2009.1.6〜2009.1.11.

1月6日(火)
大学へ。車中で、
新幹線で読みきれなかったハヤカワ・ミステリ、
パトリック・ルエル(レジナルド・ヒル)の『ただ一度の挑戦』を読み終える。
訳文(羽田詩津子)もあまりパッとしないし、強引な筋立てで、
アイルランドとIRAの描き方もおざなりだが、
最後の最後、ドッグと呼ばれる元警部が、
一度だけ体の関係をもった人妻を探し出して、
「わたしと来ないか」と言うところは、よかった。
というか、そういうハッピーエンドになりそうな気がして、
それで引っぱられた。

大学では、卒業論文と修士論文の「指導」。
卒論(松島君)、写真論。
写真のなかでは、実像と虚像の区別はない。
写真のなかには、時間が存在しない。
この二つのことを「真実を見抜く」という主題に
どうからませるか、という焦点が見えてきた。
修論(安藤君)、ヒップホップ論。こちらは、
「ポピュラー・ミュージック」の妥協・穏健・微温に抵抗する
二つの要素として、ヒップホップの
アンチヒーロー性とエイリアン性を浮かびあがらせた。
どちらも、あと一週間で提出。もうあとがない。

JR南武線の谷保から帰って、「たちばな」に。
『岡山の娘』の、みづきの母の遺影で登場した吉野晶ちゃんをはじめ、
いろんな人たちと会って、新年のあいさつ。
ついでに「利久」にも。今年もよろしく。

1月7日(水)
歌人の加藤英彦さんに『岡山の娘』横浜上映のチラシを送る。
考えてみると、彼の歌集『スサノオの泣き虫』が
しばらく前から、いつも手もとにある。
〈生きるとは怖ろしきことうつくしき言葉のうらでだれを殺せる〉
大きくて、はげしく、せつない「男性」の歌だ。
いきおいで、読みかけだったエルモア・レナード『スワッグ』(高見浩訳)を読了。
訳者解説にある「酒とバラと強盗の日々」の、天国気分。
そのまま、なんの悩みもないよ、
とやってくれたら、大したものだったが、
能天気な毎日だけでは、
人生も、小説も、やることがなくなってしまうのだろう。

チャンネルNECOで、
『薔薇いくたびか』(1955、衣笠貞之助監督)。
キスシーンひとつない、超じれったいメロドラマで、136分(15巻)もある。
見所は、画面づくりのていねいさ(撮影・渡辺公夫)と
21歳の若尾文子(「性典」シリーズや溝口『祗園囃子』のあと、
溝口『赤線地帯』や市川『処刑の部屋』の前である)。
相手役は、根上淳。
オールスターキャスト作品で、
南田洋子、山本富士子、雷蔵、チョイ役で勝新まで出るが、
京マチ子と長谷川一夫が若尾・根上をハッピーエンドにみちびく儲け役。
(かわいそうなのは、根上が若尾と結ばれるためにふられる長谷川の妹役。
好みではないが、女優さんの名前を知っておきたい。)
こういう大映メロドラマを
速度・行動・主張・肉体をもつ人間のドラマへとひっくりかえしたのが、
1958年に登場した増村保造だ。
『岡山の娘』で引用した『青空娘』も、そういう増村作品のひとつ。

午後7時、雲の流れる空を見上げた。
金星がくっきりと。星はそれだけ。
5日前、赤磐市の小宮山家(丘の上にある)に着いたときの、
頭上にひろがった満天の星を思い、
さらにポルトガルの夜空を思った。
ポルトガルのアレンテージョ地方、
ワインのうまいボルバ村へと
妻とわたしを先導してくれた文ちゃん、来て、遅くまで飲む。

1月8日(木)
12月に見た園子温監督の『愛のむきだし』へのコメントを考える。
〈奇想天外のメロドラマ。罪という罠から世界を救い出すための237分、まったく退屈させない。〉というもの。
50字以内という制限。
こういうとき、何を言うのがいちばんいいのか。
〈痛い逆説となった「変態」が疾走する〉というフレーズが浮かんだが、
あえてそれを使わないという選択をした。
メロドラマということで、
きのう見た『薔薇いくたびか』からの距離を考える。
その間に増村保造以降のメロドラマ批判があるだけでなく、
漫画・劇画に逃げ込んだメロドラマの居直りがあり、
さらに最近の小説での、
リアリティーの混乱に乗じた
「物語性」のめちゃくちゃな展開がおこった先で、
『愛のむきだし』は、
園子温監督の、いい意味での幼稚さが、
とんでもなく大きな起伏を呼び込んでいる。
(コメント、この2行でもよかったのかな。)

THE MOVIE BEGINS: A Treasury of Early Cinema
というDVD5巻のボックスから、第3巻と第5巻。
こういう初期の映画には、(カメラ位置と構図を
ほかに選びようがないと感じさせる)決定的なショットが詰まっている。
そういう決定性。リュミエール兄弟だけのものではなかったのだ。
今日見た中でのベスト3。
A Day in the life of a Coalminer(1910)
炭鉱の労働のドキュメンタリー。とくに女性労働者のたくましさが印象深い。
Making an American Citizen(1912)
ロシアからの移民夫婦。夫の方が旧世界的な暴君の座から引き下ろされるまで。
The Girl and Her Trust(1912)
D・W・グリフィスのバイオグラフ社時代の最後の作品。
鉄道駅の電信連絡係の若い娘が果敢な動きで悪漢たちに抵抗する。

