行く予定のないトルコ旅行を計画する

8月に『地球の歩き方イスタンブールとトルコの大地2019〜2020年版』が出た。
ひとつ前は2016〜17年版だったので2018年に開港したイスタンブール新空港が載っていなかったのだが、今度はもちろん載っている。
嬉しいので1月にまとまった休暇が取れたと仮定して7日間(トルコ国内に4泊5日)の旅行を計画した。

所詮は妄想なので仕事を辞めて2ヶ月放浪することにしてもいいのだが、そうなると「宿とか予約いらなくね?」「トルコの人は親切だから誰かの家に転がり込めばいい」「安全な旅には面白みがない」「むしろアドレナリンどばどば出したい」「ていうか無事に日本に帰ってくることになんの意味が?」などと自暴自棄な妄想をし最終的に「古絨毯で簀巻きにされてマルマラ海の魚の餌になれるならオシャレ!!」という境地に達してしまうのでやはりよろしくない。一週間程度だからこそ真面目に計画するつもりになれるし、計画すること自体を楽しめるのである。

航空券はスカイスキャナーで見つけて、購入したことにした。
アシアナ航空。関空発、仁川空港(ソウル)乗り換え、イスタンブール空港行き。
往復83,100円。
(トルコって遠いイメージあるけど航空券だけなら10万切るやつ結構見つかるんですよね)

<1日目>1月15日(水)関空から韓国に飛ぶ日

関空には「はるか早得往復きっぷ」で向かう。これは前回やってみて心身が楽だった(渋滞の心配がないから)。
15:00頃関空に到着。
17:00 関空発
18:50 仁川着

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イスタンブール行きの便まで14時間45分あるので一旦入国する。自動両替機があるらしいのでサクッと5,000円分両替。この日の宿インチョンエアポートホテルゼウメスは無料送迎があるので迎えに来てもらう。
せっかくの韓国だし、ホテル付近のドラッグストアでシートパックを2〜3枚程度購入。預入手荷物はイスタンブールに着くまで預けっぱなしなので、機内持込できるものしか買えない。シートパックは液体物扱いになりそうなので今夜使う分とジップロックに入る量だけ。ホテルの1階にロッテリアがあるみたいなので元気が出なかったら夕食はロッテリアで済ませちゃおう。

<2日目>1月16日(木)12時間のフライトでイスタンブールに到着する

7:00 ホテルのシャトルバスに乗って仁川空港へ。
9:35 仁川発
15:40 イスタンブール着
12時間5分の長い長いフライト、朝から眠れるわけもないので暇つぶしを考えなければいけない。
・読書(2時間)
・機内食が出たら満腹を利用して昼寝(1時間30分)
・映画を真剣に見て、レビューを書く(2時間視聴+1時間執筆)
・斜め前のひとが見ている映画を盗み見てあらすじを想像する(視聴30分+妄想執筆1時間)
・そろそろ疲れてくるので寝る(1時間)
・目が覚めて虚無(3時間)
だいたいこんな感じだろうか。執筆用に紙のノートを持ち込んでおかねば。
トルコに入国したらATMで20,000円程度キャッシング。16:40のHavaist(空港と市内中心部を繋ぐバス)に乗りたい。前回の旅でイスタンブルカード(イスタンブールの様々な公共交通を利用できるICカード)を持っているのでカードに100リラ(約2,000円)程度積み増しする。Havaistで新市街のタクシム広場まで行くのが18リラ。
18:00タクシム広場着。ノスタルジックトラムヴァイ(レトロ車両の路面電車)タクシム駅からオダクレ駅へ。タクシムダイヤモンドホテルにチェックイン。荷物を置き、イスティクラル通りで書店を見る。トラムヴァイの終点テュネルから推定徒歩3分程の場所にあるホームスパというハマム用品(石鹸やタオル)の店に立ち寄る。ガラタ塔が見えるはずなので、上らずに見るだけで満足する。
軽く何か食べてペットボトルの水を買い、ホテルに戻って就寝。
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<3日目>1月17日(金)イスタンブールから対岸のブルサに渡る

ホテルの朝食ビュッフェで可能な限り野菜を食べる。昼間はついついスィミット(街角のあらゆるところに屋台が出ている胡麻パン)などで済ましてしまいそうなので。
9:00チェックアウト。
地下鉄テュネル駅からカラキョイ駅、カラキョイ駅でトラムヴァイに乗り換えて新市街と旧市街をつなぐガラタ橋を渡り、エミノニュへ。
9:30までにはエミノニュに着くはずなので、10:45発のBUDO(ブルサ高速船)のチケットを購入(40リラ)。30分ほど釣り人を見たりエジプシャンバザールを見たり。
10:45 ブド・エミノニュ桟橋からBUDO乗船
12:45 対岸のムダンヤ港着
ブルサカルト(ブルサ限定ICカード)を6リラで購入しひとまず10リラほど積み増しするのがいいのか、回数券を買うのがいいのか、ちょっとよくわからない。カードを全国で統一すればいいのに、と思わないでもないが、外国のICカード集めは楽しいので許す。市内バスF3路線で温泉街チェキルゲを経由し約45分で市内中心部ヘイケルに到着。
グランドヘイケルホテルにチェックイン。ここに2泊する。
荷物を置いてしばし休憩。徒歩でチャクル・アー・ハマムへ。入浴・垢すり・マッサージ含めて60リラ(約1,200円)らしい。バザールで軽くお土産探し。冬用のシャルワル(田舎のおばちゃんが身につける伝統的なサルエルパンツ)がほしい。この日は軽く下見のつもり。
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<4日目>1月18日(土)ブルサでのんびり寺院めぐり

ブルサでも朝食ビュッフェでしっかり野菜を食べる。
寺院めぐりの日なのでホテルでスカーフを巻いてしまう。徒歩でウル・ジャーミィへ。前日バザールで目をつけた土産物を購入。職場用の土産もお茶かチョコレートか、何か日持ちのするものを購入。一旦ホテルに荷物を置いてブルトラムヘイケル駅からチャンジュラル駅へ。チャンジュラル駅からトラムヴァイに乗り換えてメイダンジュク駅下車。イェシル・ジャーミィ、イェシル・テュルベを見学。
チャンジュラル駅まで戻って環状線になっているブルトラム(反時計回りのみ)に乗り、一周してみる。
グランドヘイケルホテルに戻って早めに就寝。

