】

★あんぽ柿賞
つくられた干柿さわられる干柿   井口可奈

「つくられた干柿さわられる干柿」と「干柿」が繰り返されることで想像するのは、軒下にたくさんの干柿が並んでぶら下がっているところ。
しかしこの「つくられた」がよくわからない。「つくられた干柿」とはどういうことを言っているのか。皮を剥いて紐で吊るされた状態なのか、そこからしばらく経って水分がいくらか抜けた状態なのか、もういつ食べても大丈夫という状態なのか、すでに紐をはずされて食卓に供されているのか。
わたしにとっての干柿は「つくる」というより、皮を剥いて吊っておいたら勝手にできたり、失敗して黴が生えたりするものだ。もちろん生え始めた黴を落としてリカバリする方法などもあるわけだが、概ねただただ食べごろになるのを待つものであり、「つくる」というよりは「する」という意識で、「あんたほうまだ干柿しとらんのん?」「へえ、天気う見てしょう思よんじゃ」……
と、つらつらと考えていてやっと気づく。
この句は、自分の家の軒下を見ているのではなく、有名な柿の産地で生産されてスーパーやデパートなどに並ぶ、美しい干柿の生産過程を、消費するひとの側から詠んだものなのでは、と。

すみません、田舎の暮らしはいいぞマウンティングみたいに見えたらごめんなさい。都会で暮らしたことがないのです。家とも干柿とも距離を置かず狭い世界で生きております。

出荷するための干柿生産の様子を、ニュース映像で見たことがある。たくさんの干柿が “農協婦人部” (というものがいまもあるのかどうかわからないが)のような組織の女性たちの手で揉まれていた。干柿は製造段階で大いに「さわられる」のだ。揉むことによってより甘く柔らかくなる、というような理由だったと思うが、知らないひとの手が触れたものを口にすることへのわずかな抵抗感を、この「さわられる」は意識させる。
俳句で食べ物をおいしそうに描けたらすばらしいし、多くの人はそれを目指す。だけど、こんなふうにほんの一瞬頭をよぎってすぐに忘れてしまっているような抵抗感・違和感を拾い上げてくれる句もいい。

★羊の賞
ムートンのにほひ生年月日かな   榊陽子

すごくシンプルな「取り合わせ」「二物衝撃」ですが、取り合わせるものが変わっています。
「ムートンのにほひ」「生年月日」て!

ムートンは季語として使っていると考えたい。コートかブーツだろうか。ムートン何それおいしいのという方はおぐぐりください。絶対見たことあると思う。
ムートンのにおいには形はないし、生年月日も概念。具体的な景を結びにくい言葉の選び方ではあるものの、わたしの場合はこの組み合わせからムートンコートを着たまま市役所の隅の机で書類を書いている人物が見えてきました。
市役所の中は暖房が入っているのですこし暑くなってくる。体温の上昇でムートンコートの獣のにおいがふわりと立ちのぼる。いま自分が衣服として着ているものに、生きて牧場を走り回っていた過去があるということ。わたしたちはそれを知識として知っているけれど、普段は完全に忘れている。
「生年月日かな」なんて普通なら詠嘆するようなことではない。単なる身分証明のための数字の羅列にすぎない。しかし、一頭の家畜の生と死を意識したことで、生年月日はただの数字を超えてこの肉体が「生まれた」という事実を思い起こさせ、そしてその先には死があるということに、ふと立ち止まってしまうのだ。
余談ですが「にほひ」の歴史的仮名遣いはムートンのモフモフ感を増幅してると思います。

★ギャラクシー賞
短冊を刃に織姫の脾腹割く   藤幹子

願い事の書かれた七夕の短冊。その短冊で織姫の腹を割く、と言う。
暴力のようでもあり、解剖のようでもある。
姫の割けた腹からこぼれ出るのは血か色とりどりの糸か星屑か。

「最低限の情報をのせた一枚絵を置いておきますので、あとはご自由に妄想してください」とでも言うかのような句だ。澁澤龍彦風の耽美的な小説にするもよし。MARVELDCのような銀河を股にかけたアクションにするもよし。

ところで彦星はどうした。彦星の不在感がすごい。織姫、抵抗しなかったのか。戦って負けたのか。おとなしく腹を差し出したのか。そこにほのかな百合を感じる。

★専門店街賞
山眠る報知器専門店へ行く   久石ソナ

5句中3句に「◯◯専門店」を登場させた久石ソナさん。3軒の専門店の中で「取り合わせ」としてぐっときたのは「報知器専門店」でした。
彩度の低い冬山と、火災報知器の鮮やかな赤。山の静寂と「報知器」から感じるけたたましい警告音の対比。(描かれている情景としては「報知器専門店へ行く」だから報知器はまだ鳴っていないのだが、意識の中では一瞬報知器の音が鳴り響く。)
「報知器専門店」などというものは実在しないのではないかと思うが、川上弘美的リアリティラインというか、現実からほんのすこしだけ浮き上がったファンタジーとしてとても魅力的。

参考:ホーチキ株式会社(名前がそのまんまですごくない!?)