1月9日(金)
チャンネルNECOで、『三人娘乾杯!』(1962、番匠義彰監督)。
三人娘映画が好きで、『岡山の娘』もその側面を意識してつくったが、
実は、ひばり・チエミ・いずみの時代から、
三人娘映画は、大して内容がないと相場が決まっている。
これもそうだが、心配したよりはうまく出来ている。
川津祐介と津川雅彦が、骨抜きされたヌーヴェルヴァーグという感じで、
平凡な役に耐えている。その二人と山本豊三が男性陣。
娘たちの方は、倍賞千恵子が脇にまわって、
結局、岩下志麻と鰐淵晴子の勝負。
二人は筋の上でも川津をめぐって争うが、
演技的にも、容姿的にも、対照的で、
小粒でおとなしい岩下が、大きくて派手な鰐淵に、勝っている。
ここからの女優としての可能性の差、というよりも、
松竹大船調という微温的な夢の性格をものがたっているものがある。

かつての日本映画がなつかしくなっているのは、
正月気分が抜けないせいか。
時代劇チャンネルで、『桃太郎侍』(1963、井上昭監督)。
斬新な映像感覚で話題を呼んだ『勝負は夜つけろ』の、ひとつ前の井上作品。
大映京都の、撮影所としての「力」は感じさせるが、
ハッとするような場面はなかった。
本郷功次郎のひとり二役。
はまり役の久保菜穂子がいつもの水準以上によかった。

サンプルDVDを借りていた『SRサイタマノラッパー』も見た。
3月公開の作品。Directed and Written by Yu Irie.
ヒップホップと映画の出会いということでは、
どちらも遠慮しすぎていると思ったが、なにかニクメナイ。
ワンシーン・ワンカットの手法。
不器用さと我慢づよさ。
伝えようとしているものが徐々に見えてくる。
表現は、自分のいま、自分のいる場所、
そのみじめさを見つめることから、はじまる。
それを確かめて主張している、リアルで正直な作品だ。

1月10日(土)
久しぶりに、早起き。
きょうから、『岡山の娘』の、横浜での公開がはじまる。
そのために落ち着かないということもあるが、
遅れている仕事がいろいろとある。

午後2時前に、シネマ・ジャック&ベティに着き、
ベティで『岡山の娘』の前のプログラム、
アレックス・コックス監督『サーチャーズ2.0』を見る。
バカな映画かもしれないが、それこそニクメナイ。
チラシに、〈金にならなくても映画を撮るのが好きでたまらないんだ。
だから俺は撮りつづける。〉というコックス監督の言葉。
映画のなかで、映画のことばかりしゃべっている男たち。
それしか話題がないのかと腹を立てながら、
結局、かれらにやさしい、つきあってくれる娘がいる。
そこが、この監督の見る夢の、大事なところかな。

18日のトークゲスト、
『ヨコハマ・メリー』の中村高寛監督と話したりしているうちに、
あっというまに、『岡山の娘』の上映時間になった。
いきなりサイズちがいで映写され、やりなおしをするなど、
いくつか予想外のことがおこる。
それもあって、上映後、ちょっとバタバタしました。
今日のトークゲストは、三角みづ紀さん。
詩の朗読(彼女は、その一部をうたう)。
そして、質問(前もって頼んでおいた)。
どちらも、しっかりとやってもらった。
黄金町駅ちかくの飲み屋で、打ち上げ。
東中野にも来てくれ、きょうは『サーチャーズ2.0』から
一緒だったかながわ女性センターの高野さん、
いまは横浜に住んでいる志村役の真砂豪さんも、参加。
みづ紀ちゃんを駅で見送ってから、さらにもう一軒。
東京から見に来てくれた知人もそこで飲んでいた。
高野さんから、カンボジアの娼婦たちを描いたドキュメンタリー作品
『紙は余燼を包めない』を上映する江ノ島アジア映画祭(2月15日)の話を聞く。
いろんなふうに、人がつながってゆく。
上映はそういう場だとあらためて思う。

1月11日(日)
快晴。遠くの山並みの稜線がくっきりと見える。
午後、横浜へ。
南武線の車中、酔っ払いのおっさんがひとりでずっとしゃべっている。
久慈駅あたりだったか、別のおっさんが電車からおりて、
ホームで尻餅をついた。
「倒れた?」「大丈夫か」という車内からの反応。

今日のトークゲストは、松江哲明監督。
東中野でのトークショーの続きの感じで、一気に展開。
『ユメノ』の鎌田義孝監督と久しぶりに会う。
その友人の、劇団トラッシュマスターズの吹上タツヒロ君、
今週二度目の登場の文ちゃんと真砂君、
そして印刷会社「グラビティ」の細谷麻美ちゃんなど、
九人で、ジャック&ベティのとなりの中華料理店「聚香園」で打ち上げ。
松江監督推奨の麻婆豆腐と餃子は、もちろん、
焼きそばもビーフンも、そのほか何でも、おいしい。
これから、この店に来るのも、たのしみのひとつ。
そして、時間があれば入りたいと思っているのが、
『岡山の娘』のチラシを表に貼ってくれている
ストリップ劇場の黄金劇場。
行きも帰りも、その前を通った。
それから、黄金町には、
ロマンポルノのポスターがたくさんある古本屋もある(松江情報)。
映画プラスアルファーの楽しみのある横浜、ということで、
みなさん、(実は、集客、かなり心配なので)
ぜひシネマ・ジャック&ベティに何度でも足を運んでください。