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歌集『リリカル・アンドロイド』さんに梅の香水をおすすめする

荻原裕幸『リリカル・アンドロイド』 (現代歌人シリーズ29) 書肆侃侃房 

荻原裕幸さんの歌集『リリカル・アンドロイド』には梅の短歌が多いのです。
いや、340首中の10首だからめちゃくちゃ多いわけじゃないんだけど、目立つ。
「触れると梅だ」と、章のタイトルにも梅が出てくるし、濱松哲朗さんが「矛盾と異化を含んだ梅の心地良い香りに誘われて、荻原裕幸は今日も現代短歌の<夢>をリリカルに完食する」という帯文を寄せています。

というわけで梅の歌を一気に引用しちゃおう。ドーン。

優先順位がたがひに二番であるやうな間柄にて梅を見にゆく
早いものですね立春なんですねえ梅の木がその影にささやく
こどもがゐても今この人と恋をしてゐたのだらうか妻と見る梅
父に頬を打たれるやうな懐かしい痛みのなかに咲いてゐる梅
妹であることをすこしもいやがりもせずにしづかに梅園をゆく
梅とか他にも奇妙なものがほころびて動きはじめる春の心臓
影の濃い木と薄い木と見あたらぬ木があるひるの梅園をゆく
習作として描かれた絵のやうなしかしたしかに触れると梅だ
梅の匂ひにまぎれながらも端的に弱みを衝いてくるこのひとは
どの枝も外へと伸びて眠りから抜けねば梅が見えないらしい

スンッ……(想像上の空気を吸引)。
いい梅ですね……。

まずは梅の花の咲いてるところを誰かと歩く歌から読んでいきましょうか。

優先順位がたがひに二番であるやうな間柄にて梅を見にゆく

これはずるい。夢女子としては(荻原裕幸と梅見、ワンチャンあるな……)という気になれるじゃないですか。あざとい。許せない。好き。

こどもがゐても今この人と恋をしてゐたのだらうか妻と見る梅

ほら! ほら! 妻が一番なんですよ! こどもがいないことを言いながら(そしてそれによってもう子供を作るような年齢でないことを匂わせながら、その年月を経て)今もまだ妻と恋をしていることをサラッと断定しているところがすごい。しかも妻 “に” 恋をじゃなくて妻 “と” 恋をだよ。妻も自分に恋をしていると信じて疑ってない。んもう!!!

妹であることをすこしもいやがりもせずにしづかに梅園をゆく

浮気や婚外恋愛を連想させる「優先順位」の歌よりもしかしたらこっちの方が不穏かもしれない。普通に考えれば妹であることはいやでもついて回るので、いやがっても無駄みたいな気がしませんか。このひとは妹としての役割を受け入れる言動をしながらこの歌の語り手である兄(と断定します、夢女子だから)と梅園を散歩してくれているのだろうか。そうだね。梅園に来たかったのは兄で、妹はついてきてくれたのでしょう。「いやがりもせず」と書くことにより、妹であることをいやがる可能性、つまり、あに・いもうとではない関係性を選び取ることの可能性が示唆されている。薔薇園だと明るすぎるんだよな。梅園だと二月の曇天と冷たい空気がセットになって思い浮かぶ。

梅の匂ひにまぎれながらも端的に弱みを衝いてくるこのひとは

「弱みを衝いてくるこのひと」が妻だった場合、妹であることを受け入れているひと(妹かどうかわからない)だった場合、またはそれ以外……といろいろと妄想できる幅があってありがたい。梅の香りのツンとしたところが弱みを衝かれたとき胸に感じるダメージとよく響いている。断崖絶壁に追い詰めるような詰め方ではなくツボに的確に鍼を打つような指摘だったんでしょうね。いいぞ。もっとやれ!

