まずは『能村登四郎全句集』からの引用をご覧いただきたい。
しづかな熱気寒行後の僧匂ふ 「枯野の沖」
杉の花降らす杉山に僧入れば 「幻山水」
逃げ水に逃げられて逢ふ美僧かな 「天上華」
素裸の僧ゐてやはり僧なりし 「寒九」
坊主めくりの引き当てし僧うつくしき 「長嘯」
僧、僧、僧、僧、僧。
能村登四郎が僧侶を詠んだ句の中から特にわたしのお気に入りのものを抜粋しました。僧侶や僧侶の行動を描写した句を全部数えれば数十句。仏教つながりでお遍路さんの出てくる句まで入れると70句くらいあります。
能村登四郎先生の僧侶萌え(と敢えて言わせてくれ)は他者として僧侶を熱く見つめるだけにはとどまらず、
青滝や来世があらば僧として 「民話」
僧形を恋ふもきさらぎ初めごろ 「有為の山」
黒揚羽僧形われに似合ふかも 「有為の山」
といった僧になりたいという願望(コスプレ欲?)にまで発展し、最晩年の句集『羽化』では、
秋の滝めぐりてわれや痩法師 「羽化」
と詠んで、ついには「われ」と「法師(=僧)」の一体化を果たしてしまう。
本日は能村登四郎先生の僧侶俳句さんたちに僧侶感の強い香水をおすすめしたいと思います。
おーっと待ってくれ。
何が言いたいかわかるよ。お香でしょ?
僧侶感を満喫したいなら香水を振るんじゃなくてお香を焚くのがベストだとおっしゃりたいんでしょう?
でもちょっと考えてみてほしい。香水ならお香の香り以外の僧侶的要素も表現できるんですよ。
そう、たとえばスクーターで檀家を廻る前に飲む一本の栄養ドリンクとかね。
注:本記事ではノート(トップノート・ミドルノート・ベースノート)に関してブランド公式サイトもしくはFragranticaを参考にしています。
24時間戦う僧侶 – ピアノ サンタル –
PIANO SANTAL
ブランド:オーケストラパルファム
メインノート:ホワイトサンダルウッド、シダーウッド、火照った肌、ベルガモット、アンブロキサン、ホットミルク、キャラウェイ
寺の香り、お香の香りと言えば、サンダルウッド(白檀)。
ピアノサンタルは離れて嗅ぐとミルキーなサンダルウッドなんだけど、鼻を近づけるとフルーティな酸味が目立ち、腰に手を当ててオロナミンC(リポビタンD、リゲイン等も可)を飲み干す元気な僧侶を想像せずにはいられない。超絶いそがしいお盆、スクーターにまたがっていざ出動。
っていうかそもそも「ミルキーなサンダルウッド」って未体験の方には何言ってるかわかんないと思うんですが、「ミルキーなサンダルウッド」と言うほかない。
ブランド側が提示しているコンセプトとしては「目をさますと、ピアノの中。」たしかにピアノクリーナーでピアノを拭いた時こんな匂いがしたかもしれないが、香水に引っ張られて記憶を捏造しちゃってる可能性もある。
最初はむしろ苦手な香りだったんですが、ドライダウンが本当に美しくうっとりとしてしまう、しかも鬼拡散超持続。10mlとか15mlっていうサイズがあったら絶対ほしい。
出陣する僧侶 – サトリ EDP –
SATORI EDP
ブランド:パルファン サトリ
トップノート:ベルガモット、コリアンダー
ミドルノート:シナモン、クローブ、カカオ、バニラ
ベースノート:オリバナム、サンダルウッド、アガーウッド
「同じ重さの黄金より価値のある最高の沈香木・伽羅の香り。その香りが一本の道筋となって香炉から立ち上る」と公式にも書かれている通り、すっごくリアルに再現されたお香の香り。最初に試したのは数年前、とても好きな香りではあるのだけれど自分の人生には合わないと判断して見送ってしまった。というのも、僧侶であると同時に死と隣り合わせの戦国武将みたいな雰囲気があるのです。出陣前夜、兜に焚きしめられた香、のような。
サトリを纏うなら部屋は片付いてないといけないし、仕事で勇ましく自分の意見を言えなくちゃいけない。そしてその両方がわたしには無理だ。
……と、当時のわたしはそのように思ったんですよね。
いまの感覚としては「香水は見えないコスプレもしくは合法幻覚剤と割り切って似合う似合わない気にせずに所有すればいい」ってなもんなのですが(いや、部屋は片付けろよ)。
それはさておき、能村登四郎の描く美しい(理想化された)僧侶たちにはこのハンサムな香りがよく似合います。
落飾せし皇子 – アンブルスュルタン EDP –
AMBRE SULTAN EDP
ブランド:セルジュ ルタンス
メインノート:樹脂、アンバー、ベイリーフ、ミルラ、サンダルウッド、ベンゾイン、コリアンダー他
「落飾」という言葉を知ったのは澁澤龍彦の『高丘親王航海記』に「親王は翻然として落飾して」というフレーズがあったから。貴人が仏門に入ることを「落飾」と呼ぶの、かつての華やぎとそれを削ぎ落とす痛ましさ、削ぎ落とされてなお、むしろ飾りを削ぎ落とされたがゆえににじみ出る美、という感じがしてもう、なんというか、あまりにも能村登四郎じゃない……?
さてアンブルスュルタン(←発音しにくい)別名「アンバーの王」は樹脂多め白檀控えめのお香という感じで、謎のゴージャス感(異国感)がある寺です。僧侶なら位の高い僧侶。それも薄幸のプリンスが出家して年齢を重ねたような雰囲気。スクーターには乗らない。敢えて似合う乗り物を挙げるなら牛車か天竺行きの船です。
アンバーという香りがなんなのかわかっていなかったのですが(花やスパイス類と違って手近に嗅げる実物がなく、しかもアンバーというくくりの中に琥珀のイメージを再現したアンバーと抹香鯨の結石であるアンバーグリスとが相互乗り入れしてるらしくて混乱している)、このアンブルスュルタンとZOOLOGISTのイカ(合成アンバーグリス)を試したことでちょっとわかってきました。甘みとちょっぴり酸味もある築百年の木造大豪邸の書斎(日当たりがいい)みたいな感じのこれがアンバーなのね!? あったかい感じの古い木の香り。
その他、僧侶みのある香水
FATE MAN EDP – AMOUAGE –
精進カレーを作る僧侶。アムアージュの香水ってインセンスっぽい香りが結構多いらしい。『世界香水ガイドⅢ 1208』でルカ・トゥリンにカレー呼ばわりされています(ごめん、これ前回も言ったね)。
SACRESTE EDP – LABORATORIO OLFATIVO –
キリスト教の僧侶。フランキンセンス(乳香)の香り。教会のお香。鉛筆ごりごり削った感じのウッディ。
KARMA(ソリッド) – LUSH –
柑橘系がしっかり香るのになぜか「寺……」という印象を与えるラッシュマジック。ソリッドパフューム(練り香水)として持ち歩いており、前髪の乱れを直そうとヘアワックスがわりに使ったとき薬品漏れ騒ぎが起きかけた因縁の香り。液体の香水バージョンも存在します。
まとめ
今回は一句一句に香水をマッチングさせるわけではなく俳句さんたちに香水さんたちを紹介してグループ交際をおすすめするにとどめたいと思います。
余談ではありますが、僧侶になりたがるコスプレマインドは能村登四郎先生からそのお弟子さんへとしっかりと受け継がれております。
被てみたきもの羅(うすもの)の緋の僧衣 正木ゆう子『静かな水』