<5日目>1月19日(日)イスタンブール(旧市街)に戻ってカドゥキョイ泊

この日は朝食は軽めにしておく。おやつタイムに鯖サンドを食べたいから。
10:30頃チェックアウトして市内バスF3路線でムダンヤに向かう。
12:00 ムダンヤからBUDO乗船(40リラ)
14:00 ブド・エミノニュ桟橋着
エミノニュ名物鯖サンドを食べる。エジプシャンバザールで精油や干しいちじくなど購入。

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ジャルム桟橋からワプル(連絡船)でアジア側のカドゥキョイへ(3リラ)。
今回の旅ではつねにノスタルジックトラムヴァイの走っている街にばかり泊まることになってしまったが、カドゥキョイのノスタルジックトラムヴァイは一辺が500〜700メートルの正方形みたいな路線だ。
いいぞ。観光地っぽいぞ。
最後の一泊はサイドニアホテル。チェックインして荷物を置き、しばし散策。スィミット屋台はあちこちあっても焼きたてはなかなか食べられないからスィミット・サラユ(スィミット専門店)に入ってみてもいい。エタ・バルという蜂蜜専門店の蜂蜜がけヨーグルトがめちゃくちゃおいしそうなのでそっちも試したい。日が落ちてきたら海を望むカドゥキョイ公園に行って寒さに震えながら冬の夕日を眺めよう(ぜったい泣く)。

<6日目>1月20日(月)もうあとはイスタンブール空港から帰るだけ

11:00ごろチェックアウト。気分が乗れば一旦スルタンアフメット地区を見てから空港に向かってもいいし、カドゥキョイから直接空港に向かってもいい。
カドゥキョイからHavaistに乗るとすれば、
13:00 Havaist乗車(25リラ)
14:50 イスタンブール空港到着

アシアナ航空のカウンターでチェックインしたら、土産物を見ながら「全部ユーロ表示!しかも高い!」と心の中で叫びつつ、ちゃっかりロクムを試食。
17:20 イスタンブール空港発
夕方から搭乗で機内泊なので眠りやすいと思う。機内食を食べたら歯を磨いてすぐ就寝。10時間15分のフライト。

<7日目>1月21日(火)韓国経由でおうちに着くまでがトルコです

9:35 仁川着
今度は4時間30分で乗り換えなので入国せずに時間を潰す。

14:05 仁川発
15:50 関空着

はるかに乗って新大阪へ。新大阪から新幹線で帰る。

トルコを離れる日の行動を考えたりしていると、帰りたくなくてさびしい。
トルコに着いてさえいないというのに。

Celesセレクト試してみたレポート

Celesセレクトで届いた香水5本

ツイッターでCelesセレクトというサービスを知って試してみた。
気に入らなければ全額返金ということだったので気軽に利用してみたのですが、わたしとしてはかなり満足しました。

Celesセレクトとはリクエストに応じてプロのスタイリストが香水を5種類選んでお試しサイズ(1ml / 2.5ml)で送ってくれるサービス。

Celesのウェブサイトから容量と性別(女性/男性)を選び、スタイリストへのメッセージを書いて注文。
性別に関しては、えええー、そこでくくられたくないなあ、と思うかもしれない。
システム上「選ばない」や「両方選ぶ」ができるかどうかは未確認だけど、選ばなくてもカートに入れるとこまでできたので、できそうな気もする。
できなければ適当にどっちかポチッとするとよい。
自分のほしい香水のイメージはスタイリストへのメッセージでいかようにも書ける上に、後述しますが女性向け男性向けにはこだわらないセレクトをしてもらえたので。

わたしのメッセージはこんな感じ

・墨やお寺のお香、インド系のひとが纏ってる香り、トルコのコロンヤなど東アジアから中東にかけての香りが好き
・過去によく使ったフレグランスはサムライウーマンとグッチのギルティブラック
・最近試した○○○の○○○は好きだけどフォーマルすぎるように感じた
・職業と服装について
・リップバームはバニラの香りのものを使用中

3日ほど待っただろうか。クリックポストに緑色の角2封筒が届いた。

Celesさんから届いた香水

こんな感じのものが入ってます

中にはプチプチに丁寧につつまれた小型スプレーボトル5本とそれぞれの香水の説明や付け方の注意など。

「ご自身の肌に香水を試す前に香水をスティックにスプレーしてみて下さい。」
ということでスティック(試香紙)も5本入ってる。親切設計。

香水の紹介とスティック

スティックに自分でメモを書いて香水をプシュッと。使い方が合っているのかどうか若干あやしい。

以下、においフェチではあるものの香水に全く詳しくないひとの独断レビューですが、Celesのスタイリストさんが選んでくれた5本それぞれの印象を紹介します。

Comme des Garcons – Comme des Garcons 2(コムデギャルソン – コムデギャルソン2)

ボトルに鼻を近づけたときはおじさんを感じ、強烈な不安に襲われる。
えっ。これ大丈夫なの。イメージ違いすぎない?
ただ、紙にふきつけてみるとそうでもない。
たとえて言うならおじさんの背中がばっくり割れて中からターキッシュエアラインズの超絶お美しい男性CAさん(27歳)が登場したような香りです。
そうだ。ターキッシュエアラインズの袋入りお手拭きの香りにちょっと似てるんだ。
ウェイウェイした若い男性から香ってくるコーラのような香りがあるじゃないですか。
あれをもっと爽やかに、頭良くしたような。
時間が経つとガラッと雰囲気がかわって、急にフルーティになる。オレンジとか柑橘類っぽい元気な感じ。
最初はツンツンしてたのに二重人格か! ってぐらいとっつきやすくなります。
サイト上の説明にも「光と陰をテーマに」と描かれているのでこれがその二面性なのかな。
お香みたいなオリエンタル感が出てくるのはわりと最後の最後。

Diptyque – Eau Duelle(ディプティック – オーデュエル)

これは紹介文に「イスタンブールのエキゾチックでオリエンタルな雰囲気」というフレーズが入っていたので期待しながら試してみました。Celesさんへのメッセージには書かなかったけれど、トルコ旅行が楽しすぎた、また行きたい、今すぐにでも飛んでイスタンブールに行きたい、という気持ちで日々過ごしているのです。
結果、期待以上。
バニラ! とてもとてもバニラ!!
バニラなのに少しも子供っぽくないバニラ!
そのバニラの向こうに墨っぽいような、イスタンブールで泊まったホテルのロビーの香りに含まれていた何かを感じる。ホテルのロビーはバニラの香りではなかったんだけど。ああ、わたしいまイスタンブールのバイラムパシャ・マルテペ駅から徒歩7分のホテルにいる。
ここで自分が「墨っぽい」と感じているのはなんなんだろうと気になって墨汁を嗅ごうとしましたが久しぶりに開けてみたら古くなっていて異臭がしました。捨てよう……。