梅と痛みを組み合わせた歌、と考えるなら物理的な痛みが登場するのがこちら。

父に頬を打たれるやうな懐かしい痛みのなかに咲いてゐる梅

物理的な痛みが登場するといっても、たとえとして物理的な痛みが引き合いに出されているわけですけれども。
これもやはり、梅の匂いのツンとした部分が描かれているように思う。頬を張られたときの、鼻の奥にダメージがくる感じ。「あ、くる!」と身構えて次の瞬間予想通りぶっ叩かれるように、「あ、おセンチになっちゃう!」と思ったとして避けられない感傷というものがあるじゃないですか。スーッ……(吸引)。

つぎにシュールな情景をまとめて見ていきたい。

梅とか他にも奇妙なものがほころびて動きはじめる春の心臓
影の濃い木と薄い木と見あたらぬ木があるひるの梅園をゆく
習作として描かれた絵のやうなしかしたしかに触れると梅だ
どの枝も外へと伸びて眠りから抜けねば梅が見えないらしい

「奇妙なもの」はほかの木の芽などではなく目に見えないものっぽい。
影の見当たらない木はこの世に存在している木なんだろうか。
触れるまで梅だと確信できない梅。
夢の中で夢の外に咲いていると推測する梅。

この梅たちが咲いているのは冬と春の境目であり、現実と非現実の境目。夢と梅って音が似てますねそういえば。

早いものですね立春なんですねえ梅の木がその影にささやく

「立春なんですねえ」の「え」のため息まじりの字余り。
話し相手が自分の影なのちょっと不憫になってしまう。この本においては梅を見に来るひとのほうはしょっちゅう複数人で来ているというのに。

さて、それではこんな梅の短歌が所収されている『リリカル・アンドロイド』さんに梅の香りを含む香水をおすすめしたいと思います。

ナイチンゲールのサンプルをカナダからお取り寄せしました。

ものすごく梅の花 – ナイチンゲール EXTRAIT DE PARFUM –

NIGHTINGALE EXTRAIT DE PARFUM
ブランド:ZOOLOGIST

トップノート:ベルガモット、レモン、サフラン
ミドルノート:日本の梅の花、紅薔薇、スミレ
ベースノート:アンバーグリス、フランキンセンス、ラブダナム、モス、ウード、パチュリ、サンダルウッド、ムスク

とてもリアルな梅の花の香りをメインに据えた香水。ここでのナイチンゲールは日本のウグイスのことです。梅に鴬。
ひと吹きした瞬間から梅の花が頭の中でパカーンと開きます。ベルガモットやレモンの効果か、トップノートには梅特有の鋭さが感じられます。そして徐々におだやかにまろやかに薔薇が登場するのですが、それでいてわりかしずっと梅々しさも継続していきます。エキストレドパルファムなので持続性があり、せつないような梅の香りとずっと一緒にいられるので『リリカル・アンドロイド』さんはきっとお気に召すと思います。

まじめかふまじめかといえばすごくまじめな香り。とても美しいけれど誘惑を感じる美しさではなく、すこし近寄りがたいような気高さがある。じゃあ誘惑を感じる香りってなんだよって話ですが、ディオールのピュアプワゾンなら裸エプロンみを感じるしニシャネのウヌタマンもハーブの王冠を被った野獣だからやばい(総攻め感)。

ナイチンゲールは液体の色がピンクなので女性用のイメージが強いかもしれないけど、香り自体は本当に梅の花なのでフェミニンなものが苦手だからといって避ける理由はないと思います。たとえば梅の花の香りがする男性を想像してください。単なる平安朝の貴公子です。ナイチンゲール、完全にユニセックス!!!(←誰かのまとっているナイチンゲールを吸いたいので強く主張しました)

ところでこの香水はカナダに本拠地を持つズーロジストというブランドから発売されており、調香師は日本人の稲葉智夫氏。
稲葉氏自身のウェブサイトで明かされているように、この香水は

