「貧困」はこうして見捨てられていた。

2009年1月31日

今朝,法廷で次の裁判のために傍聴席で,前の裁判のやりとりを聞いていた。原告席には某市の作業服姿の職員2名が座り(市の指定代理人),被告席には杖を持ち,顔色の悪い60代後半ではないかと思われる男性が座っていた。

どうやら,市営住宅の賃料を2年間ほど滞納していて,なんどか市から催告をしたが支払わないので契約を解除して建物の明け渡しを求めての裁判のようである。被告席の男性は,親の年金で支払おうといったんは市側に伝えたが,どうやらその年金が担保にはいっているようで現実に入金にならない,今年6月にはその担保がはずれてそれからは少しづつ支払いは可能であるとの説明をしていた。しどろもどろとした裁判官と被告のやりとりを聞いていてそのように理解できた。そのような年になって親の年金をあてにしなければならないというのはその親子はどんな生活状況なのかと思ってしまう。古い市営住宅の暗い部屋で,寒々とした日々を送っているのではないかと想像もした。その人の体調からみても働いているとは思えない。収入はなく,高齢の父親との2人暮らしなのだろうかなどと考えてみた。

裁判官は「請求棄却を求める,請求原因事実は認めるでいいですね。それでは判決を言い渡します。」と明け渡しの判決をその場で口頭で言い渡し「裁判は終わりました」と被告に退席を促した。被告は,「終わったのですか,きょうからどこに住んだらいいのですか」と弱々しく尋ねている。裁判官は「それは知りません。市と話してみてください」との言葉だけであり,被告に退席を促した。市側は全く無言であった。そして,原告側は退席したが,被告は告人席からはなかなか退席しようとしなかった。

裁判官,原告のそれぞれの手続きには法的に間違ったことはなかった。しかし,これで何を解決したのかと言えばなにも解決していない。法的には住む場所のない高齢者のホームレスを一人つくっただけである。ここにくるまで,何も解決されていないことが問題であろう。生活保護はどうなっていたのだろうか。憲法上の健康で文化的な最低限度の生活を送ることのできる権利はどうなっているのだろうか。生活保護受給資格のある家庭で現にその受給を受けている割合は30パーセントに達していない。ホームレスであふれている日本である。「貧困」に行政が目をつむり「貧困」をこうして見捨てている。ちなみに憲法の生存権を具体的な権利として訴えたのは昭和32年に岡山の国立療養所で療養していた朝日茂さんであった。

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