ボジョレー・ヌーボー

とびきり浮ついた感じの、人気漫画のラベルとポップがついてるやつを買いました。
母が、ポリフェノールを摂りたいと言うので。
 
試飲コーナーはアラサー・アラフォー女性のひとだかり。
推奨販売のお姉さんは試飲のお世話に忙しい。
思いのほか香水臭くない集団に根性で分け入って、やっとこさ二銘柄飲み比べ、空気中からアルコールをたっぷりと摂取し、ふあふあと温かい身体でバス乗り場へ向かいました。

そこへ。
「お嬢さん」
と呼び止める人が。
 
「お嬢さん、ピアノの生演奏が聴けるような店を知らんかな」
 
浮浪者というにはさっぱりとしすぎている、しかし堅気ではない、贅沢な暮らしぶりをしたあとにどっと落ちぶれたような、やせ形で、目鼻立ちのはっきりした初老の男性でした。
「このあたりでは存じ上げませんが」
「どのあたりなら知っとるんかな」
「倉敷にはジャズバーみたいなところがありますよ。ライブやってる」
「ほおか。まあ座りんさい」
「いえ、母にワインを買って帰るところなので」
「少しでいいんだ」
男は自分の腰掛けているベンチを叩きました。
指には金の指輪。
指輪の下の皮膚に、指輪と同じように指に巻き付いている、青黒い線が見えました。
「楽器では何が一番好きかな」
「……バンドネオン」
「バンドネオン。あれはええな。アルゼンチン行ったとき弾かせてもらったんだ。ラ・クンパルシータ」
「それでは私はこれで」
「ラ・ラ・ラ・ラ・ララララ・ラ……踊りたくなる。名曲だ」
「……むかし踊っていましたよ」
「ポルテーニョかな?」
「いいえ、おかやまっ子です」
 
家へ帰って母にワインを注ぎました。
一口飲んだ母は軽く咳き込んで、
 
「ぬくうなる」

と言いました。

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