かはるらむ衣の色を思ひやる涙やうらの玉にまがはむ  藤原妍子

という和歌をモチーフにしたものだそうです。

「出家していく姉に、ウードの数珠をサンダルウッドの箱に入れ、梅が枝で止めた贈り物を渡した」

という背景の説明はまるでアーサー・ウェイリー訳『源氏物語』の再翻訳版のよう。

表紙の絵(唐崎昭子さん作)も姉妹のように見えるので姉妹の物語をもつ香水はお似合いになるのではないかと。

その他、梅感のある香水を紹介します。

洗練された都会のプラム – ノマド アブソリュ ドゥ パルファム –

CHLOE NOMADE ABSOLU DE PARFUME
ブランド:CHLOE

トップノート:ミラベル
ミドルノート:オークモス、ダバナ
ベースノート:サンダルウッド、ムスク
*ノートについてはFragranticaを参考にしました。

ショッピングモールの化粧品コーナーで昨年見かけ、なにげなく試したところ梅っぽさが強くて驚いた。
ナイチンゲールと比べると梅の花らしさは劣るのですが、単体で嗅ぐと「ん? 梅じゃな!?」と感じます。

ミラベルというプラムの一種が書いてあるので、正確には梅の花ではなくプラムの実の香りなのかもしれない(ちなみに欧州にはミラベルを梅の代わりにして梅干しを作るひともいるらしい)。
ノマドアブソリュとナイチンゲールが似ているかというと似てない姉妹くらいには似てる。
たとえばナイチンゲールが地方都市の図書館に勤務する30代の内向的な姉(童顔)だとするなら、ノマドアブソリュドゥパルファムは都会で会社勤めをする社交的な20代の妹(趣味はボルダリング)です。
ちなみにこれはどちらも「シプレ」という様式に則って作られた香りであるがゆえの類似とも言えます。
それでいくと彼女たちの母親はゲランのミツコ(童顔で社交的、趣味は寺巡り、好きな果物は桃)かもしれない。

クロエノマドシリーズの棚の前に陣取ってEDP(アブソリュより薄い)やEDT(EDPより薄いかわりによく拡散する)も嗅ぎ比べてみましたがアブソリュほどの梅感はありませんでした。

高級な梅酒または梅干し – プラムジャポネ EDP –

PLUM JAPONAIS EDP
ブランド:TOM FORD

トップノート:シナモン、サフラン
ミドルノート:日本の梅梅の花、イモーテル、椿、リカー、サイプレス
ベースノート:ウード、アンバー、ベンゾイン、樅、バニラ
*ノートについてはFragranticaを参考にしました。

今回紹介するなかではいちばんメンズ寄りだと思います(Fragranticaではユニセックス〜男性用と感じているひとが多い)。そして梅の花っぽさはいちばん低くてほぼ完全に実。毎日の香りというよりはドレスアップしたとき用という雰囲気(ええ、お値段もそういうお値段です。フルボトルを買うならかなりの勢いが必要)。
ミドルノートのところにリカーと書いてありますが、トップから結構酒が強い。梅酒のような、あるいは貴腐ワインのようなとろりと甘い酒から始まり、かすかに漂うシナモン。甘く重いまま酒樽感のあるウッディが出てきて最終的には酸味が増し、ちょっとした塩気まで感じる。しょっぱい梅……梅干し……ああこれは蜂蜜入ってるあまじょっぱい梅干しだ。それでいて決してチープにも珍品にもならず、ただならぬ押しの強さでプレミアム感を出してくる。お香っぽさもあるにはありますが、日本で一般的に売られている梅の香りのお線香などのイメージとはだいぶ違います。それよりは梅酒に近い感じ。

で、そういう面白い香りなのにこれ、残念ながらディスコン。ディスコンティニュード。廃盤です。「日本の梅」じゃなくて「中国の梅」みたいな名前にしておいてくれればもっと広い層にアピールできて生き残ったのでは、と思わないでもない。

※ もし「そこまで後をひかない潔い梅の香りを好きなときだけまといたい」という場合は賦香率10%程度の武蔵野ワークスの「白梅」がいいかもしれない。

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背にマグマ | 俳句さんに似合う香水を見つけてあげる(7)


