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ネットプリント #副産物の会 vol.9 と近況

暑いですね。いままで基本的に自室では冷房なしで過ごしていたのですが、去年あたりから限界を感じています。気候変動め……。

さてさて、ネットプリント『副産物の会』vol.9「香りの題詠」特集をリリースしました
ゲストは短歌・俳句・小説その他もろもろ幅広く活躍する作家の井口可奈さん、BLをこよなく愛する読書超人みやさとさん、原作の色気を無限に増幅する二次創作の錬金術師カルキさん、そして俳人の西川火尖さん。
以上四名の参加者の方にA・B・C三種類の香りをお送りし、香り一種類につき一句、俳句を作ってもらいました。

お題Aはセルジュ・ルタンスの香水、アンブル・スュルタン(スュルタンってどう発音するんじゃ)。

香水「アンブル・スュルタン」のボトル

お題Bは松栄堂のお香、ペパーミント。

松栄堂のお香「ペパーミント」パッケージと中身のインセンス

そして、お題Cについては次の通り、全員別々の香水(石原秘蔵の公式サンプルたち)です。

井口可奈さん:SALTED GREEN MANGO (STRANGERS PARFUMERIE)
みやさとさん:TELEGRAMA (IMAGINARY AUTHORS)
カルキさん:RHINOCEROS (ZOOLOGIST)
西川火尖さん:ROASTED COFFEE CIGARETTE WHISKY COME AND GET YOUR SUEDE HONEY BABY (STRANGERS PARFUMERIE)

ストレンジャーズ・パフューマリーは『君の名前で僕を呼んで』『ゴッズ・オウン・カントリー』などの映画をモチーフにした香りもリリースしているおもしろいメゾンなのですが、国内の取り扱いが、たぶん、ない。ごめん。めちゃくちゃ気になった場合はアメリカの Lucky Scent などから取り寄せてください。
イマジナリー・オーサーズは架空の物語を香りで表現していて、本が好きなひとは倍楽しめるんじゃないかと思います。輸入代理店ミンキー合同会社によると今年の9月に日本上陸とのことです。
ズーロジストは NOSE SHOP に入っているので手に取ったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。ただし、わたしがサンプルを入手したのはちょっとばかり前だったので新ライノセラスではなく旧ライノセラスのほうを試していただくことになりました。(においがおかしくなってないかは試してから送ったよ!)

ところで、今回のネプリ、香りの題詠というテーマにもかかわらず、発行人は7月中旬に新型コロナウイルスに感染したせいで一時期嗅覚を失っていました。嗅覚異常が一年ほど続いたとか、耳鼻咽喉科ですごく痛い治療をしてようやく治ったとか、後遺症はかなり長引くという話を見聞きしていたので、今回は記憶の中の香りをよりどころに編集作業をすすめるしかないな……と思っていたら、幸いなことに二週間ほどで回復しました。新型コロナウイルスの後遺症ってまだまだ医学的なデータの蓄積がないので、わたしが受診した診療所のドクターも「後遺症についてははっきりしません」とおっしゃっていて、自分の症状がいつまで続くのかわからないのが地味に嫌でした。二度目の感染は絶対に避けたいのでマスク手洗い鼻うがいを徹底したいと思います。

樹の名つけられ | 俳句さんに似合う香水を見つけてあげる(8)

Image by NGUYEN VAN PHU from Pixabay 

しづく美し樹の名つけられ女たち 大木あまり「シリーズ俳句世界」第1号

樹の名さん。
初めてあなたを知ったときに一瞬考えました。
樹の名の女性なんているだろうか、と。
すぐに思いついたのは、桜。
ほう、たしかにいる。さくらさん。それから梅。小梅ちゃん。桃。椿。杏。外国語でもジャスミンとかローザとか。

わたしはそれらの名前を花に由来するものと認識していた。桃や杏に関しては、果実の名前、と。けれど樹に咲く花であり樹に実る果実なのだから、樹の名前とも言えるのだ。花の名ではなく樹の名と言われたとき、可憐な花や瑞々しい果実のイメージに硬質でタフな樹木のイメージが重なり新たな一面が見える。それは新鮮な驚きだった。

1992年にセルジュ・ルタンスによって「フェミニテ デュ ボワ(=木の女性性)」が発表されたときも人々は驚いたことだろう。
香水産業が始まって男性用・女性用の香水が製造されるようになって以来、ウッディノートは男性のものとされていたそうだから。

わたしが試したのはとろんとした曲線が美しい初代ではなく現在簡単に入手可能な四角いボトル(当然いくつかの材料が見直されて香りも少し変わっている)から更に小分けされたもの。当時の人々の驚きを香りから感じることは不可能だけど、わたしが樹の名さんと出会ったときの驚きに近いのかもしれないな、と思う。

フェミニテデュボワ

セルジュルタンス公式サイトより

ジンジャーの瑞々しさとシナモンが華やかに香る。それから徐々に濃厚さを増すプラムの香り。この梅感、優雅な小梅ちゃん(飴)と言えるかもしれない。『リリカル・アンドロイド』さんの回に登場したプラムジャポネにも結構近い。フローラルでスパイシー。わたしの場合香料の知識が少ないせいなのか、本来主役であるはずのシダーウッドやサンダルウッドの香りは残念ながらよくわからなかった。仮説として、自分はもうフェニニテデュボワ以降の、ウッディ成分多めかつフェミニンな香水に慣れすぎて特別感がわからないのかもな、と思ったりしました。昔の香水っていまよりももっと花花してたのかなー……。

女性性ってなんだよって話はひとまず置いといて。 – フェミニテ デュ ボワ [木のフェミニティ] EDP –

Feminite du bois
ブランド:SERGE LUTENS

トップノート:ヴァージニアシダー、プラム、シナモン、ピーチ
ミドルノート:クローブ、ジンジャー、イランイラン、ヴァイオレット、ローズ、アフリカンオレンジフラワー
ベースノート:サンダルウッド、ベンゾイン、ムスク、ヴァニラ

注:トップノート・ミドルノート・ベースノートに関してはfragranticaを参考にしています。

【参考文献】『香水のゴールデンルール』新間美也

アラブ香油を試しました(2)

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アッター・アル・カーバの方が好き!
と最初は思ったけどしばらく使ってみるとサフワの方がおもしろい。
まず、けっこう木です。甘くてウッディ。アンバーでもあるのかな。
なんとなくすうすうしているけど寒いとこまではいかない(樟脳のような?)清涼感もある。
これは、いい寺ですよ。
新築の本堂。真新しい材木の匂いと、仏具や布に染みついたお香の匂い。
いやしかしそれでいて食べ物のようでもある。
よく乾燥した木を食べることができるならこういう匂いかもしれない。スパイスのふんだんに練りこまれた木のケーキ。
基本的に新築の寺なのは揺るぎないのですが、おいしそうなバニラを感じたり、天花粉のような粉っぽさを感じたり、いろんなニュアンスが楽しめるところがいい。

LPTさんによると「主役はアンバーとローズ」ということなのですが、素人ゆえローズがわかりませんでした。こういうときドヤ顔で “Well blended” (よいバランスでブレンドされているためにどれかひとつの香料が突出せずよく調和したひとつの香りのように感じますね的なニュアンスで英語のフレグランスコニュニティで使われているっぽい)を使いたいけど、用法合ってるのか。

あと、わたしの場合いつも5〜6時間でいなくなってしまうのですが、tanuさんのように十数時間持続させるためにはもっと多めにつけないといけないのかも。たーっぷり塗りこんだらどうなるんだろう。いま手元にあるのはお試し用0.5mlロールオンボトルなのですが、一本まるごと買って試してみたくなる。

まるごと買いたくなったらドバイから取り寄せ可とのことなのでゆっくり検討したいと思います。
→ Al Haramain Perfumes Online Shop

(そもそもドバイから取り寄せ、というところにロマンがあるよね……)

アラブ香油を試しました(1)

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ずっと気になっていたアラブ香油をこの度取り寄せました。→LPT direct
その名も「アッター・アル・カーバ」。聖地カーバ神殿の名前がついてる。「おいせさんお清めスプレー」みたいなものだと思っていいのでしょうか。

