半分妄想トルコ日記(1日目・前編)武蔵坊弁慶イスタンブルに参上


「ホシュゲルディニス!」
「ホシュゲルディニス!!」
「アンカラ? アンカラ?」

空港からのバスを降りた瞬間、タクシードライバーたちが口々に叫びながら追いかけてきた。スーツケースを引きずりながら無視して逃げる。無視しているのについてくる。ノーサンキューと言っても諦めないひとりには「マイフレンドが迎えに来るから」と言ってみた。通じたらしくようやく引き下がった。

エセンレル・オトガル。イスタンブルの主要なバスターミナルのひとつだ。
『地球の歩き方』およびインターネットで読めるいくつかのトルコ旅行記によるとここから地下鉄に乗り換えられるはずなのだ。
なのにいちばん近い階段には「○○商店街。メトロはこちらではありません」みたいなことが書いてある(ような気がする)。わたしのトルコ語レベルは2歳児ほどだ。「こんにちは」「ありがとう」「みず」「りんごジュース」「さびしかった」などが言える。1年勉強して2歳児ぐらい話せるのだから偉いと思う。普通2歳児は字が読めないはずだ。わたしはほんの少し読める。3歳かもしれない。ともかく地下鉄がここじゃないことは察した。偉い。偉いぞ。

ギラついた視線のおっちゃんたちに関わりたくないので女性の集団に声をかけて「メトロはどこですか」と聞いてみるものの、地方から遊びに来た若い女の子たちだったようで「キャハハ! うちらも旅行できてるからわかんないんだよね!」という反応で、楽しそうに通り過ぎて行った。
なんだかもう、声をかける相手を決めるだけで体力を消耗してしまう。
初夏とは思えない本気の日差しに腕も首筋もじりじりと炙られている。食堂の店先で焼かれるドネルケバブの気持ちがわかる。オトガルのドネルケバブ屋が「いらっしゃいませどうぞ!」とわたしに向かって叫んでいるような気がするが全て無視する。喉乾いたな。なんとか日陰に入って手持ちのストールを被った。なんだよヒジャブ(イスラム教の女性が頭に巻くヘッドスカーフ)って実用品じゃないか。楽だ。これで砂漠でも戦える。

(のちに知ったことだがトルコは乾燥しているものの “砂漠” はないらしい。むしろ中東にあって緑豊かな土地である)

一旦落ち着いたので、荷物貼り付けられていた「イスタンブル新空港行き」のタグとシールをむしり取った。そうだ。これが「いま飛行機から降りてまいりました!」というアピールになってしまうのだ。空港から来たばかりの客は物価を知らない格好の鴨と判断されてしまう。ところで鴨ってハラールだろうか。

トルコには連絡を取り合っている相手がふたりいて、ひとりは午後から合流する旅のパートナー、会計士のフレディ、もうひとりはゲーム会社勤務のルーク。彼らの名前がヨーロッパ風なのはこの日記がプライバシーに配慮しているからで、本名はちゃんとトルコの名前だ。予定ではフレディはいまバスでイスタンブルに向かっていることになる。ルークには今回の旅で会う予定はなかったのだが、いつも異様に返信が早いので試しにメールしてみた。

「ハーイ、ルーク。げんき? いまエセンレル・オトガルに着いたんだけど、地下鉄の入り口が見つからないんだ。知ってる?」

10分ほど待ったが返信がない。
諦めて、目を皿のようにしてロータリーになったバスターミナルをぐるりと取り囲む建物に取り付けられた看板を端から端から読んでみようと試みた。
馬蹄型になった建物のいちばん端に「メトロ」「イスタシヨン(駅)」と書いてあった。

地下鉄でホテルへ向かう。
トルコの公共交通機関は、基本的に運賃先払いだ。地下鉄の改札でイスタンブルカード(イスタンブル地域限定ICカード)をタッチして、ロックが解除されたバーをぐるっと回しながら改札を通過する。スーツケースの持ち手がバーにひっかかって外れなくなり「まじかよ…」とつぶやいていたら後ろからきた初老のベーシスト風男性が「大丈夫大丈夫」というジェスチャーをして同じゲートにタッチしてくれた。やさしい。
コロコロ付きスーツケースは空港内の移動には便利だけれど、石畳や段差の多いトルコの街ではなかなか過酷だった。即席ヒジャブ(無印良品のストール)の中で汗をだらだら流しながらしばらく歩き回っているうちに、事前にGoogleのストリートビューで予習しておいた景色に出会った。服や靴の店が多いにぎやかな通りだ。
まずはトルコ旅行の必需品、スカーフを手に入れなければならない。いつなんどき素敵なモスクに出会ってもいいように。モスクでは女性はヒジャブを被るのがマナーなのだ。(ちなみに、主要な観光地のモスクではスカーフの無料貸し出しを行っているので持参しなくても問題はない)
いま頭にのせているストールはヘッドスカーフとして身につけるには大きすぎるのだ。まるっとボリューミーで武蔵坊弁慶ぽさが出てしまっている。

ストリートビューで目をつけていたスカーフショップ、スタッフは若い女性たちだった。彼女たち自身もヒジャブを巻いて長袖の服を着ている。綿か麻を出してと伝えたかったが、麻という単語を知らない。綿はノーベル賞作家の苗字と同じだから覚えていた。一枚だけ選んでレジをお願いしたら、ちょっとがっかりさせてしまったようだ。ええ、わかります。せっかく遠くから来たんだからいっぱい買うと思うよね。ごめん、今日はまだ1日目だから買い物は様子見なんだ。

ホテルに到着し、予約してくれたフレディの名前を言ってチェックインした。聞き取ってもらえるまで3回くらい言わねばならなかった。まだ正午にもなっていないが、追加料金もかからずチェックインできてしまうらしい。さすがホスピタリティの国トルコである。
カードキーとWi-Fiパスワードをもらい、ポーターに荷物を運んでもらう。
誰かが荷物を運んでくれるホテルというものに普段泊まらないので緊張してしまいエレベータの中で「いまチェックインできると思わなかったです!だってチェックインの開始時刻よりだいぶ早いでしょう?」と英語で言ったつもりだったけど、いまいち通じなかった。英語が苦手なひとなのかわたしの英語が下手なのか。たぶん両方だ。
ポーターはざっくりと(いちおう英語で)部屋の説明をしてくれた。チップは渡しそびれた。

荷物を簡単に詰め替え、武蔵坊弁慶を巻き直して散歩に出た。日傘や帽子を持ってきていないわけではない。こんなに燦々と降り注ぐ日差しの中で帽子や日傘を使うひとにひとりも遭遇しなかったので、なんとなく使いたくなくなったのだ。せっかくのトルコなのだし、ヒジャブを活用しましょうヒジャブを。トルコ人たちは突然の武蔵坊弁慶出現に全然落ち着かないかもしれないが、いい。太陽が眩しかったから仕方がない。

1日目・後編へつづきます)

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