Image by David Mark from Pixabay

雪の夜の背にマグマある深眠り 正木ゆう子『羽羽』


2016年に出版されたこの句集には2011年の東日本大震災と原発事故を詠みこんだ句が収録されています。

予震予震本震余震余震予震

頻繁に揺れが続いた当時の状況は、ほんとうにこの通りだったことだろう。「だったことだろう」と書くのは西日本に住んでいる自分はニュース速報とTwitterに書き込まれる「揺れた」「揺れてる」という言葉でしかそれを感じたことがないから。【参考】御中虫『関揺れる』(邑書林、2012年)
予震と余震は音が同じであるように体感としては同じ揺れであり、小さな揺れのあとには大きく本震がくるのではないかという恐怖がある。

掘炬燵あるはずもなき仮設なり

元の家にはあった設備も仮設住宅にはない。プレハブに堀炬燵などあるはずもない。最低限必要なものですら手に入るとは限らない生活なのだから。季語として置かれた「掘炬燵」は失われた日常の象徴だ。

真炎天原子炉に火も苦しむか

夏の暑さに冷却機能を失った原子炉内部へと思いを馳せる。事故後、冷温停止状態を目指す復旧作業が続いている状況での句だろう。
(とはいえこの句自体は事故前の起きていない原子力発電所を詠んだ句としても成立する普遍的な内容だと思う。)

こういった被災地での句と、さらには母の死に関する句が収録された、なかなか重い句集の終盤に登場するのが

雪の夜の背にマグマある深眠り

なのです。

寒い寒い雪の夜、横たわる自分の下にはマグマがあり(実際にはマグマの熱は伝わらないのだがそれに温められているかのように)深く眠る。

その次に並んでいる句は、

この星のはらわたは鉄冬あたたか

というものだ。
想像上の地熱が心を温める双子のような二句です。

地震の原因を床暖房扱いとはなんたるタフネス!

でもこれって、人類はときに日常を破壊しときに恵みの熱ともなる鉄のはらわたの上に住むしかないという諦めであり、願わくばできるだけ暴れ回らず恩恵をたくさん与えてほしいという祈りでもあるのだろう。

すみません。この流れでほんと必要ないかもしれないんですけど、香水をおすすめしてもいいですか。香水どころじゃねえよ、という意見はごもっともなんですが。

超安眠! 嗅ぐタイプの安心毛布 – ベティベルソ EDP –

VETYVERSO EDP
ブランド:LABORATORIO OLFATTIVO

トップノート:カーネーション、ナツメグ、ビターオレンジ
ミドルノート:ベチバー、ブラックペッパー、ピンクペッパー、グレープフルーツ
ベースノート:シダーウッド、クラリセージアブソリュート、サンダルウッド、ホワイトムスク

爽やかに弾ける柑橘に顔を上げて太陽を仰ぐと、次の瞬間にはベチバーのいかにも根っこらしい大地の香りで意識を地面の下に運ばれる。
徐々にスパイシーになるのはブラックペッパー&ピンクペッパーなのかしら。ほんのり台湾の屋台(=八角 / スターアニス)っぽさも感じるんだけど。
ブランドの意図としては香りの舞台は中央アメリカのアンティル諸島(キューバやハイチからトリニダード・トバゴあたりまでをそう呼ぶらしい)。火山の裾野にひろがる森林をイメージした香りだそうです。
香りから季感を受け取るとすれば、どちらかというと夏です。冬ではないです。でも通年使いやすい香水だと思う。この香水とはノーズショップのガチャ「目覚めのリフレッシュ香水(※すでに販売期間終了)」で出会ったのですが、わたしはこれを嗅いでいると秒で眠くなってしまう。きっと柑橘類の香りが入浴剤(柚子湯)に似ているからだ。架空の湯上りのぬくもり、想像上の地熱と相性いいと思います、火山イメージの香りでもあるし。

+  +  +  +  +

以下は小さい字で書いておく長い余談。

わたし個人は災害に関する句はできるだけ作ったり発表したりしないようにしている。感動を取り出すために誰かの身に現在進行形で降りかかっている災難を使いたくない。たとえば自分が当事者になっている問題に関してはあたしの不幸で勝手に泣いてないで手を貸せよ、踏んでる足をまずどけろよ、と感じずにはいられないから。
なんだろ。「絵になる不幸ですね」って言われてる感じ?