Attar Al Kaaba
※こちらのリンク先はアルハラメイン公式ウェブサイト

塗った瞬間白い服の男性&黒い服の女性の一団が思い浮かぶのかな、と思ったりもしたけれど、そういう感じでもなかった。人々が纏っている香りというのは香りのプロダクトが全部混ざったものだから香油だけで「めっちゃアラブ!」というイメージにはならないのかもしれない(ちなみにアラブのおうちではバフールというお香を家の中で焚いて衣服にもその香りが移るようにするそうです)。

とはいえ、やはり日本国内でふだん嗅ぎ慣れているような香りではないです。「外国」を感じる。
トップノートは蜜のように甘く濃厚な薔薇が強力なボディブローを打ち込んでくる。
モンタルのアントンスカフェも同じくこのボディブローを感じたので、このドスンと来るのが薔薇+ウード(=沈香)ってことなのかもしれない。ウード単体の香りがよくわかりません。お香としての沈香ともまた違うようだし……。
その後徐々に薔薇が薄らいで洗浄力の強い石鹸みたいなムスクの香りが目立ってくる。もちろん香りと洗浄力は関係ないんだけどなんか「強そう」なんだよな。強そうな薔薇石鹸。
ロクシタンのローズも「薔薇石鹸」と感じることはあるけど、あちらはとにかくふわふわとやわらかい。その代わり鬼拡散する。
アッター・アル・カーバは香油。アルコールを含まないだけあって拡散力は控えめ。時間の経過とともに徐々に強さは減衰しつつ長く長く肌の上に残り続ける。

2019年の初夏トルコに行って、どこにいってもいい香りがする(ホテルのロビーも地下鉄の車内もウエットティッシュもいいにおい!)状況を体験したのが香水沼ドボンの遠因だったような気がします。それからCelesセレクトを試し、2020年新型コロナウイルスの流行が深刻化する直前の2月にノーズショップに行き、その後順調に沼の浅瀬を歩き回ってムエット送付サービスを利用したり、試したい香水を少量だけ取り寄せたり。気づいたらLuckyScent(アメリカ)からサンプルを取り寄せ、FragranceX(アメリカ)で目当てのボトルが安く出ていないか探す日々を送っていました。香りはちょっとした旅だから、本当の旅行ができないいま、いろんな香りを取り寄せて嗅覚の小旅行を繰り返しているのだと思います。

歌集『リリカル・アンドロイド』さんに梅の香水をおすすめする

荻原裕幸『リリカル・アンドロイド』 (現代歌人シリーズ29) 書肆侃侃房 

荻原裕幸さんの歌集『リリカル・アンドロイド』には梅の短歌が多いのです。
いや、340首中の10首だからめちゃくちゃ多いわけじゃないんだけど、目立つ。
「触れると梅だ」と、章のタイトルにも梅が出てくるし、濱松哲朗さんが「矛盾と異化を含んだ梅の心地良い香りに誘われて、荻原裕幸は今日も現代短歌の<夢>をリリカルに完食する」という帯文を寄せています。

というわけで梅の歌を一気に引用しちゃおう。ドーン。

優先順位がたがひに二番であるやうな間柄にて梅を見にゆく
早いものですね立春なんですねえ梅の木がその影にささやく
こどもがゐても今この人と恋をしてゐたのだらうか妻と見る梅
父に頬を打たれるやうな懐かしい痛みのなかに咲いてゐる梅
妹であることをすこしもいやがりもせずにしづかに梅園をゆく
梅とか他にも奇妙なものがほころびて動きはじめる春の心臓
影の濃い木と薄い木と見あたらぬ木があるひるの梅園をゆく
習作として描かれた絵のやうなしかしたしかに触れると梅だ
梅の匂ひにまぎれながらも端的に弱みを衝いてくるこのひとは
どの枝も外へと伸びて眠りから抜けねば梅が見えないらしい

スンッ……(想像上の空気を吸引)。
いい梅ですね……。

まずは梅の花の咲いてるところを誰かと歩く歌から読んでいきましょうか。

優先順位がたがひに二番であるやうな間柄にて梅を見にゆく

これはずるい。夢女子としては(荻原裕幸と梅見、ワンチャンあるな……)という気になれるじゃないですか。あざとい。許せない。好き。

こどもがゐても今この人と恋をしてゐたのだらうか妻と見る梅

ほら! ほら! 妻が一番なんですよ! こどもがいないことを言いながら(そしてそれによってもう子供を作るような年齢でないことを匂わせながら、その年月を経て)今もまだ妻と恋をしていることをサラッと断定しているところがすごい。しかも妻 “に” 恋をじゃなくて妻 “と” 恋をだよ。妻も自分に恋をしていると信じて疑ってない。んもう!!!

妹であることをすこしもいやがりもせずにしづかに梅園をゆく

浮気や婚外恋愛を連想させる「優先順位」の歌よりもしかしたらこっちの方が不穏かもしれない。普通に考えれば妹であることはいやでもついて回るので、いやがっても無駄みたいな気がしませんか。このひとは妹としての役割を受け入れる言動をしながらこの歌の語り手である兄(と断定します、夢女子だから)と梅園を散歩してくれているのだろうか。そうだね。梅園に来たかったのは兄で、妹はついてきてくれたのでしょう。「いやがりもせず」と書くことにより、妹であることをいやがる可能性、つまり、あに・いもうとではない関係性を選び取ることの可能性が示唆されている。薔薇園だと明るすぎるんだよな。梅園だと二月の曇天と冷たい空気がセットになって思い浮かぶ。

梅の匂ひにまぎれながらも端的に弱みを衝いてくるこのひとは

「弱みを衝いてくるこのひと」が妻だった場合、妹であることを受け入れているひと(妹かどうかわからない)だった場合、またはそれ以外……といろいろと妄想できる幅があってありがたい。梅の香りのツンとしたところが弱みを衝かれたとき胸に感じるダメージとよく響いている。断崖絶壁に追い詰めるような詰め方ではなくツボに的確に鍼を打つような指摘だったんでしょうね。いいぞ。もっとやれ!

梅と痛みを組み合わせた歌、と考えるなら物理的な痛みが登場するのがこちら。

父に頬を打たれるやうな懐かしい痛みのなかに咲いてゐる梅

物理的な痛みが登場するといっても、たとえとして物理的な痛みが引き合いに出されているわけですけれども。
これもやはり、梅の匂いのツンとした部分が描かれているように思う。頬を張られたときの、鼻の奥にダメージがくる感じ。「あ、くる!」と身構えて次の瞬間予想通りぶっ叩かれるように、「あ、おセンチになっちゃう!」と思ったとして避けられない感傷というものがあるじゃないですか。スーッ……(吸引)。

つぎにシュールな情景をまとめて見ていきたい。

梅とか他にも奇妙なものがほころびて動きはじめる春の心臓
影の濃い木と薄い木と見あたらぬ木があるひるの梅園をゆく
習作として描かれた絵のやうなしかしたしかに触れると梅だ
どの枝も外へと伸びて眠りから抜けねば梅が見えないらしい

「奇妙なもの」はほかの木の芽などではなく目に見えないものっぽい。
影の見当たらない木はこの世に存在している木なんだろうか。
触れるまで梅だと確信できない梅。
夢の中で夢の外に咲いていると推測する梅。

この梅たちが咲いているのは冬と春の境目であり、現実と非現実の境目。夢と梅って音が似てますねそういえば。

早いものですね立春なんですねえ梅の木がその影にささやく

「立春なんですねえ」の「え」のため息まじりの字余り。
話し相手が自分の影なのちょっと不憫になってしまう。この本においては梅を見に来るひとのほうはしょっちゅう複数人で来ているというのに。