★ハッピーイースター賞
「よごれてないたまご」と云へり夏の朝   ちなみ

幼い頃、うちの庭には二羽ほど鶏がいたように記憶しているのだが(シャレじゃなくてほんとうなんです!)蛇だかイタチだかに食われていなくなってしまった。家の鶏が産んだたまごは茶色く汚れていたような気がする。いまの生活では汚れたたまごを見るのはなかなか難しい。スーパーで買うたまごはきれいに洗われていてまるで工業製品のようだ。(実際工業製品と同じように大型の装置で洗浄されて検品後出荷されるようです。工場見学してみたい。)
「よごれてないたまご」と敢えて言うのは、この俳句の登場人物たちがいま「よごれたたまご」がざらにある環境に置かれているからなのではないか。「よごれてないたまご」が当たり前の場所ではそんな発言は出てこない。
養鶏場に来てみたのか、農家の放し飼いか。それとも外国の市場なのか。
「言う」「聞こえる」「見える」「思う」といった言葉は俳句では省略されがちだが、敢えて記述された「云へり」には軽い驚きがこもっている。「『よごれてないたまご』と言ってるよこの人!」と。
夏の朝。強い日差しと涼しい空気。サンダルばきで向かった鶏小屋、あるいは市場。彼らの見ている汚れたたまごや汚れていないたまごはきっとどれも産みたての新鮮なたまごで、触るとまだほのかにあたたかい。
最後に予言しておきます。我はBL部門でこの話題にもう一度触れるであろう!


発表☆第1回ビバ!ユキオ俳句賞(3/7)

VR部門どうぶつ部門が終わり、今回はホラー部門・小太郎部門を2つまとめて発表したいと思います。

【ホラー部門】

★グランシアター賞

しかばねの息のくさゝよ霾ぐもり   西明石
耕せるなづきを土にこぼしつゝ   西明石

ビバ!ユキオ俳句賞は連作単位で読むことは想定していなかったのですが、連作として考えてくれたんだな〜という人が数人いらっしゃいました。西明石さんもそのひとり。
どう考えてもゾンビ連作なのです。5句まとめて紹介するか迷いましたが2句だけ選びました。他の句もゾンビの魅力をとてもよく捉えているのでいつか連作としてご自身のメディアで発表していただけたら嬉しいな! ゾンビ句集やゾンビ俳句ZINEのような形になったら自分用と布教用と2冊購入希望です。
一句目。普通の死体は呼吸をしませんが、ゾンビは(酸素を取り入れて二酸化炭素を排出しているとは限らないものの)呼吸に近い動きをしているのかもしれない。ゾンビは襲い掛かる際に唸り声を上げることが多いので空気が声帯を通っていることは間違いない。あるいは、腐敗により体内で発生したガスが口や鼻から出てくることを息と捉えているのかもしれない。
語り手はそれをどういう距離感で感じているのでしょうか。切羽詰まった状況というよりはどことなく余裕が感じられるので、ある程度の安全を確保した状態で歩く死体たちが通り過ぎるのを待っているところなのかもしれません。ゾンビ発生初期ではなく、ゾンビがいることが日常になった世界なんだと思う。
黄砂で空が曇る「霾ぐもり」はゾンビ映画の宣伝用のビジュアルに登場するような、ゾンビアポカリプスにぴったりの空模様のように思えてきます。
二句目。ゾンビには「生前の動作を繰り返す」という設定がしばしば与えられます。たとえば『ウォーム・ボディーズ』の冒頭、空港のシーンでは、ゾンビが金属探知機を振ったり、握りしめたモップを緩慢に動かしたりする。『ランド・オブ・ザ・デッド』には楽隊のゾンビたちが各々の楽器を持った状態で登場する。
これよ、これ。
腐乱してゆく肉体を風雨にさらしながら、生前と同じように畑を打っている死体。割れた頭から脳(なづき)がこぼれる。このひと、自ら土になりながら土を耕しているんですよ! なんという諸行無常!
「耕(たがやし)」は春の季語。ゆっくりと不器用に鍬を振る死体の周りにはオオイヌノフグリやホトケノザが咲いていることでしょう。
よい映画を観たなあ、という気持ち。

★なんとかオブザデッド賞
床に寝てふたりじゃがいも・おぶ・ざ・でっど   みやねね子

「オブ・ザ・デッドつけとけばなんでも面白くなると思うなよ!」とお思いになる向きもあるかもしれない。しかしゾンビ好きは「オブ・ザ・デッド」と言われるだけでうきうきしてしまう。なんならわたし「HAIKU OF THE DEAD」という日記形式の文章を書いたことすらありますからね。
この句は、ゾンビのいる様子を描いたものというよりも比喩と考えるのが自然だ。「ふたりの人間が、ジャガイモのように床に転がり、ゾンビのようにぐったりとしている(ときどき動く)」というような情景。
じゃがいもから連想するのは「カウチポテト」という言葉。カウチ(ソファ)にじゃがいものように座りっぱなしでTVを見ている怠惰な状態を言うらしい。床に寝たふたりの部屋にもきっとTVがあって、そこで流れているのは永遠のゾンビアポカリプス……ドラマの『ウォーキング・デッド』だったりしないだろうか。