わたしは正木ゆう子さんの句がめっちゃ好きなのですが『羽羽』の中だと

雀隠れの雀よそこは気をつけて
鼻綱なき自由もあはれ爆心地
人類の先頭に立つ眸なり(※「被災した子供たち」と前書きあり)

あたりは許せるか許せないか結構ギリギリの線だと思っている。「爆心地」という言葉の使い方の是非もあろうし、人間対動物、大人対子供といった力関係を考えると「えええ……それ言っちゃうんですか……」という気持ちにならずにいられない。
正木さん自身もあとがきで、
「この時期、俳句も文章も、迷いなく口にすることの難しさを常に感じてきました。特に原発事故により十万年ものスパンでものを考えなくてはならなくなったこと、人類の子孫に負の遺産を残してしまうことなど、わが時代の責任を考えると、つい口を噤んでしまいます」
と述べておられ、葛藤が見て取れる。厳密には原発事故の前から、原子爆弾を作ったり原発をどんどん建てたりした時点で十万年スパンでの問題は始まっていたのではないかと思うのだがどうなんでしょう。原子力発電は事故を起こさなくても日々放射性廃棄物という負の遺産を生んでるんじゃなかったっけ。
災害や被災地を詠むのなら自分がそれを詠む理由とか慎重な姿勢が必要な気がしてて、わたしはそれがないからもう最初っから俳句のモチーフにはしない。もちろん、ちゃんと問題に向き合いながら寄り添うように俳句を詠んでいるひと、あるいは当事者として詠んでいるひとたちもいるだろう。
こういうのは一神教のひとたちの言葉を借りれば「神様と自分との問題」みたいなものだから、わたしは自分のルールをひとに押し付けるつもりはない。わたしの態度は問題から目をそらして逃げているだけとも言える。そしてこの論理がマジョリティ側がマイノリティの言論を封殺するために使われてはいけないとも思う。
でもさ俳句って(巧拙は別として)簡単に書けちゃう、簡単に忘れちゃう。いろんな配慮をして真摯に接していかなければいけない問題を扱う場合なかなか使いづらい形態だと思う。俳句しか書けない呪いにかかってるわけじゃないんだから、こういうときは言葉を尽くして散文にしたほうがよくない? 的なことを考えるんですよね。短詩型ってどうしても省略や詠嘆をぶち込んでうっとりしてしまうから、そこからこぼれ落ちるものが多すぎると感じる。ただ、当事者が当事者として書く場合、俳句の短さは怒りや悲しみの瞬発力との相性がいいし、文脈込みで読んでもらえるから伝わりやすい面もあるよね。
あと、もしかしたらわたし災害に関しては気をつけていても、特定の職業や病気や土地その他に関して、搾取するように書いてるかもしれない。
この余談はオチがないし全然まとまってないがぐだぐだしたまま載せておきます。

書斎に犀を | 俳句さんに似合う香水を見つけてあげる(6)

父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し 寺山修司

書犀さんとお呼びしていいかしら。
今回は突然結論ですが、書犀さんに香水をおすすめするなら唯一絶対のファイナルアンサーとしてこちら。

厳格のち溺愛 – ライノセラス EXTRAIT DE PARFUM –

RHINOCEROS EXTRAIT DE PARFUM
ブランド:ZOOLOGIST

トップノート:ラム、ベルガモット、ラベンダー、エレミ、セージ、アルモアズ、針葉樹の葉
ミドルノート:タバコ、シダー、ゼラニウム、松、アガーウッド、イモーテル
ベースノート:サンダルウッド、アンバー、煙、ベチバー、ムスク、レザー

(今回紹介するのは旧バージョンのライノセラスです。調香を見直した2020年版ライノセラスも公式サイトから入手可能です)