さて、それではこんな梅の短歌が所収されている『リリカル・アンドロイド』さんに梅の香りを含む香水をおすすめしたいと思います。

ナイチンゲールのサンプルをカナダからお取り寄せしました。

ものすごく梅の花 – ナイチンゲール EXTRAIT DE PARFUM –

NIGHTINGALE EXTRAIT DE PARFUM
ブランド:ZOOLOGIST

トップノート:ベルガモット、レモン、サフラン
ミドルノート:日本の梅の花、紅薔薇、スミレ
ベースノート:アンバーグリス、フランキンセンス、ラブダナム、モス、ウード、パチュリ、サンダルウッド、ムスク

とてもリアルな梅の花の香りをメインに据えた香水。ここでのナイチンゲールは日本のウグイスのことです。梅に鴬。
ひと吹きした瞬間から梅の花が頭の中でパカーンと開きます。ベルガモットやレモンの効果か、トップノートには梅特有の鋭さが感じられます。そして徐々におだやかにまろやかに薔薇が登場するのですが、それでいてわりかしずっと梅々しさも継続していきます。エキストレドパルファムなので持続性があり、せつないような梅の香りとずっと一緒にいられるので『リリカル・アンドロイド』さんはきっとお気に召すと思います。

まじめかふまじめかといえばすごくまじめな香り。とても美しいけれど誘惑を感じる美しさではなく、すこし近寄りがたいような気高さがある。じゃあ誘惑を感じる香りってなんだよって話ですが、ディオールのピュアプワゾンなら裸エプロンみを感じるしニシャネのウヌタマンもハーブの王冠を被った野獣だからやばい(総攻め感)。

ナイチンゲールは液体の色がピンクなので女性用のイメージが強いかもしれないけど、香り自体は本当に梅の花なのでフェミニンなものが苦手だからといって避ける理由はないと思います。たとえば梅の花の香りがする男性を想像してください。単なる平安朝の貴公子です。ナイチンゲール、完全にユニセックス!!!(←誰かのまとっているナイチンゲールを吸いたいので強く主張しました)

ところでこの香水はカナダに本拠地を持つズーロジストというブランドから発売されており、調香師は日本人の稲葉智夫氏。
稲葉氏自身のウェブサイトで明かされているように、この香水は

かはるらむ衣の色を思ひやる涙やうらの玉にまがはむ  藤原妍子

という和歌をモチーフにしたものだそうです。

「出家していく姉に、ウードの数珠をサンダルウッドの箱に入れ、梅が枝で止めた贈り物を渡した」

という背景の説明はまるでアーサー・ウェイリー訳『源氏物語』の再翻訳版のよう。

表紙の絵(唐崎昭子さん作)も姉妹のように見えるので姉妹の物語をもつ香水はお似合いになるのではないかと。

その他、梅感のある香水を紹介します。

洗練された都会のプラム – ノマド アブソリュ ドゥ パルファム –

CHLOE NOMADE ABSOLU DE PARFUME
ブランド:CHLOE

トップノート:ミラベル
ミドルノート:オークモス、ダバナ
ベースノート:サンダルウッド、ムスク
*ノートについてはFragranticaを参考にしました。

ショッピングモールの化粧品コーナーで昨年見かけ、なにげなく試したところ梅っぽさが強くて驚いた。
ナイチンゲールと比べると梅の花らしさは劣るのですが、単体で嗅ぐと「ん? 梅じゃな!?」と感じます。

ミラベルというプラムの一種が書いてあるので、正確には梅の花ではなくプラムの実の香りなのかもしれない(ちなみに欧州にはミラベルを梅の代わりにして梅干しを作るひともいるらしい)。
ノマドアブソリュとナイチンゲールが似ているかというと似てない姉妹くらいには似てる。
たとえばナイチンゲールが地方都市の図書館に勤務する30代の内向的な姉(童顔)だとするなら、ノマドアブソリュドゥパルファムは都会で会社勤めをする社交的な20代の妹(趣味はボルダリング)です。
ちなみにこれはどちらも「シプレ」という様式に則って作られた香りであるがゆえの類似とも言えます。
それでいくと彼女たちの母親はゲランのミツコ(童顔で社交的、趣味は寺巡り、好きな果物は桃)かもしれない。

クロエノマドシリーズの棚の前に陣取ってEDP(アブソリュより薄い)やEDT(EDPより薄いかわりによく拡散する)も嗅ぎ比べてみましたがアブソリュほどの梅感はありませんでした。

高級な梅酒または梅干し – プラムジャポネ EDP –

PLUM JAPONAIS EDP
ブランド:TOM FORD

トップノート:シナモン、サフラン
ミドルノート:日本の梅梅の花、イモーテル、椿、リカー、サイプレス
ベースノート:ウード、アンバー、ベンゾイン、樅、バニラ
*ノートについてはFragranticaを参考にしました。

今回紹介するなかではいちばんメンズ寄りだと思います(Fragranticaではユニセックス〜男性用と感じているひとが多い)。そして梅の花っぽさはいちばん低くてほぼ完全に実。毎日の香りというよりはドレスアップしたとき用という雰囲気(ええ、お値段もそういうお値段です。フルボトルを買うならかなりの勢いが必要)。
ミドルノートのところにリカーと書いてありますが、トップから結構酒が強い。梅酒のような、あるいは貴腐ワインのようなとろりと甘い酒から始まり、かすかに漂うシナモン。甘く重いまま酒樽感のあるウッディが出てきて最終的には酸味が増し、ちょっとした塩気まで感じる。しょっぱい梅……梅干し……ああこれは蜂蜜入ってるあまじょっぱい梅干しだ。それでいて決してチープにも珍品にもならず、ただならぬ押しの強さでプレミアム感を出してくる。お香っぽさもあるにはありますが、日本で一般的に売られている梅の香りのお線香などのイメージとはだいぶ違います。それよりは梅酒に近い感じ。

で、そういう面白い香りなのにこれ、残念ながらディスコン。ディスコンティニュード。廃盤です。「日本の梅」じゃなくて「中国の梅」みたいな名前にしておいてくれればもっと広い層にアピールできて生き残ったのでは、と思わないでもない。

※ もし「そこまで後をひかない潔い梅の香りを好きなときだけまといたい」という場合は賦香率10%程度の武蔵野ワークスの「白梅」がいいかもしれない。

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背にマグマ | 俳句さんに似合う香水を見つけてあげる(7)


Image by David Mark from Pixabay

雪の夜の背にマグマある深眠り 正木ゆう子『羽羽』


2016年に出版されたこの句集には2011年の東日本大震災と原発事故を詠みこんだ句が収録されています。

予震予震本震余震余震予震

頻繁に揺れが続いた当時の状況は、ほんとうにこの通りだったことだろう。「だったことだろう」と書くのは西日本に住んでいる自分はニュース速報とTwitterに書き込まれる「揺れた」「揺れてる」という言葉でしかそれを感じたことがないから。【参考】御中虫『関揺れる』(邑書林、2012年)
予震と余震は音が同じであるように体感としては同じ揺れであり、小さな揺れのあとには大きく本震がくるのではないかという恐怖がある。

掘炬燵あるはずもなき仮設なり

元の家にはあった設備も仮設住宅にはない。プレハブに堀炬燵などあるはずもない。最低限必要なものですら手に入るとは限らない生活なのだから。季語として置かれた「掘炬燵」は失われた日常の象徴だ。

真炎天原子炉に火も苦しむか

夏の暑さに冷却機能を失った原子炉内部へと思いを馳せる。事故後、冷温停止状態を目指す復旧作業が続いている状況での句だろう。
(とはいえこの句自体は事故前の起きていない原子力発電所を詠んだ句としても成立する普遍的な内容だと思う。)

こういった被災地での句と、さらには母の死に関する句が収録された、なかなか重い句集の終盤に登場するのが

雪の夜の背にマグマある深眠り

なのです。

寒い寒い雪の夜、横たわる自分の下にはマグマがあり(実際にはマグマの熱は伝わらないのだがそれに温められているかのように)深く眠る。

その次に並んでいる句は、

この星のはらわたは鉄冬あたたか

というものだ。
想像上の地熱が心を温める双子のような二句です。

地震の原因を床暖房扱いとはなんたるタフネス!

