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監督 « 岡山の娘 公式ブログ

お礼と報告  福間健二

ポレポレ東中野での上映が終わりました。
3週間が、あっという間だったような、
ものすごく長かったような、ふしぎな感じです。
初日と最終日に舞台あいさつをやりました。
初日に岡山から駆けつけてくれた西脇裕美さん、ありがとう。
みなさん、来年4月からの
彼女の東京での女優修業を応援してやってください。
上映期間中、12人のゲストを迎えて、
11回トークショーをやりました。
ゲストのみなさん、ありがとうございました。
身にしみる言葉をたくさんもらいました。
高校3年のときに若松孝二監督に出会ってからの
「わが映画航路」がここまで続いて
さらに続いてゆくこと、ありがたいなと思いました。

結局、21日間のうち、16日、映画館に行きました。
たくさんの出会いと再会がありました。
小学校のときの同級生の女子が5名(全員、可愛い人たち!)
というのが、最大の感激でした。
松江哲明監督の見破ったぼくの童貞的な「女性へのあこがれ」の
原点が、美しく、鮮やかによみがえりました。
でも、タイミングがわるかったりして
あいさつしそびれたり、
こちらがきちんと対応できなかったりした方々、
申し訳ありませんでした。
遠くは岡山から、そして近くからでも
午後9時からのレイトショーになんとか都合をつけて
来ていただいたみなさん全員に感謝しています。
ほんとうにありがとうございました。

想像のつくことと思いますが、
飲み屋(7軒、のべ15回)とラーメン屋(3軒)に行き、
ミスタードーナツには5回、
銭湯「アクア東中野」にも4回通い、
すっかり東中野ファンになり、銭湯ファンにもなりました。
でも、なによりも、東中野ですばらしいのは、
ポレポレ東中野とそのスタッフたちです。
「製作」と「上映」が出会えたという感動がありました。
これからは回数券でポレポレに通うつもりです。

瀬々敬久監督に見抜かれたように
「ポジティヴ・シンキング」の人間としては、
横浜、名古屋、大阪を皮切りにはじまる
来年の全国公開での
さらに多くのみなさんとの出会いと再会を楽しみにしつつ、
次回作の構想をねっています。
たまってしまった原稿を片付けて
「答える&日録」も年内に再開します。
どうぞ、よろしく!

08
12月
2008

東京上映についての報告ほか

猛暑の夏、やっぱり八月十五日はちゃんとくるし、
オリンピックもあって、なにか大変ですが、
あらためて去年の夏の撮影、よくやったなあと思います。

ポレポレ東中野 [1]でのレートショー公開、
11月15日から3週間と正式に決まりました。
いま、その日付の入ったチラシを用意しているところです。

いまおかしんじ [2]監督による新ヴァ―ジョンの予告篇ができあがり、
もうすぐポレポレ東中野ほかいくつかの映画館で流されます。
こちらも YouTube で見れるようにする予定です。

上映期間中、
初日の舞台挨拶(福間健二・西脇裕美・吉野晶ほかの予定)
毎金曜・土曜のトークイベントのほか、
11月22日午後11時30分より
「福間健二の監督・脚本・出演した幻の作品群が一夜に集結!」
というオールナイトをおこないます。

これから,東京上映にむかって、
いろいろと書いてゆくつもりです。
質問などあれば,遠慮なく寄せてください。

福間健二 

[1] http://www.mmjp.or.jp/pole2/
[2] http://pink2000s.cocolog-nifty.com/

16
8月
2008

お礼

みなさま、ありがとうございました。
 
三日間の上映会、ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。
 
いま、国立のわが家に着いたところですが、まだ興奮しています。
 
ほんとうにありがとう。
 
 
福間健二
 
 
すべての皆さまへ
 
私の経験では、3日間で1500名の動員をしたのは組合等の団体を別にすればあまり経験のなかったことだと思います。
 
人が動いた!
 