Lalique – Encre Noir A L’Extreme(ラリック – アンクルノワールエクストレーム)

森の木々がみんなして会いに来たみたいな香りです。
「サンダルウッドー!」((((ウオオオオー!))))
「ひのきー!」(((イエェェェー!)))
もう、木々に愛されてる感が半端ない。
森が薄れたら徐々に天花粉ぽさが加わって、イスタンブール空港の香水売り場の横を通るときの感じだー! と嬉しくなる。関係ないけど新空港は市街地から行くと森の向こうにあるんだよね。わたしがなんでもトルコに結びつけているのかスタイリストさんが中東らしさをしっかり入れるようにセレクトしてくれたのか。
途中からサムライウーマンだったかサムライだったかのミドルノートに近い感じになってくる、ような気がするんだけどもはやサムライウーマンをあんまり覚えてないからここらへん確信がないです。
名前には入ってないけど主にメンズ用として売られてる香水のよう。

Van Cleef & Arpels – Pour Homme(ヴァンクリーフ&アーペル – プールオム)

こちらははっきりと名前にオムがついてる。
でも香りの印象としては男性向けというのは意外。
わりと濃厚に石鹸っぽい。なおかつスパイシー。
サンダルウッドをかなり強く感じます。
風呂上がりの清潔感。
夏の夕方につけて浴衣を着て花火を見に行きたいような感じ。
だんだん石鹸ぽさが薄らいでスパイシーな香りが残るので、ラストのほうはたしかにメンズっぽいかも。

*Guerlain – Shalimar(ゲラン – シャリマー)

今回届いた中でいちばん女性っぽさを感じたのがこれ。
「インド」というキーワードから選んでくれた香りだと思います。
天花粉とゴージャスな花束。アイリスが強い。
「オリエンタルなプリンセスを思わせる」とありますが、フェミニンかつどことなく古風でおばあちゃんの鏡台っぽくもある。
プリンセスが若いとは限らないものね。
華やかさの中に感じられる苦味。
時間が経つと苦味が消えてふんわりとやさしい天花粉が残りました。

+ + + + +

総合的な感想としては、お気に入りの一本を見つけたいという目的もあったけど、香りをいろいろ嗅いでみること自体が楽しかった。
わたしのように田舎に住んでると、いろいろなブランドを横断して何種類もの香水を一度に試す、ということ自体が難しいのです。
買うか買わないかわからないのにデパートに行くのはハードルが高いし。
だからリクエストを誰かに選んでもらえるのはすごくよかった。
届いた香りは正直ぜんぶ好みの範疇。
シャリマーはちょっと違うかな。でも寝香水とかに使うと思う。
コムデギャルソンはトルコの国内線を幻視したいとき用。
フルボトルで注文するとしたらまずはオーデュエル。
アンクルノワールエクストレームとヴァンクリーフ&アーペル プールオムも、ちょっと多めの小分けかフルボトルを検討したい。

あと、どの香水が届くかわからないCelesガチャというのもあるそうです。
こっちはこっちで面白いかもしれない。

*追記(2021.2.7)

「ある特定のブランドが気になっていて3種類くらい試したい」という場合は楽天の「香水の館」というお店がお得&便利だったりします。最近ずっと香水沼に浸かっていて、国内の量り売りサービスで香水を取り寄せる→海外のディスカウント店から購入、というマニアっぽいムーブをするようになりました……。

半分妄想トルコ日記 彼は老人と呼ばれた

「君の友人を危険に巻き込むことはない。むしろ24時間組織の警護が付くのだからどんなツアーよりも安全だ」

欺瞞だ。そう思いながらも拒否することはできなかった。組織の決定を覆すことは難しい。とはいえ何もかも許せるわけではない。彼女はここよりもずっと平和な国の人間だ。警戒心もなければ、恐怖に慣れてもいない。倫理的な問題ではない。彼女がパニックに陥っていれば任務は失敗に終わりかねなかった。

「まさかご自身で現場にお見えになるとは思いませんでした、イルハン部長」
「任務とも呼べないような単純な調査だからね」
イルハン部長は白い髭を指で撫でつけながら目をそらして言った。
「調査の必要があったのですか」
「トルコ語がわかりすぎている疑いがあったからさ。確かめる必要があった」
「お言葉ですが、あれは少しやりすぎです。彼女はひどく怯えていました」
「どうして? 私たちは楽しく会話しただけだよ。エミネにトルコ語検定初級の認定証をあげたいなあ。うち、そういうの作れるかな?」
「部長、我々の任務は……」
「はは、冗談だよ」
「彼女があれ以上怖がっていたらギョレメに向かうこともできなかったかもしれません」

あの年齢でまだ結婚しないでいるのにはそれなりの理由があるはずだ。過去に心的外傷を受けるような体験があった可能性も否定できない。

「そんなにショックを受けていたか」
「ええ」
「かわいそうに。抱きしめてやったか?」

私は無言で部屋を出てそのまま駐車場へ向かった。私たちはジェームズ・ボンドじゃない。女性は壊れやすい宝物だ。たとえ異教徒であっても。

ユキサンを日本に返したあとの数日間は多忙を極めた。アンカラ行きの飛行機の中で次の任務に関する資料を読み、その足で諜報部のオフィスに戻って留守中に溜まった事務仕事を片付ける合間にバックパックを開けて私物と備品を分け備品を返却、乾留液が国境を越えたという報告を受けた直後車両部の工場へ足を運んでねぎらいの言葉とともに移送用車両の改善を求めた。水を一本投げ込むためにだけ出てきてもらった元諜報員には謝礼と共にハジババの菓子折を届けるよう手配した。この菓子代は経費で落ちない。前の部署とは違って業務を円滑に運ぶために自分の財布を開くことが多くなった。

乾留液は私の「表の」身分のメールアドレスを見つけてセルフィーを送ってきた。自慢げな笑顔のうしろには彼の故郷の有名な時計台が写り込んでいた。
諜報員としてはベテランの(といっても私よりいくつか年下だが)カラがラップトップを覗き込んで「罪な男だね」と言った。
「罪?」
「みんなあんたに夢中じゃん。空港行きのバスで大泣きした日本人の女も。乾留液も。」
「恣意的に解釈しないでください」
カラは黒く塗った爪で液晶を叩き、
「返信してもいいよ。みんなには黙っとく」
とウィンクした。

