三谷と花粉症と事務所移転


リプレイス、という言葉を聞く度に、三谷のことを思い出します。わたしの働く事務所はごっそり中身を移すことになりました。あの日三谷がPCの中のデータをまるごと移し替えたみたいに。新しいPCに移し替えられたデータはこころなしかぴちぴちとしている。けれど新しい事務所に引っ越したわたしは前よりも今よりも疲れているでしょう。ねえ、三谷。三谷はまだ同じ仕事をしているの。三谷は本当は何屋さんなの。学生ではなかったかとわたしは踏んでいる。三谷がわたしよりも年下であればいい。わたしは妄想の中でさえ自分より年下の男を知らないから、三谷を初めての年下にしようと思うのです。三谷の幻影は、事務所の空気の中にわずかながら漂っています。三谷はくせっ毛でしたね。背はそんなに高くなかった。眼鏡をかけていた。痩せてはいなかった。どちらかというと色白で、言葉には訛りがなかったはずだ。三谷。わたしあなたの手が思い出せない。とても重要なはずなのに。どうせなら短くて太い骨組みに、ぽってりと肉がのってるのがいい。いままで白魚の指をしたひとにいつも苦しめられてきたから。白魚はわたしの首を絞める。締めるならさいごまで締めればいい。けれどすぐに飽きてべつの場所に泳いで行ってしまう。あの日包丁を持ったわたしが本当にしたかったことは、白魚の料理だったのかもしれない。三谷。わたし三谷を傷つけないよ。三谷はぜったいにわたしを傷つけないから。三谷はよじれたケーブルを一瞬で解いた。三谷はわたしの三年間をみるみるうちに吸い上げて新しい革袋に注いでしまった。七年でも八年でもできるでしょ、三谷。わたし多くを望んでるような気はちっともしない。終わったら去ってくれればいいのよ、三谷。作業報告書みたいに、静かな微笑を残して。

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