関連映画:『Dawn of the dead(邦題:ゾンビ)』 『ショーン・オブ・ザ・デッド』 『インド・オブ・ザ・デッド』

★NAKAMA賞
痩せていく茸が好きで朗らかで   正井

「痩せていく茸」というのはおそらく水分がぬけて縮んでいくことを言っているのだろう。
たとえば壁際に薔薇を吊って水分が抜けてドライフラワーになってゆく過程を楽しむこととそのひとが「朗らか」であることは、まあ成立するような気がする。ドライフラワーはそうやって見て楽しむものだから。
しかし茸はどうだろう。「痩せていく茸が好き」であることと「朗らか」であることを並列にならべると、そこにはちょっとした違和感が生じる。
このひとは茸がカラカラになっていく過程を見て「フフッ」となっているのである。保存食にするために乾燥させているのだろうか。それともただその様子を見ているのが好きなのだろうか。
「痩せていく」という、通常は動物に対して使う言葉を用いて擬人法的に表すことで、痩せていく人間を観察しているようなイメージが頭をよぎる。っていうかそもそも茸の形状そのものが人間にすこし似ているんですよ。しめじなんかボブヘア(まさに「マッシュルームカット」という言葉がある)の人物が腰を曲げているように見えることがありませんか。
「痩せていく茸が好きでサイコパス」と書くなら随分常識的になってしまう。「朗らかで」がものすごく不穏。
そう、ハンニバル・レクター博士って、いつも朗らかなんですよね……。

注:NAKAMA(仲間)とはドラマ『ハンニバル』エピソード3に登場する日本人女性の言葉です。

★ケンカ売ってんで賞
安さうでモテさうなピンクのコート   藤田千佳

自分の着ているコートについてファッションチェックを受けたとして「安そうでモテなさそう」と言われるより、「安そうでモテそう」と言われた方がショックが大きい。
「高そうでモテそう」「高そうでモテなさそう」「安そうでモテなさそう」「安そうでモテそう」と4つ並べてみても断トツの破壊力を誇るのは「安そうでモテそう」である。
安いがゆえにモテそう。安っぽいコートを着てる女を好むようなタイプの相手にモテそう。宇野ゆうかさんの発明した「ダサピンク」という言葉がありますが、ピンクは女性性を表す際に短絡的に使われがちな色。そういう、女性にステレオタイプなイメージを当てはめ、その役割を期待するタイプの男性にモテそう。
ショップでハンガーに掛かっている服を見て思っていることではなく、ぜひ誰かがそれを着ている状態で思ったことであってほしい。このひとはきっとピンクのコートに託して「お前という人間の安っぽさ」をも言っているのだ。怖い。

★クボタン賞
来年もよろしくお願い左手の鍵   えみみ

年内最後の営業日を終え、レジを空にし、セキュリティ装置をオンにする。「警備を開始します」の音声を聞きながら裏口から出て鍵をかけ、左手の中の鍵に話しかける「来年もよろしくお願いね」。鍵は大事な店を象徴する存在だ。

と、そういう句なのだろうか。

なんだかこの句にも不穏なものを感じるのですよ。
「来年もよろしくお願いします」ではなく「来年もよろしくお願いね」でもなく、逆にぐっと短い「来年もよろしく」でもなく「来年もよろしくお願い」と書かれている。ちょっと中途半端な印象。
さらに、音の数に注目すると5・8・7。俳人が忌避する中八で、さらに下五も字余りになっている。のんびりと読みたくなる字余りと早口で読んで定型のリズムに合わせたくなる字余りがあるけれど、中八で間延びした分だけ「左手の鍵」は早口で読みたくなる。早口で読むと「左手の鍵」が秘密めいた何かに思えてくる。
ねえ、その鍵、単に鍵の機能のためだけに持っているものではないのではないですか。数々の修羅場をその鍵を使ってくぐり抜けてきたのではないですか。なんかこう、スケバンが、ピンチになったらサッと取り出す隠し武器みたいな。(イメージが古いのはご了承ください。南野陽子や浅香唯に憧れていた世代です。)
クボタンという武器がある。鍵束を付けて使用する護身用の武器である。

【小太郎部門】

全応募作の中に「小太郎」が登場する句が2句ありました。小太郎、有名人なの……?
(余談ですが「西野カナ」を詠んだひとも2人いました。こちらはまだわかる気がします。)

★ベストドレッサー賞
小太郎がまさか浴衣で来るなんて   でらっくま

なぜ「まさか」と言われているのか。小太郎が浴衣で来たシチュエーションを3つ考えてみました。

(1)花火大会の日、性格上浴衣なんて着そうにない小太郎が浴衣で来た。
(2)社長がクールビズを宣言した翌日、小太郎はスーツをやめて浴衣で来た。
(3)羽織袴で盛装すべき状況なのに、小太郎はラフな浴衣で来た。

(1)と読む場合、「小太郎」という名前を使うことに若干の違和感がある。「小太郎」は、かなり和装の似合いそうな名前だと思います。ちょんまげの時代から昭和のはじめくらいのイメージ。浴衣を着ていてもおかしくなさそう。
名前から受けるイメージだけで想像してもらいたいのですが、「フランツ・カフカ」や「李小龍」や「ニャホニャホタマクロー」が浴衣で来たというなら「まさか」という気持ちになる。
しかし浴衣を着る意外性であまり面白くなりすぎると俳句として面白くなくなっちゃうので、現代の日本人にありがちな名前にすると青春っぽく仕上がるかもしれません。

(2)いちばん応援したい小太郎です。オフィスが夏らしくなっていいと思う。しかしやはり名前のイメージからするとオフィスワークはしてなさそう。現実にはオフィスワークをする小太郎さんはいらっしゃると思うのですが、飽くまで名前から受ける印象です。

(3)は、名前のイメージ的にはいかにも羽織袴でビシッとキメてきそうな小太郎が浴衣なんていうカジュアルファッションで来ちゃった。まじかよ、いまから兄弟盃なのに、親分連中みんな羽織袴なのに、盃を受ける立場のテメエが浴衣でいいのかよ、破門されっぞ? というような場面です。小太郎、ハレの日になんでそんなことしちゃったんだ。小太郎が心配です。

その場で期待されているドレスコードによって「まさか浴衣で」と言った理由が「予想よりドレッシーだったから」にも「カジュアルすぎるから」にもなりうる。ゆえにこの句は読みがぶれるのです。「読みがぶれる」は俳句ではマイナス評価として言われることが多いけど「読みがぶれて楽しい」側面もあると思うの。
もっとも「小太郎」には何か元ネタがあるのかもしれない。全然思いつかないのでこっそり教えてください。

★あんぱん賞
目まとひや小太郎の首また落ちぬ   藤幹子

小太郎! 大事な盃の日に浴衣で行ったりするから!