半分妄想トルコ日記(最終日)空港のお菓子が高すぎて泣き止む

毎日宿泊先が変わったので、一泊目と同じホテルなのに朝食会場がどこか忘れてしまった。
一階に降りるとレストランは閉まっている。
フロントの男性にトルコ語で「朝食会場どこですか?」と尋ねて教えてもらい「オーケー、ありがとう」もトルコ語で言ったら爆笑されてしまった。見覚えのあるアジア人がいつの間にかトルコ語しゃべるようになってるのも朝食会場わかんなくなってるのも面白いよね、そうよね。ホテルの従業員としてはカジュアルかつちょっと失礼だけどそういうとこ嫌いじゃないわ。

最上階のレストランに行って、窓辺の席で朝食をとった。

朝食においしいチーズが食べられる生活が今日で終わるだなんて。

朝食ビュッフェの料理を補充したりテーブルを片付けたりするのは学生アルバイトのように見える若い子たちで、ひとりは廊下の椅子で居眠りしていた。うん、そういうとこも好き。仕事を与えられたからといって頑張りすぎないとこ大好きよ。

ホテルの仰々しい内装を名残惜しく思いながらチェックアウトして、ロビーでフレディを待った。
エセンレル・オトガルに行くとケバブ屋の店員だか客だかわからない男たちから「ハロゥ、アンニョンハセヨ、ダバイダバーイ」とユニバーサルデザインを心がけたみたいなキャットコールを受けた。やはりエセンレル・オトガルはわたしにとって鬼門だ。
後にルークから「エセンレル・オトガルのドキュメンタリー観たんだけど、地下でドラッグの売買が行われてるんだってさ! 俺も知らなかったんだよ! あそこはヤバすぎ。もっと早く教えてあげられればよかったんだけど!」という連絡が入った。『地球の歩き方』はイスタンブル新空港の情報が載ったものが近く発売されるはずですが、新しい版にはよく目立つように警告が書いてあるといいな……。エセンレル・オトガルからバスに乗るのはいいが、地下には絶対降りるな、と。

空港行きのバス(Havaist)はクレジットカードで運賃を支払うことができた。
実は初日に空港のATMで四苦八苦しながらお金を引き出したんだけど、そんなことする必要なかったかもな……。クレジットカードでバス代を払って、レートがいいと評判のグランド・バザールの両替屋に直接行ってもよかったかもしれない。
バスの運転手さんにトルコ語でお礼を言ったらほめてくれた。

イスタンブルは、のんびりとした休日の朝。
バスに揺られながらわたしはいつのまにか泣いていた。
まだ日本に帰りたくない。
わたしはうんざりするまでトルコにいるべきだ。

「なんで泣いてるのってなんで聞いてくれないの?」
「泣いていたんですか」
「泣いてるよ」
「なんで泣いてるんですか」
「離れたくないから」

フレディは、バスが非常にゆっくりと進むのを気にしていた。渋滞はないけど、とってもゆっくり。

「空港で買い物をする時間がないかもしれない」
「いいよ。わたしはひとりで買い物できるから。先に行って」

泣きすぎて頭がくらくらしてきた。
脱水症状だ。ポカリスエットを飲まなきゃ。ポカリスエットってトルコではどこで買えるの?

「君にお菓子を買ってあげたかったのに……」

ああ、そうか。
このひと、昨日わたしが多めに出した分、お土産で返そうとしてくれてたんだ。律儀だ。
律儀さに感動してまた泣いた。ひどい顔になってると思うけど、もういい。

空港に着いて、ありがとう、すごく楽しかった、帰りたくないけど帰るね、と伝えて握手をした。
「もう行って。先に行って。これ以上泣きたくない」
フレディは父親のように微笑んで国内線ロビーに向かっていった。

わたしは空港のソファでしばらくの間ぐったりと休み、シンガポール航空のチェックインカウンターに進んだ。
男性スタッフはどう見てもトルコ人(もしくはヨーロッパ人)だけど、航空会社の方針なのか、目が合った瞬間にっこりと微笑んで話しかけてくれる接客だった。YouTubeで見たアメリカのスターバックスのような、日本の百貨店のような。空港はもうトルコの外なんだな。

通路側と窓側どちらがいいか尋ねられ、ちょっと考えていたら、
「景色が見たい?」
と彼は言った。

そうだ。わたしは景色が見たい。
臙脂色の屋根の並ぶ景色を見たい。
金角湾が見たい。
モスクの尖塔が見たい。
本物のトルコをミニアトゥルクのサイズで見てみたい。

「OK。イスタンブルからチャンギ、チャンギから関空、両方とも窓側をお取りしますね」

空港内の免税店は値札がいちいちユーロだった。財布に残っているのはトルコリラ。リラ払いも言えばできるのかもしれないが、お釣りは使うあてのないユーロで受け取ることになるのかな……。まあここは普通カードで買い物だろう。いやしかし、かなりお高い。感覚として日本のお土産の2倍か3倍くらいの値段が設定されている。
ロクム(ターキッシュ・ディライト)を試食してみたら結構おいしかったのだけれど、粉があるから職場で食べるお菓子には向かない。チョコレートはシンガポール滞在中に溶けないかやや心配だ。冷房が効いているから大丈夫とは思うけど。

ゆっくりと悩んで、結局エルマ・チャイの素とチョコレートを買った。「エルマ・チャイ」は直訳するとアップルティー。紅茶に香りをつけたアップルティーではなく、紅茶成分ゼロの実質りんごジュースだ。トルコではそれをエルマ・チャイと呼ぶ。

ふらふらと搭乗口に向かい、時間が過ぎるのを待ち、飛行機に乗り込んだ。土産物を吟味していたから涙は止まっていたけど、水分が足りなくて気分が悪い。
機内で白湯がほしいなと思いながら「水をください」と言ったらちゃんと白湯が出てきた。無意識のうちに “hot water” と言ったのだろうか。それともわたしの顔が青ざめていたからCAさんが東洋医学的な配慮で白湯にしてくれたのだろうか。
先日何気なく鞄に入れて取っておいたPide by Pideの塩を舐め、白湯を飲んだ。

そして関西国際空港に帰ってきました。

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半分妄想トルコ日記(5日目・後編)言い値で買うことは許されません

ラマザン(英語だとラマダン)は終わった。いまはバイラム(ラマザン後の祝祭)。バスやら電車やらほとんど無料になっていて、チャージしていない空っぽのイスタンブルカード(イスタンブル専用ICカード)をかざして乗車することができた。(じゃあカードかざす必要なくない?)

