【岡山市北区伊福町】御御堂(おみどう)のある女子大学/俳枕DIY(第5回)

夏蝶を留める休講掲示板  石原ユキオ

冬晴や尼僧両手でマイク持つ

寮監と神父ぶつかる冬の虹

キリスト教モチーフの俳句はだいたい大学での体験が元になっている。学祭での展示や出し物に自己検閲をするようなサークルがほとんどだったし、キャンパスの隅々にまで上品かつ冷淡な雰囲気が充満していてわたし向きの環境ではなかった。地元にいて大学の評判は聞こえているはずなのになぜそんなところを選んだのかというと、家から通える大学の中でいちばん授業料が安かったからだ。

『置かれた場所で咲きなさい』というタイトルの本があるが、砂漠の植物を湿地に置いたら咲くどころではない。腐る。

【岡山市北区後楽園〜京橋町】花疲れというか歩き疲れ/俳枕DIY(第4回)

小橋中橋京橋渡る花疲れ  石原ユキオ

毎年春になると後楽園周辺は花見客で賑わい、ちょっと桜でも見ていこうかという車で土手は渋滞し、河川敷には焼肉の香りが漂う。
桜の季節に実際に吟行(俳句を作るのを目的に歩くこと)して作った句だけれど、後楽園前のバス停あたりから「旭川(あさひがわ)さくらみち」に沿って歩き、小橋→中橋→京橋※と進んだ場合の距離を改めて調べてみたところ2キロ(徒歩約30分)ほどだった。一緒に吟行したメンバーは六十代七十代もしくはそれ以上の年配の方がほとんどでみなさんよく歩いたなあと思う。半姓(はんしょう)さんという俳号の方が翌日の句会で「たくさん歩いてごはんがおいしかったです!」とおっしゃっていた。
このあたりを散歩するなら、大手饅頭伊部屋京橋本店(京橋の西)や廣榮堂中納言本店(小橋の東)で甘いお菓子を買うのもいいかもしれない。

※旭川の真ん中には二つの中洲があり、その中洲と両岸を小橋・中橋・京橋の三本の橋が結んでいる。桜並木の南の端が小橋のあたり。

【岡山市北区表町】至高のダルカレー/俳枕DIY(第3回)

春浅しダルカレーは辛くないカレー  石原ユキオ

ダルカレーをはじめて食べたとき、(相対的な)辛くなさに驚いた。ゼロ辛を選んだわけではないのにマイルドでとても食べやすい。スパイスは強く香るのに唐辛子のピリ辛は抑え気味。それ以来インドカレーの店でカレーを選ぶチャンスがある場合には積極的にダルカレーを選んでいる。
クワイエットビレッジはわたしが生まれて初めてダルカレーを食べた店で、そしてここのダルカレーを超えるダルカレーを食べたことがない。ひよこが初めて見たものを親と思い込むように、わたしにとって唯一無二のダルカレーだ。余談だがダルカレーの原料はひよこ豆です。

【岡山市北区後楽園】桜の季節に賑わう大名庭園/俳枕DIY(第2回)

耳石たゆたう回転性の桜かな  石原ユキオ

花・新婦・レフ板・新郎・カメラマン 石原ユキオ

当時三十代だったわたしは、ある日突然それまでの人生で体験したことのないグルングルンの眩暈におそわれた。こういうときインターネットの情報に頼るのはよくない、とは思ったものの、検索してみると「耳石剥離」というのが近いように思えた。もし正解ならば三日ほどで治るらしいので、吐き気に耐えながら仕事に行き、週末は育児中の友達とゼロ歳児ちゃんと三人で花見にも行った。肌寒いが天気はいい。結婚式の前撮りのひとたちが和装でポーズを取っている。
見上げると桜の花が回っていた。
楽しくて、気分は悪くて、景色が美しかった。

【岡山市中区門田屋敷】礼法室のある中学校/俳枕DIY(第1回)