でもこれって、人類はときに日常を破壊しときに恵みの熱ともなる鉄のはらわたの上に住むしかないという諦めであり、願わくばできるだけ暴れ回らず恩恵をたくさん与えてほしいという祈りでもあるのだろう。

すみません。この流れでほんと必要ないかもしれないんですけど、香水をおすすめしてもいいですか。香水どころじゃねえよ、という意見はごもっともなんですが。

超安眠! 嗅ぐタイプの安心毛布 – ベティベルソ EDP –

VETYVERSO EDP
ブランド:LABORATORIO OLFATTIVO

トップノート:カーネーション、ナツメグ、ビターオレンジ
ミドルノート:ベチバー、ブラックペッパー、ピンクペッパー、グレープフルーツ
ベースノート:シダーウッド、クラリセージアブソリュート、サンダルウッド、ホワイトムスク

爽やかに弾ける柑橘に顔を上げて太陽を仰ぐと、次の瞬間にはベチバーのいかにも根っこらしい大地の香りで意識を地面の下に運ばれる。
徐々にスパイシーになるのはブラックペッパー&ピンクペッパーなのかしら。ほんのり台湾の屋台(=八角 / スターアニス)っぽさも感じるんだけど。
ブランドの意図としては香りの舞台は中央アメリカのアンティル諸島(キューバやハイチからトリニダード・トバゴあたりまでをそう呼ぶらしい)。火山の裾野にひろがる森林をイメージした香りだそうです。
香りから季感を受け取るとすれば、どちらかというと夏です。冬ではないです。でも通年使いやすい香水だと思う。この香水とはノーズショップのガチャ「目覚めのリフレッシュ香水(※すでに販売期間終了)」で出会ったのですが、わたしはこれを嗅いでいると秒で眠くなってしまう。きっと柑橘類の香りが入浴剤(柚子湯)に似ているからだ。架空の湯上りのぬくもり、想像上の地熱と相性いいと思います、火山イメージの香りでもあるし。

+  +  +  +  +

以下は小さい字で書いておく長い余談。

わたし個人は災害に関する句はできるだけ作ったり発表したりしないようにしている。感動を取り出すために誰かの身に現在進行形で降りかかっている災難を使いたくない。たとえば自分が当事者になっている問題に関してはあたしの不幸で勝手に泣いてないで手を貸せよ、踏んでる足をまずどけろよ、と感じずにはいられないから。
なんだろ。「絵になる不幸ですね」って言われてる感じ?

わたしは正木ゆう子さんの句がめっちゃ好きなのですが『羽羽』の中だと

雀隠れの雀よそこは気をつけて
鼻綱なき自由もあはれ爆心地
人類の先頭に立つ眸なり(※「被災した子供たち」と前書きあり)

あたりは許せるか許せないか結構ギリギリの線だと思っている。「爆心地」という言葉の使い方の是非もあろうし、人間対動物、大人対子供といった力関係を考えると「えええ……それ言っちゃうんですか……」という気持ちにならずにいられない。
正木さん自身もあとがきで、
「この時期、俳句も文章も、迷いなく口にすることの難しさを常に感じてきました。特に原発事故により十万年ものスパンでものを考えなくてはならなくなったこと、人類の子孫に負の遺産を残してしまうことなど、わが時代の責任を考えると、つい口を噤んでしまいます」
と述べておられ、葛藤が見て取れる。厳密には原発事故の前から、原子爆弾を作ったり原発をどんどん建てたりした時点で十万年スパンでの問題は始まっていたのではないかと思うのだがどうなんでしょう。原子力発電は事故を起こさなくても日々放射性廃棄物という負の遺産を生んでるんじゃなかったっけ。
災害や被災地を詠むのなら自分がそれを詠む理由とか慎重な姿勢が必要な気がしてて、わたしはそれがないからもう最初っから俳句のモチーフにはしない。もちろん、ちゃんと問題に向き合いながら寄り添うように俳句を詠んでいるひと、あるいは当事者として詠んでいるひとたちもいるだろう。
こういうのは一神教のひとたちの言葉を借りれば「神様と自分との問題」みたいなものだから、わたしは自分のルールをひとに押し付けるつもりはない。わたしの態度は問題から目をそらして逃げているだけとも言える。そしてこの論理がマジョリティ側がマイノリティの言論を封殺するために使われてはいけないとも思う。
でもさ俳句って(巧拙は別として)簡単に書けちゃう、簡単に忘れちゃう。いろんな配慮をして真摯に接していかなければいけない問題を扱う場合なかなか使いづらい形態だと思う。俳句しか書けない呪いにかかってるわけじゃないんだから、こういうときは言葉を尽くして散文にしたほうがよくない? 的なことを考えるんですよね。短詩型ってどうしても省略や詠嘆をぶち込んでうっとりしてしまうから、そこからこぼれ落ちるものが多すぎると感じる。ただ、当事者が当事者として書く場合、俳句の短さは怒りや悲しみの瞬発力との相性がいいし、文脈込みで読んでもらえるから伝わりやすい面もあるよね。
あと、もしかしたらわたし災害に関しては気をつけていても、特定の職業や病気や土地その他に関して、搾取するように書いてるかもしれない。
この余談はオチがないし全然まとまってないがぐだぐだしたまま載せておきます。

書斎に犀を | 俳句さんに似合う香水を見つけてあげる(6)

父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し 寺山修司

書犀さんとお呼びしていいかしら。
今回は突然結論ですが、書犀さんに香水をおすすめするなら唯一絶対のファイナルアンサーとしてこちら。

厳格のち溺愛 – ライノセラス EXTRAIT DE PARFUM –

RHINOCEROS EXTRAIT DE PARFUM
ブランド:ZOOLOGIST

トップノート:ラム、ベルガモット、ラベンダー、エレミ、セージ、アルモアズ、針葉樹の葉
ミドルノート:タバコ、シダー、ゼラニウム、松、アガーウッド、イモーテル
ベースノート:サンダルウッド、アンバー、煙、ベチバー、ムスク、レザー

(今回紹介するのは旧バージョンのライノセラスです。調香を見直した2020年版ライノセラスも公式サイトから入手可能です)

ZOOLOGIST公式サイトより引用

ライノセラス。ずばりという名前の香水です。
紙に吹き付けて試香するとラム酒を感じた直後にベチバーらしき土っぽさがガッツリ出てきて飲みにくい漢方薬のような苦さ。
それに加えて火をつけていない煙草の葉の香り。
これは犀のいるサバンナの土埃と乾いた草か。
そしてレザーがいます。レザーがしっかりと主張してきます。
ジャンル的にはレザー香水です。革の匂い。(※1)

「この香りで外出するとしたらどういう意図で纏ってるんだろ……?」

香水を嗅いでそういう疑問を持つことがあるのですが(※2)ニシャネの「ウヌタマン」、エタリーブルドオランジェの「トムオブフィンランド」に続いて「ライノセラス」がそこに加わりました。あ、全部レザー系か。

何、これは何、わたしは何を嗅いでいるんだろう……と思ってるうちに病院っぽい、消毒液っぽいような匂いもしてきて若干トムオブフィンランドに近づく(どちらも松が入ってる。病院っぽさって松由来なんだろうか)。

クリニックの待合室のような清潔な革の匂い、アンバーの気配。そしてずっと漂っている乾いた煙草の香り。
背中を向けた犀の首筋から友好を拒絶するように発散されている、これは詩的に表現された加齢臭だ。

それが、数時間後のある瞬間突然に親しみやすい、心から落ち着ける柔らかな香りに変わるので驚きます。
驚くを通り越して戸惑うほどのギャップ(※3)
ムスキーでほんのり甘い。
リラックス感を与えているのはサンダルウッドだろうか。

この親しみやすさは知ってるぞ。この部分に関してだけ言うならば、ALGHABRAのLABYRINTH OF SPICESにちょっと近いんだ。LABYRINTH OF SPICESはわたしにとって記憶の中の若く美しい父親(顔はレスリー・チャン)のサマーセーター、パパと二人で乗った遊園地の回転木馬、幼いわたしが手を伸ばして触れた父の顎、ぽつぽつと髭の感触。もちろんそんな父親がいたことはないのですが、なぜか鮮やかに記憶が捏造されてしまう。