思わずでらっくまさんの句の続きとして読んでしまいましたが、こちらの小太郎は何度も何度も首が落ちるという災難に遭っているらしい。
「目まとひ」は「まくなぎ」とも呼ばれる夏の羽虫。顔の周りにまとわりついてくる厄介な虫です。
払っても払っても目に入ろうとしてくるうっとうしい虫たちと、何度生まれ直しても首を打たれてしまう小太郎。メマトイはのがれられない運命の寓意です。
文楽の「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」という演目では小太郎という名前の少年が首を打たれるらしいので、そこからインスパイアされた句なのかもしれません。もしこれでなかったとしても、「小太郎」は繰り返し上演される(上映される・思い出される・二次創作される・プレイされる)物語の登場人物なのではないでしょうか。
アンパンマンやアラレちゃんのように首が取り外し可能になっている、ということではないと思う。


発表☆第1回ビバ!ユキオ俳句賞(2/7)

前回は「VR部門」受賞者を発表しました。
今回は「どうぶつ部門」。
動物と人外の句をどうぶつ部門としてまとめました。

【どうぶつ部門】

★金熊賞
熊穴を出づマカロンの踏んだやつ   尼崎武

この句を含めて入賞した熊が4頭いるのですが、その中でマイベスト熊だったので金熊賞です。
「熊穴を出づ」で春の句。冬眠から覚めた熊がマカロンを踏んだとは読みたくない。穴からのっそりと出てきた熊と踏まれて粉々ベトベトになったマカロンは飽くまでも別のショット。「踏み砕かれしマカロンあり」みたいな文語ではなく見た瞬間つぶやいてしまったような「マカロンの踏んだやつ」というフレーズの唐突感がいい。
マカロンの小ささ脆さに対するとき、人間は熊のように重く巨大な存在だということを思い起こさせます。春っぽいよねマカロンは。

★シェイプ・オブ・クマ賞
抱きあえばどこまでうすくなる熊よ   亀山朧

熊と抱擁する。腕が背中に回りきらず巨木の幹にはりついている蝉のように。と思っていたら熊はどんどんしぼんでいって抱きしめられるほどの薄さになり、抱きしめたその力でさらに薄くなりああこのままでは敷物のように毛皮だけのぺちゃんこになってしまう……。抱きしめたいという欲求を満たそうとすればするだけすり抜けていって満たされない。
セックスの後に心身ともにしぼんでしまう男性の比喩、というのは頭をよぎるのですが、そう考えてしまうとあまりにも直截的で夢がない。ほんものの熊の姿をしたものが空気を抜かれた人形のようにぺしゃんこになっていくさびしさ切なさを味わいたいです。

★萌え吐き賞
か、ち、かち、とだぶるくりっくするヒグマ   おのだみき

本州にいる黒いツキノワグマではなく北海道の茶色くて大きなヒグマ。
大きなヒグマの手でマウスをクリックするのは難しい。
「か、ち、かち、」というダブルクリックは、ゆっくりすぎてシングルクリック2回と認識されるのではないか。だからヒグマさんはダブルクリックと認識されるまでなんどもなんどもかちかちかちかちかちかちかちかちを繰り返さなければいけません。読点が利いています。ひらがなも「人間のするというだぶるくりっくとやら」をしている感じが出ています。
だいぶ冷静に書きましたが大きくてかわいいものがいっしょうけんめい細かい作業をしているかわいらしさがおわかりいただけるだろうか。
このヒグマはタイピングもあまり得意ではないはずです。どんな文章を打つか想像してほしい。「こんんひjちひゃ とんwりにひこそkてkみたくまでし・(訳:こんにちは。隣に引っ越してきたくまです。)」みたいなメールをもらうところを想像してみてほしい。キーボードに蜂蜜をこぼしたりするしUSBメモリがうまくささらなくて30分格闘した末に諦めたりしますよ…ウッ…ウッ…かわいそうかわいい…!
もしもこの句が「カチカチとダブルクリックするヒグマ」と書かれていたらそんなに面白くなかったでしょう。何の問題もなく人間にまぎれこんでスーツ着て中央省庁で働けてしまいそう。(でもヒグマが平気な顔をしてオフィスで働いていたらそれはそれでかわいい。)

★ボストンバレエ団賞
離陸する形になつてゐる羆   八鍬爽風

もうねえ、これは、見てください。ボストンバレエ団のクマを。

ところで熊が冬の季語とされるのはなぜなんだろう。
狩猟の対象としての熊。冬眠の途中に腹が空いて人里に出てきたとおぼしき熊。冬を暖かく過ごすための道具、毛皮としての熊。歳時記に載っている例句からするとだいたいそんなところ。ただし「生くることしんじつわびし熊を見る/安住敦」とかも載ってるんですよね。こういうのは一年中会える動物園の熊だと思う。
江戸時代のひとたちも「俺ら熊は冬ってことにしてるけどじっさい熊って見たことなくないっすか。冬って言われて実感なくないっすか…」って言ってたんじゃないだろうか。
10年以上俳句を作ったり読んだりしていますが「季語」や「有季定型」の便利さとツッコミどころの多さに興味が尽きません。