ハリウッド映画ではお金動きますが、私たちの映画では多くの人が関わり、貧しい自主映画ではなく、人が動いた映画となりました。その意味で同じ土俵に立てたのではないかと思っています。ともに歩き、観客の創出も含めてこの映画の製作、上映に関わってくださったみなさま、本当にありがとうございました。
 
そして、自らの才能を惜しみなく注いで「岡山の娘」を完成させた福間健二監督にあらためて感謝します。一緒にやれて良かったと思っています。
 
今回の映画づくりは、今の映画状況に対しての私たちの挑戦だと思っています。
 
その思いを披露して、お礼に代えさせていただきます。ありがとうございました。
 
 
プロデューサー 小川孝雄

27
5月
2008

5月23日ラジオ出演ほかメディア情報

いよいよ明日から上映会ですね。
19日に岡山に来てから、ずっと
上映会に向けての「盛り上がり」に圧倒されています。
出演、取材、むずかしいこともありましたが、
楽しんでやろうということで、やってきました。
 
明日の朝は、午前8時50分ごろから
ラジオ、RSKの
「朝まるステーション」に電話で出演します。
明日は、テレビせとうちでも、
3月の上映会のときに取材したものが
放送されると聞いています。
(詳しいことがわかる人がいたら、
コメントとしてでも情報を追加してください。)
 
ここまでのメディアでの「露出」について、
このブログで追い切れなかったものを、
以下に簡単に報告します。
テレビは、
19日、山陽テレビの「イブニングDonDon」に
わたしと西脇さんが出演しました。
20日、oniビジョンの「ニュースショー」に
出演しました。
新聞は、
10日、読売新聞。
17日、山陽新聞。
20日、朝日新聞。
20日、デイリースポーツ。
22日、毎日新聞。
それぞれ、取り上げてもらうように
努力された方に、深く感謝します。
(そのほかのメディアについても、
どなたか補足してもらえたらと思います。
それから、感想・意見などもいいですね。)
 
ここまでやってもらうと
なんだか怖いくらいです。
では、明日からの上映会、
思いがけないこともおこると思いますが、
どうぞよろしくお願いします。
 

2008年5月22日 
福間健二 

22
5月
2008

急には、たどりつかない

明日(5月19日)から岡山に行きます。その前に〈『岡山の娘』について語る〉の12回目を用意するつもりでいたのですが、どうも、時間切れの感じです。
4月28日のマスコミ用試写会で上映した「完成版」を4月1日につくって、このブログにも「完成しました!」と報告したわけですが、結局のところ、そのあと、「4月30日ヴァージョン」というのをつくり、さらに今回の上映会のための「5月11日ヴァージョン」というのをつくりました。
どういうふうに変わっているかは、いまは言わないことにしますが、自分としては、ここまでやって、やっとこの映画の音の構成について主張できる明確な姿勢をもつことができたと思っています。
東京での上映も決まり、一昨年の後半からの作業がなんとか実を結ぶところまでたどりついた気がしています。
急には、たどりつかない。今回は、それでした。
いよいよ岡山での上映。よろしく!
 

2008年5月18日 
福間健二 

20
5月
2008

福間健二、『岡山の娘』について語る 11

夢と現実
 
増村保造監督、若尾文子主演の『青空娘』(1957)という作品をぼくが好きなのも、ぼくの映画体験のはじまりにあったもの、そこで引きつけられた要素が、濃厚にあるからです。そういうことが、『岡山の娘』を作りながらわかってきた。
『青空娘』のパロディを入れたいというのは早くからで、初めは啓介を物まね上手ということにして、彼に青空娘をやってもらおうと思ったりした。撮影に入って、西脇さんを見ていたら、ぜったい若いときの若尾文子をやれるとピーンと来た。なんでそんなのやるのと呆れられたかもしれないけど、断固としてやりました。メイクの木村比呂路さんの功績大で、西脇さんもよくて、スタッフ全員から拍手がわきましたね。
 
世の中にはロリータ趣味というものがあるけれど、ぼくの場合は、そういうのではなく、告白すると、少年がお姉さん的存在にあこがれているというのが、いつまでも残った。映画がぼくをそういうふうにしたと言ってもいい。そこからすると、この作品で、ぼくは、信三やバルカンや啓介でもあるけれど、それ以上に三原真君のやった杉太だったかのな。中学生のぼくが迷いながらあちこち歩いてここまで来た。そう思えてきます。
 