おや、失敬。書犀さんのことを置き去りにしてわたしの架空のパパの話をしてしまった。
ライノセラスとLABYRINTH OF SPICESはサンダルウッド、アンバー、ベチバー、ムスク、シダー、タバコ等が共通しています。ただしLABYRINTH OF SPICESは土っぽさがマイルド。パイナップルやトンカビーン(単体だとちょっと桜餅っぽいアレ)が入って最初っから甘々です。トップノートは全く似ていません。あと両腕につけて比べると全然似てる気がしない。「めっちゃ落ち着くベースノート」という一点のみにおいて似てるのか。いやそんなことはないと思うんだけど。

父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し

父の書斎に父はいない。そこにこっそり入ってみる。書斎に犀を幻想するのは「サイ」という音からの連想によるもの、だけではなく、書斎のにおい(書物、家具、煙草、父の加齢臭etc)からも犀のイメージが立ち上がって来たからでしょう。父親と犀が重ねられている。
書斎の椅子に父の代わりに座っている犀、というものを想像するならば、それはこのズーロジストの軍服を着た犀がぴったりではないか(自宅の書斎に仕事着のまま座るケースは稀かな、とも思うけれど)。
ライノセラスの公式設定には書斎要素は書かれていないのですが、ウッディでレザリーそしてタバコという組み合わせ、本棚に革の表紙に葉巻でしょ。偶然にも完全に書斎です。

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さて。唯一絶対のファイナルアンサーと書いてしまいましたが、そういえばペンハリガンのポートレートシリーズにも犀(悪い男テディ)がいました。ごめん、うっかりしてた。どこかで試したら追記したいと思います。

※1 革が香水のジャンルとして確立してることに最初驚いたわ。
※2 と言いつつ一人で行動するときは「変な匂いだいすきぃ〜! ひとからどう思われても気にしない〜!」と軽率になんでもつけてお出かけする。
※3 肌に直接つけるよりも布や紙の上の方がこの激しいギャップを感じやすいかもしれない。

能村登四郎の僧侶たち | 俳句さんに似合う香水を見つけてあげる(5)

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まずは『能村登四郎全句集』からの引用をご覧いただきたい。

しづかな熱気寒行後の僧匂ふ 「枯野の沖」
杉の花降らす杉山に僧入れば 「幻山水」
逃げ水に逃げられて逢ふ美僧かな 「天上華」
素裸の僧ゐてやはり僧なりし 「寒九」
坊主めくりの引き当てし僧うつくしき 「長嘯」

僧、僧、僧、僧、僧。
能村登四郎が僧侶を詠んだ句の中から特にわたしのお気に入りのものを抜粋しました。僧侶や僧侶の行動を描写した句を全部数えれば数十句。仏教つながりでお遍路さんの出てくる句まで入れると70句くらいあります。
能村登四郎先生の僧侶萌え(と敢えて言わせてくれ)は他者として僧侶を熱く見つめるだけにはとどまらず、

青滝や来世があらば僧として 「民話」
僧形を恋ふもきさらぎ初めごろ 「有為の山」
黒揚羽僧形われに似合ふかも 「有為の山」

といった僧になりたいという願望(コスプレ欲?)にまで発展し、最晩年の句集『羽化』では、

秋の滝めぐりてわれや痩法師 「羽化」

と詠んで、ついには「われ」と「法師(=僧)」の一体化を果たしてしまう。

本日は能村登四郎先生の僧侶俳句さんたちに僧侶感の強い香水をおすすめしたいと思います。

おーっと待ってくれ。
何が言いたいかわかるよ。お香でしょ?
僧侶感を満喫したいなら香水を振るんじゃなくてお香を焚くのがベストだとおっしゃりたいんでしょう?
でもちょっと考えてみてほしい。香水ならお香の香り以外の僧侶的要素も表現できるんですよ。
そう、たとえばスクーターで檀家を廻る前に飲む一本の栄養ドリンクとかね。

注:本記事ではノート(トップノート・ミドルノート・ベースノート)に関してブランド公式サイトもしくはFragranticaを参考にしています。

24時間戦う僧侶 – ピアノ サンタル –

PIANO SANTAL
ブランド:オーケストラパルファム

メインノート:ホワイトサンダルウッド、シダーウッド、火照った肌、ベルガモット、アンブロキサン、ホットミルク、キャラウェイ

寺の香り、お香の香りと言えば、サンダルウッド(白檀)。
ピアノサンタルは離れて嗅ぐとミルキーなサンダルウッドなんだけど、鼻を近づけるとフルーティな酸味が目立ち、腰に手を当ててオロナミンC(リポビタンD、リゲイン等も可)を飲み干す元気な僧侶を想像せずにはいられない。超絶いそがしいお盆、スクーターにまたがっていざ出動。
っていうかそもそも「ミルキーなサンダルウッド」って未体験の方には何言ってるかわかんないと思うんですが、「ミルキーなサンダルウッド」と言うほかない。
ブランド側が提示しているコンセプトとしては「目をさますと、ピアノの中。」たしかにピアノクリーナーでピアノを拭いた時こんな匂いがしたかもしれないが、香水に引っ張られて記憶を捏造しちゃってる可能性もある。
最初はむしろ苦手な香りだったんですが、ドライダウンが本当に美しくうっとりとしてしまう、しかも鬼拡散超持続。10mlとか15mlっていうサイズがあったら絶対ほしい。

出陣する僧侶 – サトリ EDP –

SATORI EDP
ブランド:パルファン サトリ

トップノート:ベルガモット、コリアンダー
ミドルノート:シナモン、クローブ、カカオ、バニラ
ベースノート:オリバナム、サンダルウッド、アガーウッド

サトリ -Satori- 公式サイトより引用

「同じ重さの黄金より価値のある最高の沈香木・伽羅の香り。その香りが一本の道筋となって香炉から立ち上る」と公式にも書かれている通り、すっごくリアルに再現されたお香の香り。最初に試したのは数年前、とても好きな香りではあるのだけれど自分の人生には合わないと判断して見送ってしまった。というのも、僧侶であると同時に死と隣り合わせの戦国武将みたいな雰囲気があるのです。出陣前夜、兜に焚きしめられた香、のような。
サトリを纏うなら部屋は片付いてないといけないし、仕事で勇ましく自分の意見を言えなくちゃいけない。そしてその両方がわたしには無理だ。
……と、当時のわたしはそのように思ったんですよね。
いまの感覚としては「香水は見えないコスプレもしくは合法幻覚剤と割り切って似合う似合わない気にせずに所有すればいい」ってなもんなのですが(いや、部屋は片付けろよ)。
それはさておき、能村登四郎の描く美しい(理想化された)僧侶たちにはこのハンサムな香りがよく似合います。

落飾せし皇子 – アンブルスュルタン EDP –

AMBRE SULTAN EDP
ブランド:セルジュ ルタンス

メインノート:樹脂、アンバー、ベイリーフ、ミルラ、サンダルウッド、ベンゾイン、コリアンダー他

「落飾」という言葉を知ったのは澁澤龍彦の『高丘親王航海記』「親王は翻然として落飾して」というフレーズがあったから。貴人が仏門に入ることを「落飾」と呼ぶの、かつての華やぎとそれを削ぎ落とす痛ましさ、削ぎ落とされてなお、むしろ飾りを削ぎ落とされたがゆえににじみ出る美、という感じがしてもう、なんというか、あまりにも能村登四郎じゃない……?
さてアンブルスュルタン(←発音しにくい)別名「アンバーの王」は樹脂多め白檀控えめのお香という感じで、謎のゴージャス感(異国感)がある寺です。僧侶なら位の高い僧侶。それも薄幸のプリンスが出家して年齢を重ねたような雰囲気。スクーターには乗らない。敢えて似合う乗り物を挙げるなら牛車か天竺行きの船です。
アンバーという香りがなんなのかわかっていなかったのですが(花やスパイス類と違って手近に嗅げる実物がなく、しかもアンバーというくくりの中に琥珀のイメージを再現したアンバーと抹香鯨の結石であるアンバーグリスとが相互乗り入れしてるらしくて混乱している)、このアンブルスュルタンとZOOLOGISTのイカ(合成アンバーグリス)を試したことでちょっとわかってきました。甘みとちょっぴり酸味もある築百年の木造大豪邸の書斎(日当たりがいい)みたいな感じのこれがアンバーなのね!? あったかい感じの古い木の香り。

