半分妄想トルコ日記(1日目・後編)ちょっと祈ってきます


Q. せっかくちゃんとしたスカーフを買ったのに、大判ストール巻いて武蔵坊弁慶スタイルを続けているの?

A. ええそうです。とりあえず初日はこれで我慢です。5泊6日あるので衣類のペース配分が大事なのです。

当初の予定では、ホテルに着いてすぐ、荷物だけ置いてカーリエ博物館(モザイクで有名)もしくはハマム(トルコ式岩盤浴&垢すり)に行くつもりだった。
が、空港からの移動で思ったより時間を使った上にエセンレル・オトガルのホシュゲルディニス攻撃に疲弊してしまったので、ホテルの周りを散策して友人の到着を待つことにした。
通りに面したオープンカフェ(と表現するしかないが全くもっておしゃれではない)は中高年男性の溜まり場で、なんか見慣れないのが歩いてるぞおいおいなんだありゃあ、という視線を感じる。

どうも。日本から来たおとなしい珍獣です。

歩き疲れてフレディに連絡を取ってみるとちょうどホテルに着いたと言うのでホテルまで戻る。

ホテルの前にモスグリーンのシャツを着た細身の男性が立っていた。フレディだ。先日ビデオ通話で話したときよりもさらに痩せて見える。いまは断食月の終盤なのだ。断食月、ラマダン。トルコ語でラマザン。日の出ている時間に飲食を一切控えるかわりに夜間に大量に食べるから、ひとによっては太ってしまうらしいのだが。
手に持っていたスマートフォンをポケットに収めた彼は、滑るような足取りで近づいてきて右手を差し出した。
「はじめまして」
そうだった。見慣れた顔、聞き慣れた声なので忘れそうになるが、わたしたちは直接会うのは初めてなのだ。
「カーリエ博物館には行きましたか」
「まだです。飛行機で疲れちゃって」
「少し休みますか。それとも出かけたいですか」
「出かけたいです!」

スルタンアフメットジャーミィ。工事のためのテントに元の建物の形が印刷してある。日本でも最近こういうのよくあるよね。

わたしたちはバスに乗って、スルタンアフメット地区へ向かった。
スルタンアフメット地区にはブルーモスクことスルタンアフメットジャーミィをはじめとしたイスタンブルの有名な観光地がぎっしりと集まっている。
観光客の多いモスクではヒジャブ(ヘッドスカーフ)を貸し出したりするものだが、スルタンアフメットジャーミィではヒジャブだけではなく丈の長いスカートも貸し出しており、短パンで来てしまったらしい旅行者風の少年たちがお揃いのスカートを履いて歩き回っていた。愛らしい。
細いスカーフを頭頂部に軽く載せただけの女性は入り口の警備員に注意されていたが、わたしは無印良品のストールを装備した武蔵坊弁慶なので心配はない。靴を脱ぎ、渡されたビニル袋に突っ込み、モスクの中へ入る。
きれい、だったと思うのだが、人が多すぎて感動している暇がない。大規模な改修工事中ということもあって、ゆっくりと鑑賞する雰囲気ではなかった。
あと、たいへん申し上げにくいのですが噂通りちょっと臭いです。わたしが清掃会社を所有する石油王なら(石油王ってなんでも持ってるんだよね?)絨毯のクリーニングを申し出るところだ。

フレディは突然「ちょっと祈ってきます」と言った。
「ご存じのように我々は1日5回お祈りを行います。少し離れますがどうしますか。ここで待っていてくれますか」
わたしは頷いて、いま出てきたジャーミィにまた戻っていくフレディの背中を見送った。
ラマザン中の夕食はピクニックをして楽しむ習慣があるらしい。芝生のあちこちに場所取りをしている人たちがいる。家族連れの間に荷物を降ろしてストレッチした。フライトの後は腰が痛い。

お祈りから戻ってきたフレディにオープンカフェで搾りたてのアップルジュースをおごってもらいながら(もちろん断食中のフレディは何も口に入れず側に座ってつきあってくれている)わたしはトルコにいることがまだなんとなく信じられなかった。
ついこの前までストリートビューの解像度に歯がゆい思いをしていたのに、いまは気になったものにどこまでも近づいていき、間近に見て手に触れることができる。触れる、ということがとにかく不思議だ。アップルジュースのぬるいグラスに触れて、いましがた握手した彼の手のしっとりとした冷たさを思い出した。

ちゃんと生搾りアップルジュースが出てくるとは思わなかったよ。

アヤソフィア博物館も改修中だったのだが、建物の中に足場が組んである様子を「鑑賞」しようと試みたら、なかなかおもしろかった。姫路城の改修のように上の方までエレベータで見学できたらいいのに。

ほらほら、足場に登りたくなるでしょう?

金色のモザイクは生で見るとまったく印象が違う。タイルの一枚一枚がこまかく光をばらまいて、印刷でもTVでもPCのディスプレイでも表現できない情報量だ。あちこちの壁に描かれた壁画が太陽の角度によってまったく別の表情を見せるかと思うと、ここを何度でも訪れることができるイスタンブル在住者が羨ましい。
ミュージアムショップのスタッフに「どちらから?」と聞かれて日本からだと言うと「お元気ですか?」という日本語が返ってきた。日本でトルコ出身者と話すときも度々思っていたけれど、トルコの人は “nasılsınız?” の訳語として「お元気ですか?」とよく言う。日本ではそれは久しぶりに会った人が言うやつなんだよ。そう思いながら「おかげさまで」と答えた。

土産物屋を眺めながら歩いていると、突然若い男がフレディに話しかけきた。フレディはそれを無視して歩調を速めた。あわててわたしもついていく。男はまだ話しかけながら追ってくる。
「ちょっと待って。何これ何これ」
「なんでもありません」
フレディが足を止め、トルコ語で男に向かって強めに何か言った。男は諦めて離れていった。
「なにあれ? あのひと何か売りつけようとしてたの?」
「あれは一種の物乞いです」
「外国人? 難民?」
「いいえ。言っていることが支離滅裂だったので、なんと言えばいいか、たとえばヘロインかコカインかMDMAか……」
「ジャンキー?」
「そう、それです」
スリや詐欺師や客引きが問題になる地区だけれど、薬物は予想外だった。
「なんて言って諦めさせたの?」
フレディは答えずに、
トルコ・イスラーム美術博物館に行きますよ。普段なら閉まっている時刻ですが開館時間延長中、しかもラマザン割でお得です」
と真顔で言った。

ジェッディン・デデン♪ ネースリン・ババン♪

外に出ると、人口密度のますます高まった広場でメフテル(トルコ軍楽隊)の演奏が行われていた。日程の関係上メフテルは聴けないだろうと諦めていたのに、とつぜん夢が叶ってしまった。

わたしたちは大きなマシンガンを抱えた警官が警備する広場を抜けて、ショッピングモールで夕食を摂り、ホテルに戻った。

それにしてもあの男が精神疾患ではなく薬物中毒だということを、フレディはどこから判断したのだろうか。

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