★あざとかわいい賞
仔猫歩くぱぱんぴぴぴんぱと歩く   鈴木牛後

「ぱぱんぴぴぴんぱ」という擬音で、仔猫の軽さ小ささ、足取りのおぼつかない様子が表現されています。「ぱぱんぴぴぴんぱ」って、まるでおもちゃのピアノのよう。「ぱ」と広げられた前肢の肉球を見れば表面張力でまるまったプルンプルンのピンクのゲルみたい。触りたい! 触らせろ!「ぴぴぴ」と進んでよろけて止まる「んぱ」!!!
仔猫がかわいいのは全人類が知っている。こんなわかりやすいかわいらしさで殴ってくるなんて卑怯です。くやしい。

おのだみきさんの「か、ち、かち、とだぶるくりっくするヒグマ」のときも思いましたが「かわいい」という心の動きは残酷なものです。自分より弱いもの、不器用なものに感じる好ましさ。ヒグマの句は人間より明らかに大きく強い存在が背中を丸めて不器用にも人間の暮らしを真似しようとしている健気さが「かわいい」。人間の暮らしにおいては人間は優位に立てるから、それが上手くできないものを(野生の状態では獰猛であるにもかかわらず)「かわいい」と思える。
「かわいい」が「守りたい」に繋がればいいんだけど、世の中には「かわいい」から「いじめたい」の方に舵を切ってしまうひともいますよね(例:Guardians of the Galaxy Vol. 2におけるベイビー・グルートの受難)。わたしもときどきどうぶつの森のエレフィンさんや奈良のしかまろくんを責め苛む妄想をします。

★信頼できない語り手賞
「違うんです。生け簀の亀の鳴く声です」   みやさと

だれかの発言であることを表すかぎかっこがついています。
生け簀に亀を飼っていることがあるだろうか。生け簀にいるのは大概スッポンです。
そして春の季語「亀鳴く」。亀が口から音を発することはあっても「鳴く」といえる程ではないので「亀鳴く」は「想像上の季語※」とも言われています。
以上のようなことを念頭に置いて、3分程度座禅を組んでみてほしい。ふと、とんねるずの「おならじゃないのよ、おならじゃないのよ、ちょっと空気が入っただけ」という今の感覚では許容しがたいギャグが鎌首をもたげてきはしまいか。
亀を持ち出した時点で男性から男性への言葉として読んでほしいことを示唆しているようにも思えます。だとすればそれは解剖学的にはほぼ「おなら」なのではないか
この俳句も「VR部門」の松本てふこさんの句と同様、BL部門に入れようかどうしようか非常に迷いました。

※平井照敏編『新歳時記 春』河出文庫

★高丘親王賞
貘の仔をおぼろの街へ放ちけり   加留かるか

動物園の獏ではなさそう。夢を食べるほうの獏ではないでしょうか。
寒さの緩んだ春の夜。ぼんやりとかすんだ街に獏を放つ。人間たちの夢をたーんと食べておいで……。
澁澤龍彦『高丘親王航海記』によると、人間の夢を食べた獏は白い薄い膜におおわれた夢の食べかすを排泄します。膜の中には香りの成分が詰まっており、悪夢を食べた獏は悪臭のする糞を、良い夢を食べた獏は馥郁たる香りの糞を排泄するのだそうです。(おっと。どうぶつ部門、ちょっと尾籠な方向に傾いてきたぜ。)
朝もやの街には、ある種のきのこのような、濁ったしゃぼんだまのような、獏の食べ残しが転がっているかもしれません。

★秋葉原賞
豆撒きの鬼面のかわいすぎる件   土井探花

「かわいすぎる」「件」ってライトノベルのタイトルのよう。このお面、鬼の角がついた美少女のイラストなのではないでしょうか。そうよ。さっき言ってたのこういうことなんですよ。かわいいものに豆をぶつけたがるんだよ人類は!
オタク文化の中で好んで使われる言葉を取り入れた軽妙なおかしさがある一方で、その界隈でしばしば目にする「お金を出してるんだから何をしてもOK」「表現は自由であるべきで何を描いてもいいしゾーニングは必要ない」というような意見を思い起こさせて、素直には笑えない句です。
なんだかディスっているようになってしまいましたが、そういうマイナス面を示唆する、非常に今日的な表現であるというところを高く評価したいです。

★象を称えよ賞
十月の象を洗へる女かな   森舞華

象は形状からして男性器の比喩では、なんてそんな無粋なことを言ってはいけない。(言っちゃった! ごめん! 忘れて!)
象とそれを洗う女性の組み合わせにエロスを感じるならむしろ象と人間の肌の質感の違いや、圧倒的な大きさの違いからくる危うさ、あるいは現代アメリカにおける「洗車する女性」という定番の性的なモチーフなどに目を向けたい。
「十月」は動きそう(=他の言葉に置き換えることができてしまいそう)に見えますが、七月や八月ならば「馬洗う」「牛洗う」という夏の季語のイメージとぶつかってしまうし、「一月」にすると寒々しくなってしまう。「三月」だと春先のふわふわした感じがエロスに寄与しすぎてちょっぴり下品。「六月」は雨が降るから洗う意味がなさそう。と考えたときにやはり「十月」くらいがちょうどいいような気がします。水気があるのに不思議とドライ。