その他、僧侶みのある香水

FATE MAN EDP – AMOUAGE –
精進カレーを作る僧侶。アムアージュの香水ってインセンスっぽい香りが結構多いらしい。『世界香水ガイドⅢ 1208』でルカ・トゥリンにカレー呼ばわりされています(ごめん、これ前回も言ったね)。
SACRESTE EDP – LABORATORIO OLFATIVO –
キリスト教の僧侶。フランキンセンス(乳香)の香り。教会のお香。鉛筆ごりごり削った感じのウッディ。
KARMA(ソリッド) – LUSH –
柑橘系がしっかり香るのになぜか「寺……」という印象を与えるラッシュマジック。ソリッドパフューム(練り香水)として持ち歩いており、前髪の乱れを直そうとヘアワックスがわりに使ったとき薬品漏れ騒ぎが起きかけた因縁の香り。液体の香水バージョンも存在します。

まとめ

今回は一句一句に香水をマッチングさせるわけではなく俳句さんたちに香水さんたちを紹介してグループ交際をおすすめするにとどめたいと思います。
余談ではありますが、僧侶になりたがるコスプレマインドは能村登四郎先生からそのお弟子さんへとしっかりと受け継がれております。

被てみたきもの羅(うすもの)の緋の僧衣 正木ゆう子『静かな水』

秋風のアラブ服 | 俳句さんに似合う香水を見つけてあげる(4)

Photo by Rumman Amin on Unsplash

詩歌のイメージに合う香水を探してくるのはちょっとしたトレンドですよ。なぜならNOSE SHOPマガジンに “百人一首” 夏の詩と香水と題して和歌のイメージに合う香水をセレクトする回があったから!
こんな僻地のブログだけどこの最新トレンドを牽引するつもりでいくわよ。よいしょ! よいしょ!(鼻フックでトラックをひっぱる絵文字)

さて、今回お招きする俳句さんはこちらです。

旅客機閉す秋風のアラブ服が最後 飯島晴子

ボーディングブリッジではなくタラップを使っているのだろう。そうだよね、風が吹いてるんだもの。
アラブ服(地域によりトーブとかカンドゥーラとか呼ぶ白い服のことだと思う)がその風になびく。
なんて絵になる情景でしょう!

言葉が並んでいる順番通りに想像するなら、アラブ服の人がタラップを降りてくるシーンということになる。
階段から降りてくる純白のアラブ服の男性。背後で閉まるドア。彼は空港ビルへと向かう。
増殖する俳句歳時記ではこちらの解釈を採っているようだ。

でも乗り込むところと考えたほうがドラマチックじゃない?
「旅客機閉す」で旅客機のドアが閉まるところを見るでしょ。それから「秋風のアラブ服が最後」だったなあ、と回想する。そして去っていく飛行機。

もうちょっと妄想を膨らませるとですね、彼は日本でひと仕事終えた後です。何か重大な任務を果たして中東に帰ってゆくところ。この俳句の視点の位置を決めるなら、人々が搭乗を待っている待合エリア内の最前列あたりがいい。ガラス越しに外を眺めていると悠々と飛行機へ向かう純白のトーブの美しさに釘付けになってしまう。彼はタラップを昇り(そうここで晴れ渡った秋空の下、頭の布が一層大きく風になびきその白はますます輝く、でも遠いからぎりぎり顔はわからない!)飛行機の中に消えていく。この句の語り手は、いや、読者であるわたしは、閉まったドアを見ながら何度もそのまぶしさを反芻せずにはいられない。

っていう雰囲気の香水を探そうというのが今回のテーマです。

ざっくり要素を抜き出すなら、空港。秋の光とさわやかな風。日本から旅立つアラブの男性。
せっかくだから中東の香水から探してみたい。

注1:本記事ではトップノート・ミドルノート・ベースノートに関してFragranticaを参考にしています。
注2:本記事では「石油王」という言葉をNGワードに設定します。中東地域の方、民族衣装着てるだけで「石油王」って呼ばれてうんざりしてるんじゃないかな、と思って。ステレオタイプよくないよね。いままで軽々しく石油王の存在を求めすぎていたと反省しています。油田の有無にかかわらず喜捨は歓迎です。

中東の地図

<登場する中東地域のざっくりした説明>
わたしのように地理が苦手な方は左上にイタリアのつま先が見えているのを手掛かりに場所をイメージしてください。
トルコは小さじ一杯分くらいヨーロッパにかかって残りはほぼ中東。トルコに拠点を置くフレグランスブランドは烏龍茶香水が日本で人気のNISHANEのほかALGHABRA、PEKJIなど。トルコ旅行記も読んでね。
UAE(アラブ首長国連邦)といえばドバイ。でも首都はアブダビ。フレグランスブランドは(前回小粋なダジャレのネタにした)AL HARAMAIN、SWISS ARABIAN、ANFASなど。
オマーンはあまりなじみのない国名だけど1930年代に日本女性と結婚して神戸に住んだ(元)王様がいたり、1970年代に皇太子がクーデターを起こして父親を追放したり、なかなかドラマチックなのでウィキペディアでご堪能ください。AMOUAGEは王様の命を受けて設立されたフレグランスブランドで、オマーンの観光名所の一つ(工場見学できる)。

アラブ服は蜜にまみれた薔薇を抱く – アントンス カフェ EDP –

INTENSE CAFÉ EDP
ブランド:Montale Paris(仏)

トップノート:フローラル
ミドルノート:コーヒー、ローズ
ベースノート:アンバー、ヴァニラ、ムスク

Montale Paris…? いきなりフランスじゃん。中東じゃないじゃん。
いやいやいやいやいや。モンタルっていうのは中東でキャリアを積んだ調香師によるブランドなんですよ!
調香師のピエール・モンタルは長年アラビアの王族の専属調香師として働いていたらしい。 モンタルの公式サイトの説明文に書いてある “Kingdom of Arabia” がサウジアラビア王国(Kingdom of Saudi Arabia)のことなのかどうかちょっとわからない。アラビア半島のどこかの王国という意味なのかもしれない。

ブランドの特徴としてよく言われるのは香りの持続性と拡散範囲の広さ。
サンプルを肌に吹いてみると、評判通りスプレーした箇所がいつまでもきらきらしている。蒸発しにくい。これがロングラスティングの秘密か。
とはいえ、このアントンスカフェはモンタルの中では比較的おとなしくて日本でも使いやすいほうではないかと思われる。

というのは、Oh My Pouchという通販サイトで試香紙を5種類同時に取り寄せた際に、アントンスカフェの香りが最初に消えていったからです。鼻を近づけて(とは言いつつきついので他のブランドよりは遠めから)嗅ぎ比べてみてもいちばんマイルド。残り4つはちょっと頭痛が起きちゃいそうなレベルで強かった。

さて、アントンスカフェの香りの感想ですが、激甘なローズから始まり、そのローズを濃厚に継続しながら杏仁豆腐の気配を秘めた生クリーム盛り盛りの激甘ヴァニラ・ラテに移行。
カフェと言われてイメージするブラックコーヒーの感じではないですね。
ほぼ薔薇とヴァニラ。コーヒーはほんの一口。終始一貫して甘いです。香水なのに太りそう。
正直なところ日本人がイメージするアラブ感はない。空港っぽさは……うーん、どうでしょう。空港で飛行機待つ間コーヒーと甘いもので一息いれることもあるし、非日常のハイカロリーな飲み物を頼んだりするのも空港っぽさといえば空港っぽさか。食欲の秋! と思えばなくはないな。
なお、この項のタイトルは例の単語をNGワードに設定した反動でBLっぽくなりました。
禁止はBL神経を刺激する。