『青空娘』が、ぼくがいいと思う、若い女性が中心にいる映画の典型だとすると、それを悪夢的にひっくり返したのが、インターミッションで使ったキャシー・アッカーの小説『血みどろ臓物ハイスクール』です。これも木村比呂路さんがなかなかの仕事をしてくれたけど、西脇さん、家ノ上さん、石原さん、三人とも、しっかりと声を出している。わたしたちはアイドルじゃない、天使じゃないと叫んで、寝ている観客をたたき起こしてもらおうという狙い。その一方で、やはりぼくの好きな、美空ひばり・江利チエミ・雪村いずみの三人娘映画とかを思い出している。
ぼくとしては、『侵入し、通過してゆく』という詩集の次の仕事でもあるわけで、そこでもやった引用・言及・参照をおそれずに持ち込んでいる。詩があり、盛ちゃんの絵もある。トロツキーも出した。そして、ジム・トムプスンとアゴタ・クリストフの名前は智子が「人物紹介」で触れていますが、言ってしまうと、ほかにG・ガルシア=マルケス、マルグリット・デユラス、ジル・ドゥルーズ、フィリップ・ガレル、雨宮処凛などからヒントを得ている箇所があります。詩集のときほど、あがいてそうしたという感じにはなってない。希望的に、そう言わせてください。
 
ぼくが夢見たり考えたりしてきたのだとしても、その夢や考えが、現実に、つまり具体的に生きている人間に出会わなければ、映画は成り立たない。その意味でも、西脇さん、家ノ上さん、石原さんの三人娘をはじめとして、何人ものすてきな岡山の娘たちに出会えたことがすごい。みなさんに、啓介のように「よかった。きみに会えて」と言いたいです。
娘たちだけではないですね。
この映画に関わったみなさんに「一緒にやれてよかった」と言いたいです。

14
5月
2008

福間健二、『岡山の娘』について語る 10

本当のはじまり
 
1979年の四月に岡山に来ました。寒い四月で、セーターとか持ってきてなかったんで、ふるえました。しばらく、岡山の言葉とか雰囲気になじめなかった。東京でやっていたある映画の仕事から逃げてきたという気持ちもあって、相当落ち込んで、雨の日曜日かな、裏道をとぼとぼ歩いてたって記憶がある。あのときの自分に、〈これからきみは岡山と親しくなって、いつか『岡山の娘』という映画を撮るんだよ〉と言ってあげられたら面白いだろうなって思う。
半年くらいたつまでに、ぼくはいろんな店を知って、一緒に飲みに行く友人たちもできた。書く詩が変わってきた。そしてひとりの岡山の娘に出会って結婚する。立花信三は、そこで奈津子と結婚できなかった。そういう違いがあるんだけど、『岡山の娘』はぼくが岡山に来たあのときからはじまっているとも言える。
 
『急にたどりついてしまう』のあと、すぐに撮りたくて、いくつか構想を練った。1998年の夏から一年、日本をはなれてウェールズに行ったところで気持ちの流れがとぎれるんですが、今回、あのころ構想していたものにつなぎたい気がして、いまから十年前という設定を考えていた時期があります。それだと、話が終わったあとに、十年後のいま、みづきはこうなってるよと示すエピローグがつく。それを考えるのがたのしかった。でも、ひとつには十年前の岡山をどう撮るんだという問題もあって、やめたんです。
あと、2005年からかな、高田亮という若い脚本家・監督と組んで、シナリオを作ってきた。ちゃんと出来たものはないんだけど、そこから始まった流れもあります。
 
いろんなはじまりがあるわけです。
近いところでは、西脇さんがわたしはこういうみづきなんだと見せてくれた瞬間、8月20日からの何日間のどこかに、決定的なはじまりがあったとも言えます。
一方、さかのぼって、遠いはじまりを探ってゆくと、こういうことに思い当たりました。
ぼくが最初に映画に夢中になったのは、中学生のときで、プレスリーの歌入り映画とジェリー・ルイスの底抜けシリーズが大好きだった。
それからドン・シーゲルのような監督によるB級アクション映画。
そういう作品に共通しているのは、スターレット(スターになる一歩手前の、可愛い女優さん、天使的存在)たちが出てくることで、いまの言葉でいえば「萌え」という感じで見たのかな。名前をあげてゆくときりがないんだけど、チューズデイ・ウェルド、ジョアン・ブラックマン、そして日本では1950年代の若尾文子。
ただアイドル的に可愛いというのでも小悪魔的というのでもない、若さがなくなってからも維持される独特のニュアンスが、彼女たちにはあった。少したって、ゴダールの映画もまずヒロインたちの魅力、その撮り方の面白さで見た。そうだったんだといま思います。
『急にたどりついてしまう』も『岡山の娘』も、中心に若い女の子がいるんだけど、どうしてなのかという根をたどると、ひとつにはこういう「はじまり」があったんです。