発表☆第1回ビバ!ユキオ俳句賞(1/7)

第1回ビバ!ユキオ俳句賞トロフィー

第1回ビバ!ユキオ俳句賞では81名の方からご応募いただきました。計405句。
本日から7回に分けて選考結果の発表を行いたいと思います。

受賞作を7部門に分けました。

VR部門
どうぶつ部門
ホラー部門
小太郎部門
BL部門
心配部門
珍部門

大賞はありません。
わたしが優柔不断でどれをいちばんにするか決めようとすると何年かかるかわからないので!
大賞はどれがいいか考えてみてね! と皆様に丸投げしていくスタイルです。
(句会のときはどうやって特選を決めるのかって? 並選の中から鉛筆を転がすんだぜ……)

ちなみに上記の7部門合わせて受賞作は49句です。
一通り発表した後で選外佳作にもツッコミを入れるかも……。

それではまずは、VR部門の発表から!

【VR部門】

「景色がくっきり見える」「臨場感がある」など読者である自分が一瞬でその世界に立たされるような句をVR部門として選びました。

★大きい賞
熱気球そっと潰されゆく枯野   ミコシ

景色が大きい! 熱気を送り込んでいるバーナーを止めれば熱気球はしぼむ。その姿を「潰されゆく」という受身で表現しています。
日常言語では「そっと潰す」と言われて想像するのは、たとえば浮き輪や紙風船の空気を抜く動作でしょう。それが熱気球のような大きなものに使われたことでスケール感が狂い、巨大な神の手が現れて気球を潰す様子が見えてしまう。「神」という言葉を使わず「大気圧」と言ってもいい。ふだんそこに働いていると意識させない大きな力がふと姿を表す長い一瞬を捉えたところがぐっときました。
しぼんだ熱気球を受け止める地面が「枯野」となっていることで気球の布の極彩色が際立ちます。

★百合賞
葉酸を摂るべき君や春の海   ショージサキ

「春の海」に取り合わせるものとしてまったく予想外の「葉酸」。
ところでわたしは葉酸のサプリメントを飲んだことがありません。それがどんな感じのものかよくわかりません。しかしながら文字列を目に入れると各パーツからいろんなイメージを受信するもので、葉酸の「酸」という字から漂ってくるツンとした刺激は「春の海」のまだ冷たい潮風と相まって、なんだか妙に目鼻を刺してきます。このひとたちは非常にセンチメンタルな気持ちになっているのではないか。
検索して得られた知識だと葉酸のサプリメントは妊娠を望む人が飲んだりするようなので、ひとまず「君」は女性として読みたい。
で、もうこういうのは俳句の読みを超えて完全に妄想ですが、「妊活」に疲れたA子さん(既婚者)を連れてB子さん(独身)が数日間の短い旅に出るわけですよ。「リラックスしたほうが妊娠しやすくなるって言うからさ」って。春の海に。そしたら旅の最終日、A子さんは靴と靴下脱いで海に足を浸そうとするの。B子さんは慌てて「やめなよ! あんた冷えは大敵って言ってたじゃん!」って怒るんだけど「あはは。そうだっけ」とか言って波打際を歩き始める。波がきてスカートが濡れてもおかまいなし。「ちょ、待って、どうしたの、ねえA子……!」B子さんはA子さんのことが好きだから幸せになってもらいたい。妊娠したいと言うならその望みがかなってほしい。しかしそれがA子の本心からの望みではないとしたら……? A子、A子、あんた本当はどうしたい? ねえ、このままあたしとずっと一緒にいたらどうかな。あたしぜったい泣かせない。あの男みたいにあんたを泣かせない。一生大事にするから。ねえ。ねえ。その言葉は声にならなくてB子はただただA子の姿を目で追うしかないのです。うわーん!

★ほんとにいたんだもん賞
みな蜥蜴消えたところを指差せり   笠井亞子

俳句のような短い詩型では「◯◯がない」と書くことは「◯◯がある」と書くことと本質的には変わらないのではないか。「◯◯」という言葉を読んだ瞬間、一度は◯◯を強烈に想像してしまうからです。
この俳句では「蜥蜴」は「消えた」けど「みな」はあたかもそこにいま蜥蜴がいるかのように蜥蜴の消えた場所を指差している。「みな」の頭のなかにはその場所に蜥蜴のいた映像がくっきりと残っている。「消えたところを指差」す行為は、俳句における在と不在の関係そのものを示しているかのようです。

★ふは賞
けふ春の雪にいくばくかの浮力   西原天気

スローモーション映像のように非常にゆっくりと舞い降りてくる春の雪を想像しました。
「けふ」とか余計じゃね? と思わないでもなかったのですが、いや、やっぱり余計じゃないんだよこれは!
歴史的仮名遣いを選んだときに使えるマジックのひとつに「は」行でふわふわ感(ふはふは感)を増幅させる技があります。(あるよね? たぶんあると思う。例:ふはふはのふくろふの子のふかれをり/小澤實)この句は「けふ」が浮力を増幅させてる。
「春の雪」という季語が上五から中七にまたがっているところもお洒落。何も大げさなことを言っていないのになぜかちょっぴりロマンティック。なんだよ……イケメンかよ……。

★落ち着け賞
バレンタインデーばらばらの単語帳   松本てふこ

BL部門に入れようかどうしようか非常に悩みました。リングで留められた小さいカード式の単語帳。それがばらばらになってるだけ。その日はバレンタインデー。たったそれだけしか書かれていないのに青春の甘酸っぱさ、そしてほろ苦さ、みじめさ、滑稽さが押し寄せて我が胸の奥深くに封印せし黒歴史まで蘇ってきそうです。
単語帳と言えばイメージするのは中学校か高校。書いたり並べ替えたりするためにばらばらにしたというよりはうっかりばらばらにしてしまった感じがしますよね。何に動揺してるんだ君は!