旅するアラブ服とスパイスの微風 – ジャーニー マン EDP –

JOURNEY MAN EDP
ブランド:アムアージュ(オマーン)

トップノート:四川胡椒、カルダモン、ベルガモット、ネロリ
ミドルノート:ジュニパーベリー、インセンス、タバコ
ベースノート:トンカビーン、レザー、シプリオル、ムスク

Amouage Journey Man

Amouage Journey Man(画像は公式サイトより引用)

はい。こちらは中東で製造された中東の香水です。ただしLuckyscent(ラッキーセント)というアメリカの香水販売サイトから0.7mlサンプルを取り寄せました。
海外通販デビューおめでとうわたし!!!
海外通販は香水沼の深部で行われている禁断の秘儀と思い込んでいましたが、いざ自分で通販してみると香水沼の深部にたどり着いた気はしないのでまだまだ香水初心者を名乗らせていただきますよ。

それはさておき、肝心の香りです。

オーケストラパルファンのテ ダラブッカに似てる! というのが第一印象。
テ ダラブッカは「ダラブッカ」という中東の打楽器をイメージした香りなので似ているのは納得感ある。ただ、テ ダラブッカほど金属的な刺激を感じないような。思ったより親しみやすい香り。
トップがすごくみずみずしく涼やかな柑橘。この柑橘感はベルガモットと、ひょっとしたら四川胡椒の香りなんだろうか。涼やかという印象はカルダモンから来ているのかもしれない。
それと同時に土っぽい青い香りがする。これがシプリオルかな?
ゆっくりゆっくりフランキンセンスのウッディさが加わりお香っぽくなりやがてムスキーに和らいで……という、結構複雑な変化をします。
ところでベルガモットって面白い香料で、精油を単体で嗅いでも「あ、紅茶だ」って感じる。
アールグレイティーは茶葉にベルガモットで香りづけをするから、ベルガモットを嗅ぐと紅茶を感じてしまうということらしい。
テ(Thé = 茶)という名前を冠したテ ダラブッカは時間を置いたあとに黒糖入りの紅茶っぽくなることがあるのですが、ジャーニーはつけたての状態でアイスティーのような雰囲気を感じました。アイスティーの香りとまで言うと言い過ぎで、飽くまで雰囲気。
強めの香水ではあるけど、そこまで重くない。トップノートの清涼感は秋空を思わせる。名前も「旅」だし、なかなか似合うのではないかしら。

ルカの認めた砂漠の至宝 – フェイト ウーマン EDP –

FATE WOMAN EDP
ブランド:アムアージュ(オマーン)

トップノート:ベルガモット、レッドチリペッパー、ペッパー、シナモン
ミドルノート:ローズ、ジャスミン、水仙、インセンス、ラブダナム
ベースノート:ヴァニラ、パチュリ、ベンゾイン、カストリウム、インセンス、レザー、オークモス

嗅覚研究者で香水評論家のルカ・トゥリンというひとが『世界香水ガイドⅢ 1208』で五つ星(=傑作。五段階評価の最高点)をつけた(香水コミュニティでは)たいへん有名な逸品らしい。
嗅いだ瞬間、香りというよりも重低音を感じた。ズーーーーーーン……!
ごめん、ちょっとこの良さを感じ取るためには経験不足みたいだ。時間を置いて再挑戦します。

人工島のトロピカルジュース – グリーン ガイア EDP –

GREEN GAYA EDP
ブランド:ANFAS(アラブ首長国連邦)

トップノート:マンゴー、洋梨、アニス、カルダモン
ミドルノート:ミルク、リコリス、ウード、シダー
ベースノート:アンバー、オリス

ガツンとくるマンゴー。トロピカルフルーツのミックスジュース。フレッシュな果物からジャムやグミのような濃縮された甘さに変化していきます。健全なパリピの匂いがする。
これは成田空港でも羽田空港でも関西国際空港でもない。日本なら那覇。さもなくば東南アジア。むしろドバイの高級ホテルのプライベートビーチで傘のついたジュース(ノンアルコール)を飲んでるのかもしれない。旅客機は空を横切って、ビーチチェアに寝そべったままサングラス越しにそれを見上げてる。搭乗する気配なし。

結論

今回は、暫定的にJOURNEY MAN EDPをおすすめしたいと思います。
もっともっと似合うのがありそうな気がするのですが。空港の広い空や白い服をイメージするためには(雪のイメージや清潔さの演出に使われたりする)アルデハイドの入ったものを探すといいのかもしれない。ってかそもそも中東の香水手に入りにくいのに中東縛りにしてしまったのに無理があったかもしれない。いやしかし諦めないぞ。
今後ビシッとハマる香りが見つかったら更新します!

ほかに試した香りは?

今回の俳句さんのために取り寄せた中東地域の香水について一言ずつ感想メモを添えておきます。

Labyrinth Of Spices Extrait de Parfum – Alghabra Parfumes(トルコ)-
パイナップルと柑橘のフルーティな甘さ+ベチバーの土っぽさ。ドライダウンはヴァニラとわずかにコーヒー。個人的に懐かしい香りのような気がするけど懐かしさの正体がつきとめられない。明るくて心地よい香りだけにうっかりつけすぎて酔いそうでもある。

Fate Man EDP – Amouage(オマーン)-
概念としての朝鮮人参みたいな、根っこっぽい漢方薬の匂い。塩辛い。『世界香水ガイドⅢ 1208』でルカ・トゥリンにカレー呼ばわりされるのもわかる。わたしは嫌いじゃないよ。

Myths Man EDP – Amouage(オマーン)-
熟れすぎた蜜柑と苦い土。Lushの何かに似てる。重めのパウダリーになる。

香水なんて季語は滅べ! | 俳句さんに似合う香水を見つけてあげる(3)

初回第2回はそれぞれ俳句に登場する「桃」「夏みかん」を手掛かりに似合う香水を探しました。
そのあと週刊俳句に出張して太田うさぎさんの「軽薄なふりで夜店に遊びしこと」という句に似合う香水をおすすめしてきました。
今回は「香水」という言葉が登場する俳句さんたちにどの香水が似合うか考えてあげようと思う。

俳句の中に「香水」っていう言葉は、まあまあの頻度で出てきます。
なぜなら「香水」は夏の季語だから。

でも香水好きの方は思うんじゃないだろうか。
夏は纏える香水の種類が限られてしまう。
重めの香りをつけて真夏の電車なんかぜったい乗れないじゃないか。
ちょっと歩き回ったら汗ですぐ流れちゃうし。
秋冬の方が選択肢が広がるしきれいに香らせることができるのに、と。
あるいは、次のようにも考えるだろう。
たった1本の香水でも、温度や湿度が違えば香りの印象が変わってしまう。
だから四季を通じてその香水を試し、さまざまな表情を楽しみたい。
夏だけを特別視するなんて馬鹿げている、と。

改造社の『俳諧歳時記(夏の部)』(昭和22年。たぶん初版は昭和8年)にはこうある。

香水

植物性の香料を酒精にて溶解したる化粧品なり。香料はそれより発散する微量の瓦斯蒸気又は微粒子が人の器官を刺激して快感を与ふるものなり。或ものは濃厚、或は温和、或は強烈、其他種々なる香を感ぜしむ。香料にはローズ・ジヤスミン・ヴアイオレツト・リリーなどあり。その適当なる調合によつて得らるゝ香水は近代人の薫りに対する感覚趣味に適する為め、在来の麝香・匂袋等に代りて用ゐられ、夏季殊に悪臭を消す為めに多く用ゐらる。近年天然香料の成分研究せられ、之が合成の研究進歩するに及び、人造香料の製造を見るに至れり・人造薔薇油の如し。《参照》 掛香

※漢字は新字体に改めました

ほらこれが改造社『俳諧歳時記(夏の部)』の「香水」が載ってるページよ。

そしてこちらは皆吉奏雨『俳句鑑賞歳時記 夏の俳句』(1973年 / 明治書院)での記述。

香水

常時用いられるものでもあるが、汗の臭いなどを消すための身だしなみとして夏の外出などにふりかける。そうしたところからの季題であって、就中夏季に使用されることを基にして公約的に季題となったものであって、人事の季語にはこれに類するものが多い。

