いじめと報道
20時過ぎに寝たら1時前に起きてしまい、その後が寝れないので、テレビをつけてみると、「朝まで生テレビ」でいじめ問題についての議論の真っ最中。
いじめによる自殺報道ついての方針(WHO勧告)についての話は勉強になった。全体的に議論が成り立たないのはこういう番組ではいつものことけど(あまりすんなり議論がまとまるのも返って怖いし)、いじめの問題を議論している中で、一時的にとはいえ中立であるべき司会者までもが加わり、一人の出演者に意見を求めておいて、話を途中で多くの出演者がわりこみながら、一方的に誹謗中傷にも近い言葉を浴びせていく光景はどうなんだろう?えっと、わざとですか?とか思いながら、ようするにその状態がいじめなのでは?ということ。
あと、ひたすら「全ての現況は日教組にある」という内容と、不規則発言しかしない伊藤玲子という方など、まともに議論ができない人を入れているのも意図的なんだろうか・・・。
それにしても、議論するというのは難しく、話をしていることがなかなかお互い伝わってないといのがよくわかる。多くの場合は、ひとつの言葉に対しての認識の違いとか、どういう意図で使っているかが伝わってないのが原因のように思われる。ということは、議論の前に、使う(よく使うと思う)言葉についての共通認識を持った上で話すとかの工夫すればいいのではとか思います。
教育基本法は、この時期に意図的に報道されているとも思われる、いじめとか未履修のセンセーショナルな話題に紛らわされて、注目を浴びているように見せかけられ、本質的な議論が無いまま、国民的議論の元で法案が通りました。とされている状況が一番嫌です。
そのために、こんな一時的なもくろみで、報道に刺激された、いじめに悩んでいる子供が、余計に自ら命を絶ってしまっている。ということをもっと考えるべきだと思う。
そして、こんな大人の姿を見ながら次の世代を担う子供が育っていっていくわけです。
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