★症例賞
耳薬耳から出でてあたたかし   豊永裕美

点眼薬、点鼻薬とおなじように点耳薬というものがあるんですね。知らなかった。
わたしはみみぐすり、点耳薬というものを使ったことがないけれど、この句を読むと耳からあたたかいものが出てくる感覚が蘇ってきます。たぶんプールで耳に水が入ったとき、頭を傾けて耳から水を出す、そのときに感じる熱さが記憶にあるからだよね。
「あたたか」は春の季語ですから、「耳薬が耳から出てくること」と「外の気温のあたたかさ」を取り合わせたと考えることもできるでしょう。でもわたしは耳からあたたかいものが流れ出る生々しい身体感覚のほうを取りたいと思います。ここは敢えての「無季」っぽい読み方で。

載ったど!『野性時代』3月号

野性時代2018年3月号

KADOKAWAのロゴと鳳凰マークが燦然と輝く(イメージ)封筒を開けてみると野性俳壇のステッカーが入っておりました! わーい!
このステッカーは特選入賞者がもらえるものだそうですよ。どこに貼ろう。歳時記? Macbook?

夏井いつき・特選
資材部は土筆ゆがいているそうです  石原ユキオ

夏井さんがコメントで ”建築土木会社の「資材部」を想像。” と書いてくれていたのが嬉しかったです。俳句を受け取ったひとが妄想を広げてくれるとすごく嬉しいよね。

この上機嫌のいきおいで今月号の野性俳壇からぐっときた句を紹介します!

少女ぴよんぴよんす春の列車のとほければ  くらげを

「跳ぶ」でも「跳ねる」でも「跳躍す」でもなく「ぴよんぴよんす」なのがいい。口語の「ぴよんぴよん」に文語の「す」がつくとコミカルな雰囲気に。遠くの列車を見ようとするというよりは、はやる気持ちがおさえられなくてこころぴょんぴょんの状態なのではあるまいか。

麗かや分かった順に笑ふ寄席  霞山旅

たぶん昼席ですね。あったかくて客席はみんなぼーっとしてて、噺家さんのネタが笑いに変わるまでにタイムラグが生じる。ああ、繁昌亭に行きたい。

麗らかや婆さんは池に落ちない  井口可奈

落ちそうで落ちないんだと思う。落ちたら面白いのではないかと淡く期待してしまう。余談だがわたしは川に落ちそうな爺さんを拾ったことがある。

鈍行が一番早く着く春野  徳山雅記

誰も死なない時刻表トリック。

そういえばビバ!ユキオ俳句賞に応募してくださった方、野性俳壇の常連さんがけっこう多いです。野性俳壇でわたしの名前を見かけてSNSでチェックして応募してくださったんだと思う。野性俳壇のオフ会があったらいいなー。句会しないのかなー。あったらいいなー。あったらいいなー。

第1回ビバ!ユキオ俳句賞 募集要項

趣意
石原ユキオは岡山県岡山市の辺境に生まれ育ちのんびりと燻っている自称憑依系俳人である。
石原ユキオの名を冠するこの賞は「ユキオ、これ読んで!」「いいのできた!」「ユキオって誰か知らんがなんか募集してるみたいだから送ってみた」など、石原個人へのお手紙的な感覚で気楽に楽しんでいただきたい。新人賞っぽい語感だが旧人、原人、猿人、類人猿、地球外生命体、人工知能など、どなたにも門戸を開いている。
言うまでもなく芝不器男俳句新人賞とは何の関係もない。なんとなく似ているとしたら憧れをこじらせただけなので訴えないで!

<<第1回ビバ!ユキオ俳句賞募集要項>>

募集内容

応募者が作った俳句、5句。既発表句可。(1句単位での審査となるため連作的要素は考慮しなくてもいいと思う)
「ユキオこういうの好きだろ」「萌えるだろ」「好みじゃないと思ってるかもしれないけどユキオの人生にはこういう句が必要だよ」などユキオ思いの精神をもって応募していただきたい。

いろんな句にいろんな賞を与えたい。
(新人賞、奨励賞、ロッキーホラー賞、憑依賞、萌え吐き賞等)
賞状やトロフィーはありません。ほめるだけ!