礼法室みんなで雑に障子貼る  石原ユキオ

地元の中学校はわたしが小学校高学年になる頃には窓ガラスがあらかた割れ校庭を原付が爆走し廊下を自転車が行き来するマッドマックス(1979)もかくやの世界となっていた。両親と祖父母と塾の先生に心配されたわたしは中学受験をすることとなり、門田屋敷にある中高一貫の女子校の入試説明会に放り込まれた。パンフレットや過去問をもらい、学校生活や入試の内容についての説明を聞き、そのあとで礼法室という障子のある広い和室に移動して茶道体験をした。お茶菓子はグラデーションのきれいな紅葉の形の練り切りだったのを覚えている。実際にはそこには進学しなかったのだが、もし進学していたら礼法室の障子を張り替える日もあったのだろうか。
「障子貼る」は秋の季語。昔は冬が来る前に障子を張り替えていたらしい。

架空映画鑑賞句集『虹と指サック』 #おかやまZINEスタジアム 委託

架空映画鑑賞句集『虹と指サック』表紙

ZINEスタイルの句集を作りました。
架空の映画の鑑賞文とその映画をモチーフにした俳句をまとめた12ページの薄い冊子です(といっても、成立の順を厳密に言えば、俳句が先にあり、それから映画の内容を考えました)。

架空の映画ネタといえば、BL俳句誌『庫内灯』を思い出して懐かしいと思ってくれるひともいるかも。

このZINEには、「架空映画」以外に、もうひとつコンセプトがあります。

俳句の世界は家父長制的で、男女二元論で、異性愛中心主義で、中央集権的です。世間一般以上に保守的です(アンチハラスメントポリシーを作ってくださいという意見にすら猛反発が起きるレベルです)。
俳句の読解はマジョリティ側に合わせて行われることが多いし、マイノリティの書き手であってもマジョリティの価値観を内面化して作っていたりする。
北海道や沖縄の書き手が季節感を江戸や上方の季節感に合わせて書くのはままあることでしょう。同様に同性愛者であっても異性愛の価値観で書くことが行われる。俳句は文字数が少ないから、世間の常識を基準に読まれるのは仕方ないというような諦めがあるのかも。
この慣習におとなしく従うのは癪なので、ささやかな抵抗として『虹と指サック』にはひじょうにわかりやすくマイノリティ記号をちりばめました。
でもほんとうは、たとえマイノリティの記号が入っていない俳句であってもマジョリティの価値観に沿った読みをする必要はないのです(『共有結晶』や『庫内灯』のころからこんなことばかり言っている気がしますが、今後もきっと言い続けることでしょう)。

The foxfire for my mustache

頒布の予定ですが、おかやまZINEスタジアムというイベントでライター・都市鑑賞者の内海慶一さんのブース「型板ガラスの世界」に委託します。最初の5冊はおまけ(指サック)つきです。委託の都合上しおりに指サックが結びつけてありますが、紐は切って指サックとしおりに分けて使うのがおすすめです。

●おかやまZINEスタジアム●
開催日:2025/3/2(日)
開催時間:11:00〜16:00
会場:旧内山下小学校 体育館および校舎1階
〒700-0823 岡山県岡山市北区丸の内1丁目2−12

通販も予定していますので、準備が整いましたらお知らせします。

(2025年3月2日追記)
架空ストアで取り扱っていただけることになりました。(2025年3月3日19時〜)
架空映画鑑賞句集「虹と指サック」

ネットプリント #副産物の会 vol.9 と近況

暑いですね。いままで基本的に自室では冷房なしで過ごしていたのですが、去年あたりから限界を感じています。気候変動め……。

さてさて、ネットプリント『副産物の会』vol.9「香りの題詠」特集をリリースしました
ゲストは短歌・俳句・小説その他もろもろ幅広く活躍する作家の井口可奈さん、BLをこよなく愛する読書超人みやさとさん、原作の色気を無限に増幅する二次創作の錬金術師カルキさん、そして俳人の西川火尖さん。
以上四名の参加者の方にA・B・C三種類の香りをお送りし、香り一種類につき一句、俳句を作ってもらいました。

お題Aはセルジュ・ルタンスの香水、アンブル・スュルタン(スュルタンってどう発音するんじゃ)。

香水「アンブル・スュルタン」のボトル

お題Bは松栄堂のお香、ペパーミント。

松栄堂のお香「ペパーミント」パッケージと中身のインセンス

そして、お題Cについては次の通り、全員別々の香水(石原秘蔵の公式サンプルたち)です。

井口可奈さん:SALTED GREEN MANGO (STRANGERS PARFUMERIE)
みやさとさん:TELEGRAMA (IMAGINARY AUTHORS)
カルキさん:RHINOCEROS (ZOOLOGIST)
西川火尖さん:ROASTED COFFEE CIGARETTE WHISKY COME AND GET YOUR SUEDE HONEY BABY (STRANGERS PARFUMERIE)