フレディに、エジプシャン・バザールに連れて行ってほしいと頼んだ。残念ながらバイラム中はアーケードは閉店、ただし周辺にわずかに開いている店もあり、買い物する人でごった返していた。

「何が買いたいのですか?」
「石鹸が3つ、スカーフが3枚、お菓子を2箱、あとバラ水を1本か2本買いたいの」
フレディはとても真剣な顔で、
「バザールで買い物をするなら我々はトルコ式に交渉しなければなりません。値切らずに買うことは許されません
と言い出した。
「君が行くと観光客用の値段をふっかけられます。私が交渉しますから君は後ろにいてください。欲しそうな顔するの禁止です。笑うのも禁止です

なんだろう。許されないとはなんだろう。
たしかにガイドブックやらブログやら読んでもそんな風に書いてあるけど。わたしが損をするだけではなくお店の人にもすごく失礼みたいな感じなのかな。よくわからない。
ともあれフレディとわたしは化粧品やスパイスを扱う店を回り、わたしはサングラスをかけ眉間に皺を作って日本語でちょっとした悪態を(標準語だと日本語のわかる店員さんだったとき申し訳ないので岡山弁で)吐いたりして、数百円値切ることに成功した。これはけっこう楽しかった。
また再訪するとして、ひとりで同じように交渉できる自信はないんだけど、今度は安くしてもらった後に握手して「ありがとう友よ!!」みたいなトルコっぽいやりとりをしてみたいな。(君はまたそんな! この国の男は誤解します! とフレディに叱られるかもしれない。女性の店員さんが増えますように)

「でも、いいんですか。さっきの店員が、日本でも同じバラ水を売ってるって言ってましたよ」
「値段がぜんっぜんちがうの! 日本では高くて気軽に買えないんだよ」
石鹸とバラ水は手に入ったものの、お菓子はまだだ。最終的に空港で買うという手もあるし(と思ったのはかなりの誤算だった。後述します)ひとまずスカーフか。
「スカーフはどこで買えるかな。ホテルの近くにいいお店があったんだけど」
「おそらくそこもバイラムで休業です。ショッピングモールに行きましょう」

2日目に夕食を食べに行ったショッピングモールで、安くなっていた秋冬物のスカーフを何枚か選んだ。1枚20リラ(400円)くらい。日本人の感覚では1枚3000円くらいしそうに見える。物価の差と需要の差によってスカーフはものすごくお得。カパル(イスラム教の戒律に従ってヒジャブで髪を隠している女性)のひとにとってスカーフは消耗品なのだ。

いつもあなたが行くようなとこで食事がしたい、と旅行前から言っていたこともあり、この旅の最後の夕食もショッピングモールだった。いま思えばロカンタ(ずらっと並んでるなかから食べたいおかずを選んでよそってもらって会計する讃岐うどん的システムの大衆食堂)にも行きたいって言っておけばよかった。

相変わらずすべてにおいて量が多い。

彼は基本的には「赤い肉(牛、羊など)」が嫌いで、チキンをこよなく愛する。兵役を経験したひとにそんなこと言われると恐ろしいトラウマを想像してしまうが、子供の頃からの食わず嫌いのようだった。ここのチキンはフレディのおすすめ。ぱさつきのない、しっとりふっくらしたチキンだった。ペンネは薄味だったので塩を振った。

「まだそんなに遅くない時間ですけど、どこか行きたい場所はありますか」
「パブに行っていっしょにビール飲もう!」(注:半分くらい本気)
「ハハハ。だめです
「そうだよね、フレディは煙草も吸わないしぃ、お酒も飲まないしぃ」
「つまらない人間でしょう?」
「だが、そこがいい!」

結局わたしたちは少し散歩して、公園のベンチに腰掛けて翌日の集合時刻を確認した。フレディは国内線で親戚の家へ向かうのだ。わたしは昼過ぎの国際線に乗ってシンガポールを経由し、日本に帰る。

「新空港からエセンレル・オトガル(エセンレルのバスターミナル)までどのくらいかかったか覚えていますか」
「覚えてないけど、どこかにメモしたよ。ちょっと待ってね、えっと……30分」
「すばらしい」

こういうのはトルコの人がイメージする「日本人らしさ」にあてはまるのかもしれない。ルークにわたしが書いた旅程表を見せたら「日本人だね〜!」と大受けだった。

英語は適当だけどわりと細かくやりたいことをあれこれ書いた旅程表

だってツアーなら旅行会社のひとが旅程表をくれるんだもの。わたしにとっては初めての海外への個人旅行なのだから、詳細な旅程表がないと不安に駆られるじゃないか。
訪れる予定のない地方を外して束ね直した地球の歩き方に旅程表を貼り付け、(いかにもガイドブックらしい表紙が見えないよう)わら半紙の表紙を付け、それとは別に薄いメモ帳も持っていった。
出発前に確認する持ち物リストと何日目に何を着るかの計画は地球の歩き方に貼り付けてある。
どうですかトルコのみなさん。日本人っぽいですか、この行動。

ホテルに戻って、部屋の前の廊下でお土産を交換した。
フレディは、シャルワルを3着もくれた。わたしがマベル・マティスのミュージックビデオ(下の動画をご参照ください)を送って「こういうトルコのお婆ちゃんみたいな服がほしいの!」と無茶を言ったから田舎に帰省した際に買っておいてくれたのだ。シャルワルというのはトルコの伝統的な作業ズボン、いわばもんぺである。たぶんサルエルパンツの語源なんだと思う。布をたっぷり使って大きめに作ってあるのでサラッとして日本の夏にとてもいい。足を開いて座るのに適した服で、ソファなどにドーンと座ってもどことなく優雅に見える。
わたしは日本の文房具やてぬぐいを渡した。離れて暮らすお子さんがいるのを知っていたらポケモングッズでも持ってきたのに。

