毎日宿泊先が変わったので、一泊目と同じホテルなのに朝食会場がどこか忘れてしまった。
一階に降りるとレストランは閉まっている。
フロントの男性にトルコ語で「朝食会場どこですか?」と尋ねて教えてもらい「オーケー、ありがとう」もトルコ語で言ったら爆笑されてしまった。見覚えのあるアジア人がいつの間にかトルコ語しゃべるようになってるのも朝食会場わかんなくなってるのも面白いよね、そうよね。ホテルの従業員としてはカジュアルかつちょっと失礼だけどそういうとこ嫌いじゃないわ。
最上階のレストランに行って、窓辺の席で朝食をとった。
朝食ビュッフェの料理を補充したりテーブルを片付けたりするのは学生アルバイトのように見える若い子たちで、ひとりは廊下の椅子で居眠りしていた。うん、そういうとこも好き。仕事を与えられたからといって頑張りすぎないとこ大好きよ。
ホテルの仰々しい内装を名残惜しく思いながらチェックアウトして、ロビーでフレディを待った。
エセンレル・オトガルに行くとケバブ屋の店員だか客だかわからない男たちから「ハロゥ、アンニョンハセヨ、ダバイダバーイ」とユニバーサルデザインを心がけたみたいなキャットコールを受けた。やはりエセンレル・オトガルはわたしにとって鬼門だ。
後にルークから「エセンレル・オトガルのドキュメンタリー観たんだけど、地下でドラッグの売買が行われてるんだってさ! 俺も知らなかったんだよ! あそこはヤバすぎ。もっと早く教えてあげられればよかったんだけど!」という連絡が入った。『地球の歩き方』はイスタンブル新空港の情報が載ったものが近く発売されるはずですが、新しい版にはよく目立つように警告が書いてあるといいな……。エセンレル・オトガルからバスに乗るのはいいが、地下には絶対降りるな、と。
空港行きのバス(Havaist)はクレジットカードで運賃を支払うことができた。
実は初日に空港のATMで四苦八苦しながらお金を引き出したんだけど、そんなことする必要なかったかもな……。クレジットカードでバス代を払って、レートがいいと評判のグランド・バザールの両替屋に直接行ってもよかったかもしれない。
バスの運転手さんにトルコ語でお礼を言ったらほめてくれた。
イスタンブルは、のんびりとした休日の朝。
バスに揺られながらわたしはいつのまにか泣いていた。
まだ日本に帰りたくない。
わたしはうんざりするまでトルコにいるべきだ。
「なんで泣いてるのってなんで聞いてくれないの?」
「泣いていたんですか」
「泣いてるよ」
「なんで泣いてるんですか」
「離れたくないから」
フレディは、バスが非常にゆっくりと進むのを気にしていた。渋滞はないけど、とってもゆっくり。
「空港で買い物をする時間がないかもしれない」
「いいよ。わたしはひとりで買い物できるから。先に行って」
泣きすぎて頭がくらくらしてきた。
脱水症状だ。ポカリスエットを飲まなきゃ。ポカリスエットってトルコではどこで買えるの?
「君にお菓子を買ってあげたかったのに……」
ああ、そうか。
このひと、昨日わたしが多めに出した分、お土産で返そうとしてくれてたんだ。律儀だ。
律儀さに感動してまた泣いた。ひどい顔になってると思うけど、もういい。
空港に着いて、ありがとう、すごく楽しかった、帰りたくないけど帰るね、と伝えて握手をした。
「もう行って。先に行って。これ以上泣きたくない」
フレディは父親のように微笑んで国内線ロビーに向かっていった。
わたしは空港のソファでしばらくの間ぐったりと休み、シンガポール航空のチェックインカウンターに進んだ。
男性スタッフはどう見てもトルコ人(もしくはヨーロッパ人)だけど、航空会社の方針なのか、目が合った瞬間にっこりと微笑んで話しかけてくれる接客だった。YouTubeで見たアメリカのスターバックスのような、日本の百貨店のような。空港はもうトルコの外なんだな。
通路側と窓側どちらがいいか尋ねられ、ちょっと考えていたら、
「景色が見たい?」
と彼は言った。
そうだ。わたしは景色が見たい。
臙脂色の屋根の並ぶ景色を見たい。
金角湾が見たい。
モスクの尖塔が見たい。
本物のトルコをミニアトゥルクのサイズで見てみたい。
「OK。イスタンブルからチャンギ、チャンギから関空、両方とも窓側をお取りしますね」
空港内の免税店は値札がいちいちユーロだった。財布に残っているのはトルコリラ。リラ払いも言えばできるのかもしれないが、お釣りは使うあてのないユーロで受け取ることになるのかな……。まあここは普通カードで買い物だろう。いやしかし、かなりお高い。感覚として日本のお土産の2倍か3倍くらいの値段が設定されている。
ロクム(ターキッシュ・ディライト)を試食してみたら結構おいしかったのだけれど、粉があるから職場で食べるお菓子には向かない。チョコレートはシンガポール滞在中に溶けないかやや心配だ。冷房が効いているから大丈夫とは思うけど。
ゆっくりと悩んで、結局エルマ・チャイの素とチョコレートを買った。「エルマ・チャイ」は直訳するとアップルティー。紅茶に香りをつけたアップルティーではなく、紅茶成分ゼロの実質りんごジュースだ。トルコではそれをエルマ・チャイと呼ぶ。
ふらふらと搭乗口に向かい、時間が過ぎるのを待ち、飛行機に乗り込んだ。土産物を吟味していたから涙は止まっていたけど、水分が足りなくて気分が悪い。
機内で白湯がほしいなと思いながら「水をください」と言ったらちゃんと白湯が出てきた。無意識のうちに “hot water” と言ったのだろうか。それともわたしの顔が青ざめていたからCAさんが東洋医学的な配慮で白湯にしてくれたのだろうか。
先日何気なく鞄に入れて取っておいたPide by Pideの塩を舐め、白湯を飲んだ。
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