ZOOLOGIST公式サイトより引用

ライノセラス。ずばりという名前の香水です。
紙に吹き付けて試香するとラム酒を感じた直後にベチバーらしき土っぽさがガッツリ出てきて飲みにくい漢方薬のような苦さ。
それに加えて火をつけていない煙草の葉の香り。
これは犀のいるサバンナの土埃と乾いた草か。
そしてレザーがいます。レザーがしっかりと主張してきます。
ジャンル的にはレザー香水です。革の匂い。(※1)

「この香りで外出するとしたらどういう意図で纏ってるんだろ……?」

香水を嗅いでそういう疑問を持つことがあるのですが(※2)ニシャネの「ウヌタマン」、エタリーブルドオランジェの「トムオブフィンランド」に続いて「ライノセラス」がそこに加わりました。あ、全部レザー系か。

何、これは何、わたしは何を嗅いでいるんだろう……と思ってるうちに病院っぽい、消毒液っぽいような匂いもしてきて若干トムオブフィンランドに近づく(どちらも松が入ってる。病院っぽさって松由来なんだろうか)。

クリニックの待合室のような清潔な革の匂い、アンバーの気配。そしてずっと漂っている乾いた煙草の香り。
背中を向けた犀の首筋から友好を拒絶するように発散されている、これは詩的に表現された加齢臭だ。

それが、数時間後のある瞬間突然に親しみやすい、心から落ち着ける柔らかな香りに変わるので驚きます。
驚くを通り越して戸惑うほどのギャップ(※3)
ムスキーでほんのり甘い。
リラックス感を与えているのはサンダルウッドだろうか。

この親しみやすさは知ってるぞ。この部分に関してだけ言うならば、ALGHABRAのLABYRINTH OF SPICESにちょっと近いんだ。LABYRINTH OF SPICESはわたしにとって記憶の中の若く美しい父親(顔はレスリー・チャン)のサマーセーター、パパと二人で乗った遊園地の回転木馬、幼いわたしが手を伸ばして触れた父の顎、ぽつぽつと髭の感触。もちろんそんな父親がいたことはないのですが、なぜか鮮やかに記憶が捏造されてしまう。

おや、失敬。書犀さんのことを置き去りにしてわたしの架空のパパの話をしてしまった。
ライノセラスとLABYRINTH OF SPICESはサンダルウッド、アンバー、ベチバー、ムスク、シダー、タバコ等が共通しています。ただしLABYRINTH OF SPICESは土っぽさがマイルド。パイナップルやトンカビーン(単体だとちょっと桜餅っぽいアレ)が入って最初っから甘々です。トップノートは全く似ていません。あと両腕につけて比べると全然似てる気がしない。「めっちゃ落ち着くベースノート」という一点のみにおいて似てるのか。いやそんなことはないと思うんだけど。

父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し

父の書斎に父はいない。そこにこっそり入ってみる。書斎に犀を幻想するのは「サイ」という音からの連想によるもの、だけではなく、書斎のにおい(書物、家具、煙草、父の加齢臭etc)からも犀のイメージが立ち上がって来たからでしょう。父親と犀が重ねられている。
書斎の椅子に父の代わりに座っている犀、というものを想像するならば、それはこのズーロジストの軍服を着た犀がぴったりではないか(自宅の書斎に仕事着のまま座るケースは稀かな、とも思うけれど)。
ライノセラスの公式設定には書斎要素は書かれていないのですが、ウッディでレザリーそしてタバコという組み合わせ、本棚に革の表紙に葉巻でしょ。偶然にも完全に書斎です。

Image by shell_ghostcage from Pixabay 

さて。唯一絶対のファイナルアンサーと書いてしまいましたが、そういえばペンハリガンのポートレートシリーズにも犀(悪い男テディ)がいました。ごめん、うっかりしてた。どこかで試したら追記したいと思います。

※1 革が香水のジャンルとして確立してることに最初驚いたわ。
※2 と言いつつ一人で行動するときは「変な匂いだいすきぃ〜! ひとからどう思われても気にしない〜!」と軽率になんでもつけてお出かけする。
※3 肌に直接つけるよりも布や紙の上の方がこの激しいギャップを感じやすいかもしれない。