ストレンジャーズ・パフューマリーは『君の名前で僕を呼んで』『ゴッズ・オウン・カントリー』などの映画をモチーフにした香りもリリースしているおもしろいメゾンなのですが、国内の取り扱いが、たぶん、ない。ごめん。めちゃくちゃ気になった場合はアメリカの Lucky Scent などから取り寄せてください。
イマジナリー・オーサーズは架空の物語を香りで表現していて、本が好きなひとは倍楽しめるんじゃないかと思います。輸入代理店ミンキー合同会社によると今年の9月に日本上陸とのことです。
ズーロジストは NOSE SHOP に入っているので手に取ったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。ただし、わたしがサンプルを入手したのはちょっとばかり前だったので新ライノセラスではなく旧ライノセラスのほうを試していただくことになりました。(においがおかしくなってないかは試してから送ったよ!)

ところで、今回のネプリ、香りの題詠というテーマにもかかわらず、発行人は7月中旬に新型コロナウイルスに感染したせいで一時期嗅覚を失っていました。嗅覚異常が一年ほど続いたとか、耳鼻咽喉科ですごく痛い治療をしてようやく治ったとか、後遺症はかなり長引くという話を見聞きしていたので、今回は記憶の中の香りをよりどころに編集作業をすすめるしかないな……と思っていたら、幸いなことに二週間ほどで回復しました。新型コロナウイルスの後遺症ってまだまだ医学的なデータの蓄積がないので、わたしが受診した診療所のドクターも「後遺症についてははっきりしません」とおっしゃっていて、自分の症状がいつまで続くのかわからないのが地味に嫌でした。二度目の感染は絶対に避けたいのでマスク手洗い鼻うがいを徹底したいと思います。

虹と指サック

虹と指サック

虹と指サック

例外のほうが多いわ枯木に紐
とことわに春待つ顔の社員証
平凡な鱶であったよ桃色の
年度末進行ゆるく指サック
腕章のうれしくおそろしく四月
梅雨茸や患者らしさを保てない
漢数字としての京よ苔に花
睾丸のしんなりうごく油団かな
白南風や敵地に髪をふくらます
天井があなたには床アイスティー
極暑にて怨霊色の口紅を
昼寝しているのは正社員のひと
颱風のなみだぶくろにさしかかる
箱庭に空ひろすぎる彩虹旗

風味Z佳

風味Z佳

ウイルス性感染症が原因と見られる特殊神経疾患は都市部を中心に規模を拡大しており政府は各自治体に臨時診・所を・・感染・の隔離と治・・・・る・・を・・・・し・

鰻寄せられゼリーのなかをややうごく
フェンスごと屍を焼いている遅日
産声即断末魔となりぬ桜蕊
はらわたを指に巻き首に巻き風薫る
吐瀉物のやさしき色や土砂降りに
噴水の水に歩みて飽きぬなり
苔に花そとにとまどうアニサキス
墨色に蓮はつぼみのまま朽ちぬ
日盛の骨を咬まるる重さかな
舐めても吸っても歯茎しかないですよ

詩誌 Unedited 第8号に寄稿しています

 

詩人の郡宏暢さんが制作・デザイン・世話人を務める詩誌Uneditedに「虹と指サック」と題して俳句14句を寄せています。

郡さんといえば労働の辛さを任意の酒で割って串刺しの色気をそっと添えたような詩を書かれる方なので、わたしも作品をまとめるにあたり「労働つら!」の要素を盛り込みました。

タイトルの種明かしをすると、

年度末進行ゆるく指サック

箱庭に空ひろすぎる彩虹旗

という2句から取っているのですが、「指サック」に象徴されるのが労働なら、「虹」は労働の場で異物扱いされてしまう、ひとそれぞれの自然なあり方と捉えてもらってもいいかもしれません。

六月、職場のロビーにレインボーフラッグが掲げられていました。いまは形ばかりの取り組みかもしれないけれど、形ってのが結構大事だと思う。