応募資格

なし。どなたでも歓迎。

募集条件

ビバ!ユキオ賞実行委員会がすごくやる気を出した場合、応募作を掲載した冊子・電子書籍・その他のグッズを販売する可能性があります。その際の著作権使用料はお支払いできません。しんどいので作らない場合もあります。あんまり期待しないで。温かい目で見守ってほしい。

募集方法

下記をEメールに記載し vivayukio@aol.com 宛てに送付してください。(添付ファイル不可)
【件名】ビバ!ユキオ俳句賞応募
【本文】

(ここに作品5句)

1)名前(ふりがな) ※俳号、ペンネームなど
2)生年月日 ※だいたいでもいい。公開しません。
3)ツイッターアカウント ※あれば教えてください。
4)ついでに、好きな麺類を教えてください。 ※公開するかも

なお、狼煙(のろし)、矢文、テレパシー等での応募はお受けできません。ご了承ください。

募集期間

2018年1月20日(土)17時〜2月10日(土)

選考委員

   
石原ユキオ(憑依系俳人) 石原ユキオ(憑依系俳人) 石原ユキオ(憑依系俳人)

選考方法

全作品を楽しく拝読し、どんな賞をあげたいか考えます。

選考結果の発表について

3月ごろ本ブログにて発表予定。

お問い合わせ先

ビバ!ユキオ俳句賞実行委員会事務局 石原ユキオ
(vivayukio@aol.comもしくはツイッター @yukioiにご連絡ください)

主催

ビバ!ユキオ俳句賞実行委員会

歌集『猫は踏まずに』

猫は踏まずに

白菜を白菜がもつ水で煮るいささかむごいレシピを習ふ 本多真弓『猫は踏まずに』

花山多佳子さんが栞で次のように書いている。

蒸し野菜はみな「もつ水で煮る」のだが誰も「むごい」なんて思わない。でも「白菜を白菜がもつ水で煮る」と言われてしまうと俄然、むごく感じられる。

そうなんですよ。つい、「獣の革を獣の脳の脂肪分でなめす(※平山夢明から得た知識)」とか「サボテンの針を抜いてサボテンに刺す(※臨死!!江古田ちゃんのお姉ちゃん)」とか思い出してしまうんですよね。

たぶん、これを「むごい」と感じられるのは、主体が同じ目に遭っているからだ。

引用した歌は実家への帰省がモチーフの「おののののろ」の一首だが、歌集の流れのなかで読むと、白菜のもつ水分で白菜がこげつくこともなく都合よく煮られるように、会社勤務の女性が会社の一員として、あるいは「長女」として、社会の期待に合わせて自らを抑圧して生きざるを得ない、そしてそれは自ら望んだことのように仕向けられているんだよねえええええええええうおおおおおおしんどいよおおおおおおおおおおおお!!!!!!

ということを考えてしまって、うううううう……。よくぞ書いてくださいました。

会社勤めをしたことのあるひと(主に事務系の女性)は頷きすぎて首が何個ももげる歌集だと思います。

背をむけてきみは翼をしまひこむ(ひにんするのはひとだけだつて)

という最高にすてきな「事後」とか、

リア充が爆死してゐるかたはらを手もあはせずに通りすぎたり

というユーモアとか、あとバレンタインBL短歌も入ってますよ!

初夢2018

夫の個展会場を下見する。小さな雑居ビルの一室。会期の後半は会場がすぐ隣の建物に移るため、個展のDMに忘れず書いておかなければ。東京の駅でいちばん好きなのはどこだろうと考える。

分厚いステーキが売り物のファミリーレストランに入る。この店は持ち合わせが少ないときは労働することで食事の対価を払うことができるのだ。よいシステムのようだが年配の客が多く誰も皆どことなく不幸せに見える。わたしはこの店に通ってはいけない、深みにはまってはいけない

工事中の車線に黄色く塗られたブルドッグが何匹も繋がれており、車が侵入すると激しく吠える。

*   *   *

 

不二貿易 座れるぬいぐるみ ブルドッグ 耐荷重:80kg 34485

活動記録(2017年)

●月刊俳句同人誌『里』2017年1月号に瀬戸正洋『へらへらと生まれ胃薬風邪薬』一句鑑賞を寄稿。

●「谷川俊太郎トリビュートLIVE 俊読2017」に出演(原宿クロコダイル)。俳句と詩を朗読する。2010年に続き2度目。

●BL俳句誌『庫内灯』スタッフとイベント「ことばや俳句と遊ぶ会」を開催(岡山市)。「ちょめ俳しせ俳クイズ」のコーナーを担当。

●円錐新鋭作品賞落選(高柳蕗子選上位5作品にノミネート)

●「poecrival 1」2席入賞(関悦史選)

●『小説 野性時代』の投句欄「野性俳壇」で特選に入賞。他、入選数回。

●『共有結晶別冊・二次創作短歌非公式ガイドブック』(2017年5月7日発行)に「石原ユキオインタビュー 憑依俳句と二次創作俳句」を寄稿。

●アートイベント「まちのすきまカフェ」(岡山市)にて「ぺったん詩」ワークショップと、短詩をめぐるトークライブ「短歌と俳句とぺったん詩」を開催(共演:荻原裕幸、中山奈々)。

瀬戸内ブッククルーズ「イチョウ並木の本まつり」(岡山市)に参加。俳句関連書籍を販売。また、トークコーナー「店主のオススメ本Z」で瀬戸正洋『俳句と雑文B』を紹介。

『現代詩手帖』2017年10月号「川口晴美と、詩と遊ぶ」に連作「四代目中村地球三郎第一句集『宙乗』より」を寄稿。
『Solid Situation Poems』稀人舎から発売中です。

●ワークショップ「ぺったん詩ぺったん会」を開催(東京)。

●『共有結晶別冊 萬解』(2017年11月23日発行)の「俳句百合読み鑑賞バトル」に寄稿。

●月刊俳句新聞『子規新報』第64号(2017年11月30日発行)「次代を担う俳人たち」に掲載。

●BL俳句誌『庫内灯3』(2017年11月23日発行)の「海外文学海外文学感想文BL俳句」に連作「レニー、俺たちいつかちひさな土地を手に入れてぜいたくざんまいに暮らすんだ。」を寄稿。