06
5月
2008

福間健二、『岡山の娘』について語る 9

「弱い心」について
 
岡本文子さんは、どのくらい地を出してもらうかというところで、監督のぼくが迷って行ったり来たりした。撮影技術的にもむずかしい場面があって、テイクも多くなり、ほんとうにお疲れさまでした。映画に出ることが彼女にとって事件だったということが、画面に出ている。そこが、ぼくは好きです。器用じゃないけど、人間としての大きい感じがあって、照子ってこんなふうでよかったんだと、逆に教えられました。
 
断るまでもないでしょうが、基本的に、女性が強くてしっかりしていて、男性がなにか自信がないような感じというのが、ぼくはいいんです。オーディションのときからそれを言ってきて、蓋をあけてみるとちゃんとその通りになっていた。その点は、とりわけ文句なしです。
 
「弱い心、なんにでも傷つきやすい心」の大切さを語ってくれる詩人の北川透さんが出る、岡山駅西口の「未完成」での大朗読の場面は、六月に撮りました。カメラのテストを兼ねて撮影するという、いまから思えば失礼なことをやったのですが、あのときはハイヴィジョンで撮影してません。その夜は、東井浩太郎さんも、石原ユキオさんも、それからぼくと一緒に出た西脇さんも、いい朗読をしたのですが、使いにくい映像になった。でも、北川さんの話がすばらしいんで、そこだけはなんとしても入れたいと思いました。
 
編集しているうちに、北川さんの言う「弱い心」というのが、この映画の人物たちをつらぬいている大事なモティーフだと確信しました。みんな、「弱い心」をもって生きている。そのことが、たとえばかつての大島渚や今村昌平や増村保造たちの映画の世界とはちがう、いまの世界のリアリティーになっていたらいい。
 
とくに男性陣は、啓介、信三、バルカン、盛ちゃん、みんな、そうなんです。学校に行けない杉太も、もちろん、そうだしね。志村と三船は、黒澤明作品の志村喬と三船敏郎からわざと名前を借りたんだけれど、かれらも根底に「弱い心」をもっている。男性の出演者は、ここでひとりひとり詳しく語る余裕がなさそうですが、全員、キャスティングの狙いどおりに、そういう感じをうまく出してくれた。演出としては、(女優さんに対するのと比べたら手抜きと思われるくらいに)大したことはやってないのに、ちゃんと通じたものがあった。うれしかったです。
 
北川透さんとは、ぼくが詩を書きはじめてすぐに出会った。そこからずっと北川さんの仕事を追ってきたことが、ぼくを支えてきたと思います。そして、ここでまた、北川さんの言葉に救われた。最初に言ったように、ひとつには、三角みづ紀さんのような若い世代の詩にどう向かうかというところから、『岡山の娘』は始まった。その方法として、いまから思うと奇策としかいえないようなことを考えたりしていた。そこに、「弱い心」というのをさっと突き入れてもらった。これだ、と震えが来るほどの当たりでした。

05
5月
2008

福間健二、『岡山の娘』について語る 8

演技について
 
出演者は、志村役の真砂豪さんをのぞくと映画の経験はなかったんでしょうが、みんな、いい顔をしている。何度見ても、まったく飽きない。編集の過程のなかで、みんな、よくやってくれたなと感心しました。
前半、ぼくの演出はたぶん急ぎすぎていました。ぼくだけでなく、スタッフもなにかつかめていない。そういうなかで、ちゃんとセリフを言って動いてくれた。感謝しています。
やりながら、決まったゴールをあたえてしまわない演出がいいという考え方を学んでいったんだけど、どうだったかな。「ヨーイ、スタート」の声に力が入りすぎて圧迫したこともあったんじゃないかと反省しています。
 