能村登四郎の僧侶たち | 俳句さんに似合う香水を見つけてあげる(5)

shell_ghostcage / Pixabay

まずは『能村登四郎全句集』からの引用をご覧いただきたい。

しづかな熱気寒行後の僧匂ふ 「枯野の沖」
杉の花降らす杉山に僧入れば 「幻山水」
逃げ水に逃げられて逢ふ美僧かな 「天上華」
素裸の僧ゐてやはり僧なりし 「寒九」
坊主めくりの引き当てし僧うつくしき 「長嘯」

僧、僧、僧、僧、僧。
能村登四郎が僧侶を詠んだ句の中から特にわたしのお気に入りのものを抜粋しました。僧侶や僧侶の行動を描写した句を全部数えれば数十句。仏教つながりでお遍路さんの出てくる句まで入れると70句くらいあります。
能村登四郎先生の僧侶萌え(と敢えて言わせてくれ)は他者として僧侶を熱く見つめるだけにはとどまらず、

青滝や来世があらば僧として 「民話」
僧形を恋ふもきさらぎ初めごろ 「有為の山」
黒揚羽僧形われに似合ふかも 「有為の山」

といった僧になりたいという願望(コスプレ欲?)にまで発展し、最晩年の句集『羽化』では、

秋の滝めぐりてわれや痩法師 「羽化」

と詠んで、ついには「われ」と「法師(=僧)」の一体化を果たしてしまう。

本日は能村登四郎先生の僧侶俳句さんたちに僧侶感の強い香水をおすすめしたいと思います。

おーっと待ってくれ。
何が言いたいかわかるよ。お香でしょ?
僧侶感を満喫したいなら香水を振るんじゃなくてお香を焚くのがベストだとおっしゃりたいんでしょう?
でもちょっと考えてみてほしい。香水ならお香の香り以外の僧侶的要素も表現できるんですよ。
そう、たとえばスクーターで檀家を廻る前に飲む一本の栄養ドリンクとかね。

注:本記事ではノート(トップノート・ミドルノート・ベースノート)に関してブランド公式サイトもしくはFragranticaを参考にしています。

24時間戦う僧侶 – ピアノ サンタル –

PIANO SANTAL
ブランド:オーケストラパルファム

メインノート:ホワイトサンダルウッド、シダーウッド、火照った肌、ベルガモット、アンブロキサン、ホットミルク、キャラウェイ

寺の香り、お香の香りと言えば、サンダルウッド(白檀)。
ピアノサンタルは離れて嗅ぐとミルキーなサンダルウッドなんだけど、鼻を近づけるとフルーティな酸味が目立ち、腰に手を当ててオロナミンC(リポビタンD、リゲイン等も可)を飲み干す元気な僧侶を想像せずにはいられない。超絶いそがしいお盆、スクーターにまたがっていざ出動。
っていうかそもそも「ミルキーなサンダルウッド」って未体験の方には何言ってるかわかんないと思うんですが、「ミルキーなサンダルウッド」と言うほかない。
ブランド側が提示しているコンセプトとしては「目をさますと、ピアノの中。」たしかにピアノクリーナーでピアノを拭いた時こんな匂いがしたかもしれないが、香水に引っ張られて記憶を捏造しちゃってる可能性もある。
最初はむしろ苦手な香りだったんですが、ドライダウンが本当に美しくうっとりとしてしまう、しかも鬼拡散超持続。10mlとか15mlっていうサイズがあったら絶対ほしい。