この日記の中にあるリンクを経由してamazonでお買い物していただくと筆者がマベル・マティスの物真似を練習できます

半分妄想トルコ日記(5日目・前編)憧れのトルコ航空

アンカラ駅前のホテル。朝食ビュッフェがまたしてもすばらしかった。イスタンブルやカッパドキアでは屋上や上層階を朝食会場にして景色を見せることが多いようだけど、ここではよく手入れされた中庭が見える。そうよね、首都は風景では古都イスタンブルに敵わないもんね。
ギャルソンに声をかけて「朝ごはんおいしかったです!」と伝えた。少し話して、とてもいい笑顔で「ギュレギュレ(さようなら)」と送り出してくれた。「ギュレギュレ」は見送る側の挨拶で「ホシュチャカル」が旅立つ側の挨拶なんだけど、つられて「ギュレギュレ」と言ってしまった。「ギュレギュレ」って言いやすい。元々の意味は「笑って笑って」だそうです。笑顔でさようなら。

フレディはレンタカーでホテル前に現れた。もう返した後かと思ったけれど、今日これから空港に向かい、空港で返却するのだそうだ。レンタル期間の割に(自分でインターネットで調べた場合より)レンタカー代が安い。フレディ、交渉したのか。それとも割り勘にしてくれたのか。立て替えてもらっていたお金はキリのいい枚数にして返したけど案外すっと受け取ってもらえたのは彼の出費が実際もっと大きかったからだろう。
本日の予定は、わずか50分のフライトでアンカラのエセンボア空港からイスタンブルのサビハ・ギョクチェン空港に飛び、イスタンブルで1日過ごすこと。フレディは(プリンスィズ諸島)に行こうと言ったが、「日本にはオミヤゲと言って旅先で買ったギフトを友人や職場の人や親戚に配る習慣があるので今日はそれを手に入れねばならない」と説明してお土産購入を手伝ってもらうことになった。

エセンボア空港では機内持込手荷物の中に入れていた小型の鋏を没収された。トルコの国内線は鋏がだめなのだそう。髭剃り用の剃刀なんかは大丈夫。でも鋏は、どんなに小さくたってだめ。
中央アジア回ってトルコに来て、ウズベキスタン土産のきれいなコウノトリの鋏をうっかり機内持込手荷物に入れて没収されて泣いたひと絶対いると思う。そのひとよりはましだ。傷は浅いぞ。そうは思っても地味につらくて、あとでフレディに当たり散らした。

ところで、突然話は変わりますが、トルコの人は嫉妬深いという説があります。たしかに、自分の観測範囲でも友人関係に関してすら嫉妬心を表明することがあるし、トルコ料理店の主人がライバル店の話をするときに明らかに対抗心を見せることもある。でもそれは本当に嫉妬しているのか、「嫉妬してしまうほどあなたのことが好き!」「うちに毎日でも来店してほしい!」というポライト・フィクション(社交辞令。礼儀としての嘘)なのか、よくわからない。どちらにしても嫉妬を受け止める側としてはめんどくさい。そんなコミュニケーション普段しないからリアクションの仕方がわからない。
それゆえに、昨晩ルークに会ったことをフレディに報告するときはちょっとした決心とともに告白したのだが、嫉妬も何もなく普通に受け止められてしまった。
「MADOなら僕が連れて行ってあげたのに! なぜそんな危険な真似を?」
くらい言われるかと思ってた。
身構えただけに、ちょっとさびしい。

たった50分間の国内線とはいえ、ターキッシュエアラインズに乗ることができて幸せだ。切符はフレディが格安で見つけてくれた。さすがは地元民。自分では絶対に国内線を使うことは思いつかなかった。ターキッシュエアラインズの国際線はわたしには高級すぎる。東京からイスタンブルまでの直行便はあるけれども、航空券代だけでなく東京までの新幹線代が高い(と、ぼやいていたら2020年に関西国際空港からイスタンブルへの直行便が再開されるというニュースが)。

写真が微妙ですみません。ぬくぬくを察してください。

離陸して着陸するまで一瞬なのにちゃんと軽食がもらえた。しかもあったかい! 朝ごはんでお腹がいっぱいだったけど、せっかくなので半分くらいいただいた。めっちゃくちゃおいしい。

「おや、おしぼりが2つ付いてますね?」
「あれ? フレディのは1個なの?」
「彼(と、通り過ぎたCAの方にさっと視線を向けて)きっと日本人が好きなんですね」

ここでの「好き」はルークのようなイエローフィーバーという意味ではなく、客として扱いやすいから好き、というニュアンスだろう。日本人は記念に追加のおしぼりを欲しがるので予め二つ渡しておく、という作戦かもしれない。それならわたしに対しても大正解だ。日本のおしぼりは無香料のものが多いけれどターキッシュエアラインズのおしぼりは香料のいい匂いがする。トルコの香りだ。なんなら20個パックにして売ってほしい。(日本に帰ってから、職場のペン立てにこのおしぼりの空き袋だけを置いておいて疲れた時にスニッフィングしている。)
トルコ語と英語で書かれた機内誌 Sky life は東京・京都で開催される「トルコ至宝展」が特集されていて、フレディがCAさんに「もらっていいですか?」と声をかけて、ふたりとも持ち帰った。
「トルコ語を勉強してください。わたしも英語を勉強します」
いやいや、大学の授業は英語で受けてたくせに何をおっしゃいますやら。

サビハ・ギョクチェン空港に着いたらタラップを降りてバスに乗って空港の建物まで移動する方式だった。
季節も情景も違うけれど、

旅客機閉す秋風のアラブ服が最後  飯島晴子

という俳句を思い出した。

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半分妄想トルコ日記 彼の名は乾留液(カトラン)

乾留液(カトラン)と呼ばれる協力者は「手伝ってくれよ」と言った。ほとんど一日中狭いスペースに閉じ込められていたのだから無理もないが、あくびをしながらだるそうに手を伸ばす様子は4歳の息子が甘えるときの姿に重なってしまう。
手を貸して車から降ろすと、よろけることもなくきちんと自分の足で立っている。土砂降りに遭ったようなずぶ濡れだが脈拍は正常だ。顔色も悪くない。
鍵を渡して今夜は部屋で休むよう伝えると、なぜか彼は不服そうな顔をした。

翌朝、定刻に迎えに行くと乾留液は約束の時刻に駐車場に来ていなかった。念のため本部に簡潔に報告し、銃をいつでも抜けるようにして階段を上った。ドアをノックする。乾留液が水を要求したのと同じモールス信号のリズムで。
ドアが開いた。
素っ裸の乾留液が立っていた。
「出発の時間です。服を着てください」
「まだ乾いてなくて」

