ラマザン(英語だとラマダン)は終わった。いまはバイラム(ラマザン後の祝祭)。バスやら電車やらほとんど無料になっていて、チャージしていない空っぽのイスタンブルカード(イスタンブル専用ICカード)をかざして乗車することができた。(じゃあカードかざす必要なくない?)
フレディに、エジプシャン・バザールに連れて行ってほしいと頼んだ。残念ながらバイラム中はアーケードは閉店、ただし周辺にわずかに開いている店もあり、買い物する人でごった返していた。
「何が買いたいのですか?」
「石鹸が3つ、スカーフが3枚、お菓子を2箱、あとバラ水を1本か2本買いたいの」
フレディはとても真剣な顔で、
「バザールで買い物をするなら我々はトルコ式に交渉しなければなりません。値切らずに買うことは許されません」
と言い出した。
「君が行くと観光客用の値段をふっかけられます。私が交渉しますから君は後ろにいてください。欲しそうな顔するの禁止です。笑うのも禁止です」
なんだろう。許されないとはなんだろう。
たしかにガイドブックやらブログやら読んでもそんな風に書いてあるけど。わたしが損をするだけではなくお店の人にもすごく失礼みたいな感じなのかな。よくわからない。
ともあれフレディとわたしは化粧品やスパイスを扱う店を回り、わたしはサングラスをかけ眉間に皺を作って日本語でちょっとした悪態を(標準語だと日本語のわかる店員さんだったとき申し訳ないので岡山弁で)吐いたりして、数百円値切ることに成功した。これはけっこう楽しかった。
また再訪するとして、ひとりで同じように交渉できる自信はないんだけど、今度は安くしてもらった後に握手して「ありがとう友よ!!」みたいなトルコっぽいやりとりをしてみたいな。(君はまたそんな! この国の男は誤解します! とフレディに叱られるかもしれない。女性の店員さんが増えますように)
「でも、いいんですか。さっきの店員が、日本でも同じバラ水を売ってるって言ってましたよ」
「値段がぜんっぜんちがうの! 日本では高くて気軽に買えないんだよ」
石鹸とバラ水は手に入ったものの、お菓子はまだだ。最終的に空港で買うという手もあるし(と思ったのはかなりの誤算だった。後述します)ひとまずスカーフか。
「スカーフはどこで買えるかな。ホテルの近くにいいお店があったんだけど」
「おそらくそこもバイラムで休業です。ショッピングモールに行きましょう」
2日目に夕食を食べに行ったショッピングモールで、安くなっていた秋冬物のスカーフを何枚か選んだ。1枚20リラ(400円)くらい。日本人の感覚では1枚3000円くらいしそうに見える。物価の差と需要の差によってスカーフはものすごくお得。カパル(イスラム教の戒律に従ってヒジャブで髪を隠している女性)のひとにとってスカーフは消耗品なのだ。
いつもあなたが行くようなとこで食事がしたい、と旅行前から言っていたこともあり、この旅の最後の夕食もショッピングモールだった。いま思えばロカンタ(ずらっと並んでるなかから食べたいおかずを選んでよそってもらって会計する讃岐うどん的システムの大衆食堂)にも行きたいって言っておけばよかった。
彼は基本的には「赤い肉(牛、羊など)」が嫌いで、チキンをこよなく愛する。兵役を経験したひとにそんなこと言われると恐ろしいトラウマを想像してしまうが、子供の頃からの食わず嫌いのようだった。ここのチキンはフレディのおすすめ。ぱさつきのない、しっとりふっくらしたチキンだった。ペンネは薄味だったので塩を振った。
「まだそんなに遅くない時間ですけど、どこか行きたい場所はありますか」
「パブに行っていっしょにビール飲もう!」(注:半分くらい本気)
「ハハハ。だめです」
「そうだよね、フレディは煙草も吸わないしぃ、お酒も飲まないしぃ」
「つまらない人間でしょう?」
「だが、そこがいい!」
結局わたしたちは少し散歩して、公園のベンチに腰掛けて翌日の集合時刻を確認した。フレディは国内線で親戚の家へ向かうのだ。わたしは昼過ぎの国際線に乗ってシンガポールを経由し、日本に帰る。
「新空港からエセンレル・オトガル(エセンレルのバスターミナル)までどのくらいかかったか覚えていますか」
「覚えてないけど、どこかにメモしたよ。ちょっと待ってね、えっと……30分」
「すばらしい」
こういうのはトルコの人がイメージする「日本人らしさ」にあてはまるのかもしれない。ルークにわたしが書いた旅程表を見せたら「日本人だね〜!」と大受けだった。
だってツアーなら旅行会社のひとが旅程表をくれるんだもの。わたしにとっては初めての海外への個人旅行なのだから、詳細な旅程表がないと不安に駆られるじゃないか。
訪れる予定のない地方を外して束ね直した地球の歩き方に旅程表を貼り付け、(いかにもガイドブックらしい表紙が見えないよう)わら半紙の表紙を付け、それとは別に薄いメモ帳も持っていった。
出発前に確認する持ち物リストと何日目に何を着るかの計画は地球の歩き方に貼り付けてある。
どうですかトルコのみなさん。日本人っぽいですか、この行動。
*
ホテルに戻って、部屋の前の廊下でお土産を交換した。
フレディは、シャルワルを3着もくれた。わたしがマベル・マティスのミュージックビデオ(下の動画をご参照ください)を送って「こういうトルコのお婆ちゃんみたいな服がほしいの!」と無茶を言ったから田舎に帰省した際に買っておいてくれたのだ。シャルワルというのはトルコの伝統的な作業ズボン、いわばもんぺである。たぶんサルエルパンツの語源なんだと思う。布をたっぷり使って大きめに作ってあるのでサラッとして日本の夏にとてもいい。足を開いて座るのに適した服で、ソファなどにドーンと座ってもどことなく優雅に見える。
わたしは日本の文房具やてぬぐいを渡した。離れて暮らすお子さんがいるのを知っていたらポケモングッズでも持ってきたのに。
この日記の中にあるリンクを経由してamazonでお買い物していただくと筆者がマベル・マティスの物真似を練習できます