出陣する僧侶 – サトリ EDP –

SATORI EDP
ブランド:パルファン サトリ

トップノート:ベルガモット、コリアンダー
ミドルノート:シナモン、クローブ、カカオ、バニラ
ベースノート:オリバナム、サンダルウッド、アガーウッド

サトリ -Satori- 公式サイトより引用

「同じ重さの黄金より価値のある最高の沈香木・伽羅の香り。その香りが一本の道筋となって香炉から立ち上る」と公式にも書かれている通り、すっごくリアルに再現されたお香の香り。最初に試したのは数年前、とても好きな香りではあるのだけれど自分の人生には合わないと判断して見送ってしまった。というのも、僧侶であると同時に死と隣り合わせの戦国武将みたいな雰囲気があるのです。出陣前夜、兜に焚きしめられた香、のような。
サトリを纏うなら部屋は片付いてないといけないし、仕事で勇ましく自分の意見を言えなくちゃいけない。そしてその両方がわたしには無理だ。
……と、当時のわたしはそのように思ったんですよね。
いまの感覚としては「香水は見えないコスプレもしくは合法幻覚剤と割り切って似合う似合わない気にせずに所有すればいい」ってなもんなのですが(いや、部屋は片付けろよ)。
それはさておき、能村登四郎の描く美しい(理想化された)僧侶たちにはこのハンサムな香りがよく似合います。

落飾せし皇子 – アンブルスュルタン EDP –

AMBRE SULTAN EDP
ブランド:セルジュ ルタンス

メインノート:樹脂、アンバー、ベイリーフ、ミルラ、サンダルウッド、ベンゾイン、コリアンダー他

「落飾」という言葉を知ったのは澁澤龍彦の『高丘親王航海記』「親王は翻然として落飾して」というフレーズがあったから。貴人が仏門に入ることを「落飾」と呼ぶの、かつての華やぎとそれを削ぎ落とす痛ましさ、削ぎ落とされてなお、むしろ飾りを削ぎ落とされたがゆえににじみ出る美、という感じがしてもう、なんというか、あまりにも能村登四郎じゃない……?
さてアンブルスュルタン(←発音しにくい)別名「アンバーの王」は樹脂多め白檀控えめのお香という感じで、謎のゴージャス感(異国感)がある寺です。僧侶なら位の高い僧侶。それも薄幸のプリンスが出家して年齢を重ねたような雰囲気。スクーターには乗らない。敢えて似合う乗り物を挙げるなら牛車か天竺行きの船です。
アンバーという香りがなんなのかわかっていなかったのですが(花やスパイス類と違って手近に嗅げる実物がなく、しかもアンバーというくくりの中に琥珀のイメージを再現したアンバーと抹香鯨の結石であるアンバーグリスとが相互乗り入れしてるらしくて混乱している)、このアンブルスュルタンとZOOLOGISTのイカ(合成アンバーグリス)を試したことでちょっとわかってきました。甘みとちょっぴり酸味もある築百年の木造大豪邸の書斎(日当たりがいい)みたいな感じのこれがアンバーなのね!? あったかい感じの古い木の香り。

その他、僧侶みのある香水

FATE MAN EDP – AMOUAGE –
精進カレーを作る僧侶。アムアージュの香水ってインセンスっぽい香りが結構多いらしい。『世界香水ガイドⅢ 1208』でルカ・トゥリンにカレー呼ばわりされています(ごめん、これ前回も言ったね)。
SACRESTE EDP – LABORATORIO OLFATIVO –
キリスト教の僧侶。フランキンセンス(乳香)の香り。教会のお香。鉛筆ごりごり削った感じのウッディ。
KARMA(ソリッド) – LUSH –
柑橘系がしっかり香るのになぜか「寺……」という印象を与えるラッシュマジック。ソリッドパフューム(練り香水)として持ち歩いており、前髪の乱れを直そうとヘアワックスがわりに使ったとき薬品漏れ騒ぎが起きかけた因縁の香り。液体の香水バージョンも存在します。

まとめ

今回は一句一句に香水をマッチングさせるわけではなく俳句さんたちに香水さんたちを紹介してグループ交際をおすすめするにとどめたいと思います。
余談ではありますが、僧侶になりたがるコスプレマインドは能村登四郎先生からそのお弟子さんへとしっかりと受け継がれております。

被てみたきもの羅(うすもの)の緋の僧衣 正木ゆう子『静かな水』