ムスリムは普通他人の前で全裸になることはない。だから他人の裸を見ることもない。ハマムの中でも腰にタオルを巻いたままだ。この男がそれを知らないとは思えない。過酷すぎる移送作戦に対する抗議のつもりなのだろうか。
両乳首、臍、性器。白い肌の上にピアスが輝いている。それを自慢したかったのか。驚かせたかったのか。なぜ私に。しかもわざわざ、今。

Maviの袋に新しい服があったでしょう? 3分待ちます」

ドアを閉めて駐車場に戻ると乾留液もすぐに階段を駆け下りてきた。シンプルな線でイスタンブルの観光名所が描かれたTシャツは彼にとてもよく似合っていたし、ジーンズのサイズもぴったりだ。部下の優秀さが誇らしい。

「悪かったよ」
「いいえ、問題ありません」
「ケレベッキ・ベイ(蝶さん)運転が丁寧だよな」
「乾留液。あなたが早く乗ってくれないととびきり乱暴な運転をしなければいけなくなります」

乾留液が握手を求めたので彼の手を握り、抱き寄せて、頬を合わせた。

彼はなぜか赤くなってそそくさとシートの下へ潜った。いまさら裸を恥じているのか。よくわからない男だ。

半分妄想トルコ日記(4日目・後編)逃げないトルコアイス

予定より早くアンカラに戻ってこれたので、思い切って本来なら会う予定はなかったゲーム会社勤務のルークにメッセージを送ってみた。夜食でもおごってもらおうと思って。(←トルコ滞在の副作用でおごられることに慣れてしまった)

彼は極東の文化が大好きだ。同業者として小島秀夫監督の動向をチェックしていたりする。プロジェクトを成功させたら韓国か日本に遊びに行きたいと言う。軽く「イエローフィーバー」を患っており、叶うことならアジア人女性を妻に、と夢見ている。が、彼とわたしは結構年齢も離れているし(ルークは20代である。)むずかしい関係になったりはしない。わたしは彼に東アジア文化をレクチャーするマスター・ヨーダだ。
ルークは生活感溢れる赤い車で現れて、挨拶もそこそこに
「日本のファッション大好き〜! そのパンツかっこいいねぇ〜!!」
と、わたしのお気に入りの森の動物さん刺繍入りサルエルパンツを褒めてくれた。さすが弟子。わしのもてなし方がわかっておる。
にぎやかな学生街のMADO(トルコの有名なスイーツ屋さん&カフェ。チェーン展開しててあちこちにある)でトルココーヒーとロクムをいただきながらひたすらだらだらしゃべるのは楽しかった。
「唇が日焼けしてつらい! 真っ赤だしガッサガサ!」「日本人はそういうの気にしすぎだよ」とか。
「日本の畳を買っていいか聞いたらママに大反対された」「かわりに畳と同じ素材のサンダル(=草履)はどう?」とか。
アンカラではアジア人女性との出会いは期待できないんだ、とルークはしょんぼり話していたけど、実際にカフェの中でわたしが唯一の(見た目でそうとわかる)東アジア人だった。なるほどなぁ。
何を話していても、ルークは目をキラキラさせて前のめりに聞いてくれるので、ちょっとだけ猫カフェの猫になった気持ちだ。うん、知ってる。君が平たい顔大好きなの知ってるよ。うんうん、好きなだけ見ればいいさ。
MADOを出て、種類の豊富なドンドゥルマ(トルコアイス)屋さんに行った(たぶんSimという店だと思う)。トルコアイスと言えばなかなか渡してくれないパフォーマンスを連想するが、地元の人が普段行く店ではパフォーマンス抜きですぐに受け取ることができる。パフォーマンスがうざいと感じるひともトルコアイスを諦めずに観光地からちょっと離れた場所でトライしてほしい。
どれにしようかだいぶ悩み、パイナップルとピスタチオのダブルを買ってもらった。選んだアイスの上からチョコレートをトロリとかけてナッツをまぶしてくれる。こんな食べ方初めて。ていうかそもそもドンドゥルマのダブルって初めてだ。日本人はトルコアイスが好きだけどフレーバーはヴァニラとチョコとストロベリーくらいしかないよ!! と鼻息荒く語ってしまった。

上がピスタチオ、下がパイナップル。

通りには露店がいくつか出ていて、記念に何かお土産を買ってあげると言うのでアクセサリーを選んだ。ブレスレットとアンクレット。
ホテルの前まで送ってもらい、再会を約束してハグして別れた。

翌朝、空港でフレディにもうひとりの友人に会ってきたという話をした。
危険なことをするなと言われるかと思ったけど、彼はただわたしのアンクレットを指差して、
「それ、こちらの言葉でhalhalと言います」
とだけ言った。

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半分妄想トルコ日記 俺は乾留液(カトラン)

シートの下に作られた灼熱の棺で俺はほとんど死んでいた。もうちょっとましな移送方法はなかったのか。もうちょっとましな細工ができなかったのか。それこそ身体中の血が乾留液(コールタール)のようにどろどろに固まってしまいそうだ。
ペットボトルの水は最初の一時間で飲みきってしまった。というか、うまく飲めなくて半分くらいこぼした。
一縷の望みをかけてシートを小突いた。一定のリズムで。モールス信号で “SU”。水。

「あれ何の音? うしろ何か聞こえる」
「整備不良かもしれませんね。しばらく様子をみましょう」

意識が遠のきかけた頃、嗄れた年寄りの声がした。誰か拾ったのか。蝶と年寄りが早口のトルコ語で世間話をして、突然水が一本投げ込まれた。車が止まって男が「じゃあ行くよ! 世話になったね! お嬢さんお元気で」と賑やかに言うのに紛れてキャップを開けた。こんどはこぼさないように。が、車が発進した瞬間に少しむせてしまった。

「また音!」
「妙ですね」
「トルコ、幽霊いる? イスラム教たましいどこ行く?」
「信仰について話すと長くなりますよ。日本はどうですか?」
「日本は幽霊たくさんいる! サダコ知ってる?」

日本人か。声が甲高いのはアジア系だろうとは思ったが。思うに助手席の楽しそうな女は移送作戦について知らされておらず、カモフラージュのために乗せられているのだ。呑気な顔をした観光客が乗っていれば警戒されることはないから。
しかし、それは必要な手間なのか。俺はそんなに重要人物だったろうか。いや、俺の持っている情報がいつの間にやら重要度を増したのかもしれない。
俺は単なる協力者だ。自分のしていることにどんな意味があるのかもわからず、物を運び、情報をかき集めてその対価を得てきた。あの蝶と呼ばれる諜報員だって似たようなものだろう。ひとつひとつの任務の内容は聞かされても、それが組織にとってあるいは国家においてどういう意味を持つのか把握することは難しい。