なんというか、日本が香水砂漠(諸外国と比べて香水が売れないから流通する数や種類も少ない)なのは、この「におい消しとしての香水」「身だしなみとしての香水」というイメージがまだ滅んでないせいなんじゃないのかな。
義務だとしたら、人間は適当に選ぶだろうよ。それが証拠にサラリーマンのネクタイ選びなんていいかげんなもんじゃないか。(※こだわりを持って選んでらっしゃるごく少数の方ごめんなさい)
香水を夏の身だしなみだとなんとなく刷り込まれてしまったひとが「夏だしなんか匂いつけとこ」「ブランドがお墨付き与えとるから文句ないじゃろ」くらいの意識で真夏に激重オリエンタル系香水を腋の下(ギャー!)にブシュッとしたこともあっただろう。腋臭ミーツ香水、奇跡のマリアージュ。香水分子と手に手を取り合って空中へ飛び立ってゆく悪臭分子。それを鼻粘膜でキャッチしてしまった不運な人々は香水全般を嫌いになってしまったのであった……。
というのはわたしの想像でしかありませんが、そういう側面だってなきにしもアラブ香水アルハラメインじゃない?
(おっと失敬! ついフレグランス駄洒落が出てしまったね!)

不快なにおいはデオドラント製品で消しましょうと先日香水屋さん( LE SILLAGE ル・シヤージュ / 京都 )にもらった説明書に書いてありました。
悪臭を消すために香水をつけるのではなく、悪臭を消したあと香水をつけましょう。

今後、「身だしなみ」じゃなくて「自分が心地よくいられるために身につける香水」という方向に意識改革していくべきですね。
つけたくなければつけなくていいし、どうせつけるなら心地いいものを厳選して、つける場所も季節による香り選びも工夫して。
そうすることがかえって他の人を不快にさせない香水の使い方につながるのではないかと思う。
少し前になりますがイソップのヒュイル(ひのきの香り)がツイッターでバズったのは若い世代が潜在的に心地いいものとしての香水を求めてるからこそでしょう。

だからもう夏の季語としての香水は滅べ。
今後香水を夏の季語とすることはまかりならん。無季じゃ無季!

※こちらが件のバズったツイート。個人的にはヒュイルを試す前にサンタマリアノヴェッラとかラボラトリオオルファティーボとか、いわゆる「香水」のイメージとは違う心地よさのある香水を試していたので言うほどの衝撃はなかった。でも、うん、気持ちはわかる。

というわけでようやく俳句さんたちの登場です。

香水の香ぞ鉄壁をなせりける 中村草田男

とりつくしまのない感じ! 一分の隙もない感じ!
N°5  P / EDP / EDT その他いろいろ | シャネル …香水の代名詞とも言える定番中の定番。お出かけ用の香り。デパート、参観日のお母さん、スナックのママさん。キツイ! というイメージがあって避けてきた。しかしせっかく縁あって香水沼にドボンしたのだから名香と呼ばれるものは試してみなければ。今回はEDTとEDPを試香紙で試してみました。ていうかちょっと待って。パルファン(P) とオードトワレ(EDT)を調香したのがエルネスト・ボーさん(シャネルの初代調香師)で、オードパルファン(EDP)を調香したのはジャック・ポルジュさん(三代目)なのね? そしてN°5シリーズのなかにN°5ローっていう軽めのやつもあるのね? は? ヘアミトもある? 君たちはなぜ物事をそんなに複雑にしたがるのか。
中村草田男の句ですが、鉄壁さんとお呼びしましょうか。「香水キツッ!」と思って相手の懐に入っていけない感じがしたわけですよね。その香りに拒否感を覚えているのは自分なんだけど、全力で拒否されたようにすら感じる。こういうとき人は「●●の花の香りに似た香水」なんて分析はできないと思うので、初めから特定の何かの香りと表現できない(抽象的な香りとして設計された)N°5がしっくりくると思います。いかがでしょうか。あれ? おすすめされたくなかったですか? ああ、逃げていく鉄壁さんの姿が見える……。
まさに抽象的な香りなので形容しがたいのですが、EDTは思ったよりフレッシュで若々しい香り。20代のBA(美容部員 / コスメカウンターのスタッフ)さんの香りという感じがしました。EDPは粉っぽさを強く感じて、おとなっぽい。うん、たしかによく言われるように「お婆ちゃんの鏡台」と言えなくもない。EDTにしてもEDPにしてもわたし自身の考えるの心地よさとは全然違う方向の香り。でもベテランBAさん曰く「お好きな方は安眠効果があるとおっしゃるんですよ」と。そうか。マリリン・モンローはシャネルの5番を寝香水にしたと言いますからな。

香水の香の内側に安眠す 桂信子

そしてこちらはまさに寝香水の句です。いい香りすぎて一瞬でスヤァ…( ˘ω˘ ) してしまうことありますね。目が覚めてもまた枕からいい香りがして再びスヤァ…( ˘ω˘ ) しちゃうよね。もうお布団から出られない。香水の香の外側に出られない。
サイプレスマスク EDP | トバリ …ひのきの香りと匂い袋のような甘さ。能の世阿弥をイメージした香りだそうです。あまりにも心地よいので大きく吸って大きく吐いてを繰り返しているうちに強烈な眠気に襲われました。イソップのヒュイルもそうですが、ひのきの香りってひのき風呂っぽいからリラックスしすぎちゃうんだよね。Byredoのジプシーウオーターみたいなとらえどころのなさも感じる。トバリのディスカバリーセット(全種類が少量ずつ入ってるセット)を買ってじっくり試したい気持ちもあるんだけど、全部大きいボトルでほしくなりそうで怖い。

香水をひとふりくよくよしてをれず 菖蒲あや

つらいこと、悲しいことがあったとき元気付けてくれるようなポジティブな香りですね。
お名前(菖蒲)にちなんでイリス(アイリス)の香水はいかがでしょう。
シルクイリス EDP | パルファンサトリ …上のトバリと同じくこちらも日本製の香水。フランキンセンスが入っているはずなのですがそこまでお香っぽさは感じませんでした。家事や仕事を落ち着いて淡々とこなせそう。

交換しましょ香水とフラフープ 石原ユキオ

アッ! 香水を夏の季語にするのはまかりならんと言いながら過去の自分が夏の季語としての香水俳句を作っていた!
フラフープと交換しそうなのは100mlの豪華なボトルではない。
ファッションブランド系やセレブの名前を冠した香水など大量生産されている商品には100mlボトルのデザインをそのまま縮小したようなミニボトル(5mlくらい)が手に入るものがありますが、ここで言う「香水」はそうしたミニボトルではないでしょうか。あるいは樹脂製の軽いボトルに入ったボディスプレーとかフレグランスミストのような商品かもしれない。
サムライ ウーマン EDT | アラン ドロン …石原本人の20代の愛用香水。桃とサンダルウッドの組み合わせによるものか、なんとなく和風。空き瓶を嗅いでみてやや経年劣化しているものの「若い女の子の香り!」と思った。懐かしさこそあれ、もはや「自分の香り」ではない。現在販売されているものは初代の香りの雰囲気を残しながらリニューアルされたものになります。

<<引用元一覧>>
香水の香ぞ鉄壁をなせりける 中村草田男『新歳時記 夏』平井照敏・編
香水の香の内側に安眠す 桂信子『新歳時記 夏』平井照敏・編
香水をひとふりくよくよしてをれず 菖蒲あや『現代俳句の鑑賞101』長谷川櫂・編


さて、次回からは再び俳句を一句だけ取り上げて長々とあの香水がいいこの香水がいいと語る形式に戻ります。
ついに! ついに!
海外通販デビューするぞー!!!

注:2020年8月10日現在ラッキーセントというアメリカの通信販売サイトに香水サンプルを注文し出荷連絡が来た状態です。初めての海外通販がうまくいくかどうか一緒にドキドキしてください!