西脇裕美さんは、智子からみづきの役に変わって、大変だったと思いますが、そこからぼくと相談しながら、西脇さんのみづきを少しずつ作っていった。彼女の素直さとじっくり考える力がいいかたちで発揮された。最後に、みづきがもうひとりのみづきと話をするという場面がありますが、そこまで「夢のなかで、いろんな娘になっとる」ということで、いろんな姿で登場する。いろんなみづきがいる。そういうふうに編集したので、西脇さんの魅力が多面的に出ていると思うけど、それでバラバラにならないような、体のなかに芯がしっかりとあるという動き方ができている。そこがとてもよかった。
 
家ノ上美春さんは、演技はしなくていいというようなことを、ぼくがなにかと言うんで、やりにくかったと思う。三月のオーディションのときに直感したように、お姉さん的にしっかりしていて、いいものをたくさん持っている。それをカメラの前でどう出すかということですね。脚本にもいくつか意見を出してくれ、それでさゆりの役がリアルになった。発声が安定しています。編集に入ってあらためてそれをありがたいと思いました。
 
石原ユキオさんは、俳句の書き手・朗読者としてもすごいけれど、女優としても天才的かもしれません。打ち合わせの時間が十分にないのに、明日ここをやりますという感じで頼むと、ちゃんとやってくれた。もちろん、期待して頼んでるんだけど、いつも、なぜこんなにできちゃうんだろうと驚いてしまうほどでした。石原さんは、一人二役。彼女について語りすぎると、いまはまだ秘密にしておきたいことをばらすことになってしまうかな。
 
家ノ上さんと石原さんは、それぞれ、もっと出番があってよかった。普通ならそうじゃないといけないところを、この作品の語り方は破綻を逆に活かすという方向を選んでいるので、なんとかごまかしちゃった感じで、ごめんなさいというところがあります。
西脇さんを二人が援護するかたちで、厚みができた。それがなければ、「生きる。傷つく。誘惑する。」と「岡山ドリームガールズ」のキャッチフレーズは考えられませんでした。

04
5月
2008

福間健二、『岡山の娘』について語る 7

編集・仕上げについて
 
十月から本格的な編集に入りました。
どういうふうにまとめるか。ずっと迷っていました。思い切りがつかなくて、決め手不足のまま、2時間を越える長さのヴァージョンを作り、いったん休み、岡山映画祭で上映したショートヴァージョンにとりかかりました。これは、力づよさを出したかった。吉田孝之さんの音楽も少しずつ出来てきたので、試しに使ってみました。自分では相当いい感じにつながったと思ったけれど、まだどうとでもなるという状態。
訳がわからないとも、何をやりたいのかわからないとも言われましたね。ショートヴァージョンには出演者のほとんど全員が出てきますが、それぞれがぼくになにかを語りかけてくる。それに耳を傾けていました。つまり、無理に映画のかたちに押し込むのではなく、素材の方から自然に出てくるものを待つ感じで、年を越しました。
 
一月の下旬に編集作業を再開。
どういう映画にするのかという方向が見えてきました。
普通の劇映画の語り方で物語をたどってゆくのではなく、むしろその語り方が破綻するところに、ヒロインみづきと岡山の「いま」を生み出す。
でも、作品から物語を追い出しているわけではない。
むしろ、そこまでに切りすてなくてはならなかった物語が呼びよせられ、重なりあって、からみあってゆく。
そういうふうにしたいと思いました。
神様あるいは作者が作るひとつの決定的な物語があるのではなく、語る人それぞれによるいくつもの物語があるという地平へ、この作品が踏み込もうとしていることに、確信をもってきたのです。
 
編集は、実におもしろいんです。横浜の弟のところ(幻野映画事務所)で、四泊五日とか五泊六日の泊り込み作業を何度もくりかえしてやりましたが、そのあいだは映画のことだけ考えていればいいんで、ある意味では撮影のとき以上に集中できる。やっていると、現場を再現しているような気分になってくる。いつまでもやっていたいような感じです。
画像も音も、普通でいえばOKとは言えないものがだいぶあった。でも、すべて活かし方次第なんです。マックのファイナルカットという編集システムを使っていますが、これが便利すぎるくらいのしろもので、なんでも出来る。やりだしたらきりがない。
どこまで処理していいか、いじっていいか。
最後はそういう勝負になってきました。とにかく、みんなで力を合わせて生みだした画像と音が少しでもよく活きるように作業をつづけました。

27
4月
2008