初期対応にうんざりの議論

2010年11月26日

午後に倉敷の事件がはいっていて,往復の車中で国会中継を聞いていた。北朝鮮の砲撃に関する菅総理の対応について厳しく迫っていた。質問者が引き出そうとしていたとおりの答弁がでないと答弁がないとして質問を中断したり,回答を求めないで一方的に感情的になりながら意見だけを言って終わりの質問をしている。質疑応答のルールが違うので一概には評価することはできないが,法廷でのやりとりと比べれば,格段にレベルが低く感じられる。確かに菅総理の最初のぶらさがり取材においては不安そうに情報収集と,不測の事態に備えるとの指示をだしたと言っていた。このとき,同じ内容でもしっかりと自信をもって取材に応じていたらまた雰囲気は変わっていたのではないか。加えて,それまで判明している事実を踏まえて,「許し難い暴挙」などという一言があってよかった場面ではないかと思えた。国会も問題はこれからの難しいこの東アジア地域の政治情勢のなか,どのように平和と日本の安全を守るためにどう対応すべきか,真剣に議論をしてほしかった。聞き苦しい今日の国会論議であった。

きょうは,三島由紀夫が自殺して,40年だそうだ。市ヶ谷に近かったお茶の水で飛び交う取材ヘリコプターの音と事件発生を誰からともなく知らされ,テレビの置いてある食堂にでかけ,司法試験受験生仲間の友人たちと成り行きを見守っていた。私は,この人の文学はともかくも,自衛隊に決起を促したあの行動には賛同できないし,理解もできない。そして,この季節,11月23日のケネディ大統領の狙撃事件も思い出される出来事の一つである。これは高校1年生の時であり,日米の衛星中継が初めてなされた時の最初のニュースで知らされた。

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