「フレディ! あれ何? 車とめる、警察かな?」
「よくあることです。君はなにも聞かれませんよ」

検問か。

「わたし心配しない」
「ええ、心配ありません。単なるセキュリティチェックです。大丈夫」

わざと声を大きくして俺に言ったようだ。気をつけろ、ということだろう。
車は速度を落としてやがて止まった。蝶が何か話しているようだ。

運転席側のドアが開いて、閉まる。次にトランクの開く音。
「これは女性の荷物?」「このバックパック以外は彼女のものです。もし彼女の荷物を開けるなら女性の担当者を」「いや、必要ない」バン、と衝撃が響いてトランクが閉じられた。

その後は緊張が解けて眠ってしまったのか本当に死にかけていたのか。蝶に頬を叩かれて気がつくと辺りは既に夜で、と思ったら薄暗いのは地下の駐車場にいたからだったが、時計を見ても実際に夜だ。自分の汗が目にしみて痛い。
蝶の手を借りて車を降りた。彼が力を込めるとき、細い腕にかすかに筋肉の線が浮き上がった。肘のあたりに手術痕らしきものが見える。俺はこの男の過去を聞いてみたい。

礼を言おうとしたら蝶は俺の手首を掴んだ。
ああ、そう来たか。
無事に逃がしてやるから感謝の気持ちは具体的に行動で示せよってことね。
兵役のある国では相手に不自由することがない。ここでもそうだ。
四角四面のこの男がそんなことを求めてくるとは思いもよらなかったが、俺の身体に触れてその気になったのかもしれない。
俺は汗でびしょ濡れの、ざくろのように赤い唇の、日に焼けた金髪の29歳。
来いよ。食いついてこい。張り裂けそうになるまで焦らしてやる。
薄闇の中、若草色の瞳を見つめた。

「どうしたんですか」
「は?」

蝶は俺の手に鍵を握らせた。

「部屋は4階です。階段を使うこと。明日は午前7時ちょうどにここへ来てください。空港に行って、そこから先は運転手が代わります」
「明日も俺は特別席か?」
「特別席? ええ。今日と同じです。無事に帰りたいならね」

半分妄想トルコ日記(4日目・中編)トゥズ湖、いかついSABON

トルコの旅も折り返し地点を過ぎた。
フレディの運転でアンカラまで帰って一泊、飛行機でイスタンブルに戻り一泊すれば、翌朝にはシンガポール経由日本行きのフライトが待っている。

カッパドキアからアンカラへの帰路、道路脇にポリタンクを持った白髪のおじいさんがいて、フレディは車を止め、彼を乗せた。いやちょっと待って。運転してくれているのはあなただけれど、そういうことをするなら何か説明がほしい。

「ガソリンがなくなったそうです。ガソリンスタンドまで行きます」

へえ、と思った。割とドライなこの人の、意外なトルコっぽさに驚いた。ふたりはトルコ語で何か話し合っていたけれど「タクシー」と言った気がしたから「帰りも頼めるかな?」「悪いが帰りはタクシーでも使ってくれ」だろうか。
「お嬢さん、お元気で!」というようなことを言って老爺は降りていった。
ガソリンスタンドはほんの10分ほどの距離だった。

トゥズ湖(塩湖)に立ち寄った。地面に貼られた巨大な鏡のようだ。
わたしは靴と靴下を脱いで塩水に浸かりに行き、フレディは待っていてくれた。足元の小石はたぶんぜんぶ塩の塊。足の裏のツボが刺激されてめちゃくちゃ痛い。
敬虔なムスリム女性は手首から先・足首から先・顔以外を見せてはいけないから、靴と靴下だけ脱いでドレスの裾が濡れるのもおかまいなしに塩水の中をずんずん進んでいく。

18:00頃。昼間見るとぜんぜん違う表情だと思います。

足を洗うシャワーはちゃんと男女別になっており有料、といっても入り口で1リラを払うだけだった。服が濡れて気持ち悪くて泣いている子供、それをあやす若いお母さん。
ふくらはぎから下をシャワーでざっと洗って手ぬぐいで拭く。手ぬぐいを用意しておいてよかった。靴が無印良品の撥水スニーカーなのも我ながらグッドチョイスだった。履き古したコンバースなら確実に泣いていた。
土産物屋は結構立派で、トゥズ湖の塩を使ったボディスクラブその他の化粧品、石鹸、塩そのものなどを売っていた。塩スクラブは半強制的にお試しさせてくれる。いわば店員がいかつい兄貴しかいないSABONだ。油断すると手のひらに塩を乗せられて「こすって、洗って!」とジェスチャーで示される。店内のPOPは主に中国語、それから韓国語。中国語と韓国語で話しかけられ、反応しないでいると最後に日本語が出てくる。日本語を上手に話す年かさの(といっても20代後半か30代前半に見える)店員は、日本人観光客が多かった時代から商売をやってる人なのかもしれない。スクラブは自分が普段使っているものの倍くらいの値段なのだが、使用感は以前オリーブオイルと粗塩で自作したものとほとんど変わらなかった。
(あ! いいこと思いついたんだけど! 荷物が重くなっても平気な人は記念にトゥズ湖で塩だけ買ってきてオイル類をエジプシャン・バザールで買って帰国してからスクラブやバスソルトを自作するといい思い出になるのではないでしょうか!)

アンカラについたのは夜の8時過ぎだったろうか。フレディはわたしをホテルに送り届けて家に帰った。首都の駅前のちゃんとしたホテルなので入り口にセキュリティゲートがあり、フロントは訛りの少ない英語を話す。「きれいなプーチン」とでも呼びたくなるような金髪で長身のポーターがわたしの荷物を運んだ。プーチンも流暢な英語だ。わたしはきっついトルコ語訛りの英語が好きなので「さすがー!」と思うと同時にすこしさびしい。2リラだったか3リラだったか財布にあった小銭をチップとして渡したんだけど、妙な顔をされたのでおそらく少なすぎたのだろう。2019年現在、ホテルのポーターに渡すチップは5リラくらいがいいようです(というのが友人の説だが地方やホテルのグレードにも関係するかもしれないし真偽のほどは不明)。

この日記の中にあるリンクを経由してamazonでお買い物していただくと筆者の自作ボディスクラブがいい匂いになります